戻りたいんだ
「タイセー、具合は大丈夫?」
二人きりになれる場所を探して歩く中、カリンが僕の体調を気遣ってくれる。
確かに目まいはもう治ってる。でも落ちてきたカシムラさんをキャッチした時に痛めた右腕はもう四時間以上経っているのにまだ痺れが残っていた。ひどく傷むレベルではないけれど、鈍い痛みが延々と続いているのでこれはこれでかなり不快だ。
カリンにはこれからは何でも話すって約束したし、ピンチだったカシムラさんを助けた事は一応グッジョブ的な行動にはなると思うので、できればこのプチ武勇伝を聞いてほしいなぁとは思う。だけどこうして右腕が傷みを訴えている以上、それは無理だ。
例えこの痺れが超能力が使えなくなった原因に関係がなくたって、話をしているうちになんのきっかけで僕の右腕が不自由なことに辿りついてしまうか分からないし、まだカシムラさんの思い違いだって解いてないし。念には念をだ。
でもこうして隠し事をし続けるのってじわじわと精神が蝕まれていくようで地味にキツいや。倒れこまない程度のボディブローを毎日連続で打ち込まれている気分だよ。
だけど僕に力が戻らないうちはカリンが負い目を感じないように右腕の事は隠し通していかなくっちゃ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
二人きりになれそうな場所が見つからない。
「どこかいい場所を探しておかなきゃだめね。これじゃ毎日校舎の周りを散歩しているだけになっちゃうわ」
「散歩嫌いなの? 僕、結構好きだけど」
「嫌いじゃないけど、雨が降った日はどうするつもりか考えてるのかしら?」
「あ、そっか。雨降ったら外には出れないもんね」
本日限定、の策にはなっちゃうけど、ミズノさんにまだカードキーを返していないから倉庫に忍び込むっていう選択肢も今はある。でもなんとなく良心が咎めるのでこの策はカリンに提案していない。
「そうだわタイセー。今度私の家に遊びに来ない? そうしたらゆっくりあなたと話ができるもの」
「カリンの家!?」
「えぇ、私の家」
女の子から「家に来て」って誘われたの初めてだ!!!!
「それにお父様とお母様にも会ってほしいわ。10年ぶりよね」
「!」
その言葉で高揚していた気持ちがマイナスの温度にまで一気に冷え込む。カリンのお父さんとお母さんか……。
「お父様とお母様のことを覚えてるかしら?」
「う、うん、覚えてるよ」
―― 忘れたくても忘れられないくらいにね。
「いつにするかもう決めちゃいましょうよ」
「ごめん、嬉しいけど行けないや」
「あらなぜ?」
「なぜって、女の子の家に行くなんて緊張するし、帰りが遅くなると姉さんたちが心配するし」
カリンを傷つけずにもっともらしく断ろうと、とっさに姉さんたちまでダシにしたのがマズかった。
キャリア何とかっていう興信所みたいなところに僕の身辺調査を行わせていたカリンは、僕の家族の話題に目を輝かせる。
「タイセーはお姉さんたちとあのマンションで暮らしているんでしょっ?」
「うん。僕の家ってフルリアナスからすごく遠いから、独立した姉さんたちのマンションに居候させてもらってるんだ」
「卒業してもずっとお姉さんたちと暮らすの?」
「まだ分かんない。それより進路を先に決めなきゃだよ」
「タイセーも進学するのよね?」
「うん、できればそうしたいけど」
「いずれ就職する時はうちに来てねタイセー。そうすればあなたとずっと一緒にいられるもの」
……そうだね、タカツキグループは様々な分野に進出している超有名企業だもんね。ぜひ雇ってもらいたいよ。
でもその時は君の力は借りないで自分の能力を認めてもらって入りたい。
無能なままなら絶対に君の元には行かないよ。僕にだってプライドはある。
「じゃあ私がタイセーの家に遊びに行ってもいい?」
「僕んち!?」
「ええ。お姉さんは二人いらっしゃったわよね。上のお姉さんはタイセーとはだいぶ年が離れてて、下のお姉さんは物静かなお姉さんだったわ。お姉さんたちにもご挨拶したいし、遊びに行ってもいい?」
そんなこと出来るわけないよカリン!!
だってうちの姉さんたちは二人とも君の事をとても嫌ってるんだ。
僕が幼少時から不遇な半生を送ってきたのは全部君のせいだと思ってるし、君のご両親にも悪い印象を持っている。
カリンはおそらく知らないだろうけど、僕があの事故でケガをした時、ご両親は君のことばかり気にかけてて、僕の事は十分なお金を出すからそれでいいだろっていう態度があからさまだったらしいんだ。
ケガを治すのにタダってわけにはいかないから、治療費以上の十分な金銭的補償をする、っていう君のご両親の考えは間違っていないと思う。
でもたくさんお金を払ったからそれでいいでしょ、っていうんじゃあまりにもドライすぎるし、決してケガの治りが早くなるわけじゃないけど、自分たちでできる範囲での精一杯の誠意を尽くすってことはすごく大切なことなんじゃないかな。
きっとうちの家族も今の僕と同じような気持ちになったんだろう。その後タカツキ家と断絶状態になったらしいのはその辺りが色濃く影響してるんだと思う。あの後すぐに君はご両親と一緒に海外に行ってしまったし、今でも僕の家ではタカツキ家の名を出す事はタブーな空気になっているんだ。
そんな環境に渦中の人である君を連れてなんていけないよ。
姉さんたちに引き合わせたらきっと君は間違いなく嫌な思いをしてしまう。だから本当は君を家に呼びたいけど呼ぶことはできない。ごめんカリン。
「今すぐはちょっと無理かな。姉さんたち二人とも今仕事がすごく忙しくて毎日クタクタになって帰ってくるんだ。姉さんたちに余裕が出てきたらその時はあらためてカリンを家に呼ぶよ」
「ありがとうタイセー! その時はお姉さんたちが好きなものを教えてね! それを持ってお邪魔するからっ」
カリンの笑顔が眩しい分、余計に自分がものすごく悪いことをしているような気分になってくる。
この娘も僕も何も悪くないのに。
「タイセー!?」
嫌な妄想を振り払いたいあまりカリンに抱きついてしまった。
突然僕に抱きしめられたカリンは驚いてる。外でくつろいでいる一部の生徒たちに抱擁シーンを見られちゃってるだろうけどそんなのどうでもいいや。
「ちょっとだけこのままでいさせて」
「タイセー……」
嬉しそうに頬を染めたカリンが自らも僕にピッタリと身を寄せてくれた。
僕がこうしてカリンと親密に付き合っていく以上、一生懸命隠し通そうとしてもいつかは僕の家族にバレてしまう時がくるだろう。
でもそれまでに僕が能力を取り戻していればいいんだ。拙くても大抵の事は出来ていたあの頃の器用な僕に戻れればそれでいい。
そうなればきっと皆で最初からやり直せる。
お互いに憎み合う事も傷つけあうこともない、まっさらなスタートの時点にまで戻れるはずだよ。