僕は僕にできることを全力でするよ
―― 昼休みだ。
教室でカリンと一緒に昼食を食べ終えた後、二人で校舎の外に出てみる。
実は他の女の子たちに邪魔されるかもと密かに心配していたんだけど、まったくの杞憂だった。
カシムラさんはあちこち破れた制服をまだ着ているコダチさんを掴まえてぴーぴーと文句を言ってたし、コシミズさんはいつのまにか教室からスゥッといなくなってるし、クラス委員の仕事があるヤマダさんは職員室に行っちゃったみたいだし、机に覆い被さるように座っているマツリはちょっぴりつまらなさそうな顔でボーッと窓の外を眺めてる。
今、この中で一番気にかかるのはマツリだ。
燃え盛る太陽を丸ごとごくりと飲み込んでそれをエネルギーに全変換しちゃったのかって思うくらい、いつも超元気で少々バイオレンスな猫目の女の子が、無言で窓の外をボーッと眺めてる。一人ぼっちで。
もしかしてコダチさんに完膚なきまでに負けてしまったのが彼女なりに相当堪えたのかもしれない。
僕のクラスって、「女帝の見本市か!」って言いたくなるくらい、プライドが高い女の子がぎゅうぎゅうにひしめいてるからなぁ……。
そんなことをつらつらと考えながら昨日カリンと話をした校庭の片隅にまた向かってみたけど、今日はグラウンドが大人気だったせいでとても人が多い。
「こんなに騒がしかったらタイセーとゆっくり話ができないわね」
グラウンドのあちこちで楽しげに飛び交うカラフルなボール達を眺めていたカリンが気難しそうな顔でため息をついた。
皆、念動力でボールを飛ばして遊んでいるから、普通ではありえない軌道を描いているのが面白い。
昨日はすごく爽やかな涼風がこの芝生の上を吹きぬけていたけど、この賑やかさのせいで今日の初夏の風は茶色い土埃を多く含んでいそうだ。カリンのこのサラサラな亜麻色の髪の隙間に砂粒がまとわりついちゃったらかわいそうだよな。
「ねぇタイセー、どこかいい場所を知らない? あなたと二人っきりになれそうな静かなところ」
カリンが甘えたように僕の腕をツンツンとつつく。
二人っきりになれる場所かぁ……。すぐには思いつかないや。
僕は学園の中をまだあまりよく分かってない。
カリンが来るまでは、休み時間はずっと教室の隅か階段の踊り場辺りで一人ぼっちでいることが多かったから。
「あっちに行ってみましょっ」
僕もそういう場所に心当たりがないのだと即座に判断したのか、カリンはさらりと僕の手を取って先に歩き出す。その判断、随分と早かったけどまさか……。
「カリン、もしかして今僕の気持ちを読んだ!?」
「え? どうして?」
「だって僕が答える前にさっさと動き出したじゃん」
「私、何もしてないわ。あなたが考え込むような顔をしたから“ あぁタイセーも知らないのね ”って思っただけよ」
「本当にそれだけ?」
「えぇ。それに私は静止した状態で一定時間ずっと相手に触っていないと心を読む事はできないの。行きましょって言った時、まだあなたと手は繋いでなかったでしょ?」
ふぅん、カリンは動かないで長時間相手に触れていないとテレパスを使う事ができないのか。
っていうか触れないでも心が読めちゃうのはきっとヨナ・コシミズくらいなんだろう。しっかりと相手に触れる事ができたら相当以前の出来事までも読み取ることができるみたいだし、たぶんあの娘が規格外なだけだ。
「なぜ急にそんな事を言い出したの?」
「あ、ごめん、気を悪くしちゃった?」
「いいえ、別に気にしてないわ。でもタイセー、もし私があなたの心を読んでいたら一体どうしていたのかしら?」
「止めてって言ってたよ」
すると急に足を止め、カリンが強い目力で僕をキッと見据える。
「タイセー!」
「な、なに?」
「タイセーは私に心を見られるのがイヤなの!?」
「そっそりゃあ嫌だよ! カリンだって勝手に自分の気持ちを見られるのは嫌だろ?」
「もちろん他の人には絶対に嫌よ! でもあなたなら別! タイセーのことが大好きだから、あなたになら私のすべてを見られても構わないわ! タイセーはそうじゃないってことなの!?」
うん、カリン、君がそう言ってくれるのは嬉しいよ。
だけど、君がそこまでそうきっぱりと言い切れるのは、僕に何も隠し事がないからなんだよ。僕に心を読まれても何も困る事が無いからなんだ。
でも僕にはあるんだ。君にいっぱい隠し事がある。
僕が力を使えなくなったのが君と一緒に巻き込まれたあの事件がきっかけなこと、そして君の事が大好きなのにヤマダさんに心惹かれている部分がまだちょっぴりだけあること、それに――。
「ちょっと待ってカリン。今は止まって僕と手を繋いでるけど、読んでないよね?」
「だから読んでないってば! どうしてそんなに私に心を読まれないかって警戒してるの!?」
カリンの声にだいぶ棘が出てきた。
でもこれはここまでしつこく心を読んでないかって確認し続ける僕が悪い。カリンが気分を害するのも当然だ。
「警戒してるわけじゃないよ。単純に嫌なだけだよ。でもカリンは他の人から読まれるのは嫌で僕だけはいいんだよね?」
「えぇそうよ! だってあなたのことが好きだもの!!」
「僕だってカリンのこと好きだよ。でも僕は誰に心を読まれても嫌なんだ。好きな人でも同じ。それだけの違いと思ってよ。大体さ、相手の心を勝手に読むなんて行動、普通に考えたら褒められるようなことじゃないと思わない?」
するとカリンはそれまでの強気なテンションを落とし、「そうね」と半分だけ納得したような顔で頷いた。
「確かに品性は感じられない行為だと思うわ。相手の立場も尊重していないし」
「だろ? 勝手に心を読むなんて下品だよ。それにそんな能力使わなくてもさ、カリンになら何でも言うって昨日約束したじゃん。覚えてるよね?」
「えぇ。あなたの口べたを直すため、よね」
「うんそうそう。約束通りこれからカリンには何でも教えるよ。だから僕の心を読む事はしないでほしい。ね?」
「……分かったわ。あなたが私になんでも話してくれるっていう言葉を信じる。もうあなたにテレパスは使わないわ」
良かった、これでもうカリンが僕の心を読もうとする事はないだろう。
過去の事は秘密にしておくけど、その代わりこれからはカリンに嘘をついたりや隠し事をすることはしないようにしなくっちゃ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
二人っきりになれる場所が無いか、引き続き手を繋ぎながら二人で校舎の周りを歩いてみる。カリン、歩くの早いなぁ。
そういえば昔もカリンとよくこうして手を繋いでいたっけ。とっても短い期間だったけど。
どっちかというと今は僕が受け身だけど、あの頃は僕がいつも君を誘ってたよね。そしてその度に君はいつも嬉しそうに僕の後をついてきてくれた。
今ももちろん綺麗だけど、あの頃の君は本当にお姫様みたいだったよ。目がすごく透き通ってキラキラしていて、笑うとさらに可愛くなって。僕、本当に君の事が大好きだった。
でも君がさらわれて僕も巻き添えで怪我をして、君は僕の前からいなくなって。
君には言えないけど、あの頃の僕はあのことが原因で超能力が使えなくなったなんてまだ知らなかったから、なかなか治らない傷の痛みより、君が僕の前から急にいなくなってしまった方がずっとショックだった。
あの時は幼かったからショックだって気持ちしか感じ取れなかったけど、ここまで大きくなった今なら、あの悲しさは「裏切られた」っていう気持ちに近いものだったと分かるよ。
だって幼稚園を卒業したら同じ学校に通うおうねって約束したじゃん。
四つ葉のクローバーがたくさんある場所をまた見つけたから一緒に行こうねって僕言ったじゃん。
「ありがとう。また二人で行きましょ」って、あの時カリン言ってくれたじゃん。
だからもうあんな気持ちを味わいたくないから、また君が僕の前からいなくなるのが嫌だから、僕は僕にできることを全力でするよ。
レドウォールドさんみたいにはなれないだろうけど、昔のようにPSIをまた操れるようになって、二度とヤマダさんに心を揺り動かされないようにする。好きでもない婚約者と結婚だってさせない。
「カリン」
「なぁに? 二人っきりになれる場所の心当たりがあったのかしら?」
「ううん、それとは違う話。あのさ、今日、特訓が終わるまで待っててほしいんだ」
「それって放課後イブキ先生とするPSIの特訓のこと?」
「うん。カリンも忙しいだろうけど終わるまで待っててくれないかな。一緒に帰りたい」
―― 僕とカリンの間に横たわる「10年」という長い空白の時間。それを少しでも埋めたかったからそう頼んでみた。
カリンとたくさん色んな事を話しして、二人でいっぱい笑って、誰にでも平等に流れ続けている時間ってやつをできるだけを共有したかった。
僕だってここまでそれなりに色んな事があったし、きっとカリンにだってあるはず。
カリンのことをもっと知りたいし、僕の話だって聞いてほしい。
放課後、いつ終わるか分からない僕の特訓を校舎で一人待っているなんてきっと退屈だろうけど。
するとカリンはクスッと笑い、僕の耳元に口を寄せて嬉しそうに囁いた。
「タイセーに言われなくても待ってるつもりだった」
「ホント!?」
「えぇ、こっそり待っているつもりだったの。でもまさかタイセーの方から待ってて欲しいなんて言われると思わなかったから嬉しいわ。“ 待たなくていいよ ”って絶対言われると思ってたもの」
―― そんなこと言うわけないじゃん!!