非常に遺憾ではありますが、次回に持ち越しとさせていただきます
急ぎ足で倉庫に向かう。
僕は何の委員も引き受けていないからここに入るのは初めてだ。ロックを解除して中に入ってみると照明が点いているので中は明るい。眩しいぐらいだ。
中、結構広いなぁ。天井も高いし。体育で使用する用具を中心に、大小さまざまな備品がきちんと整理整頓されている。
何度かカシムラさんの名前を呼んでみたけど応答はない。でもミズノさんはここに一人分の気配がするって言ってたからカシムラさんじゃなくたって誰かは必ずいるはずだ。
倉庫内をあちこち探して移動しているうちに扉に突き当たった。触ってみるとびっくりするぐらい簡単に開いたので一瞬身構える。
扉の中をそっと覗くと向こう側も充分にライトが効いていて隅々までよく見渡せた。
こっちは大して広くない。下に続く階段しか見当たらないや。地下も探してみた方がよさそうだ。
二段跳びで階段を下りている途中、かすかだったけど何かの音が聞こえてきて耳をそばだててみる。
……誰か泣いてる……? まさか!!
「カシムラさんっっ!?」
大声で名前を呼びながら地下の扉を勢いよく開けると、泣きべそをかいていた声はピタリと止まった。
「その声はタイセーくんですか!?」
「そうだよ!! どこにいるの!?」
「クルミはここですぅぅ!! 上ですぅ~~!!」
上っ!?
声のする近くまで駆け寄って目線を上に向けると、とても一人では降りられないぐらいの高くて長い本棚の上でツインテールのちっちゃな女の子が座り込んでぷるぷると震えている背中の一部分が見えた。
あんなところに飛ばされちゃったのか!
「カシムラさん大丈夫ッ!?」
「大丈夫じゃないですぅうう~!! 高くて怖いいいぃぃ~~!! 降りたいですぅぅうう!!」
「危ないから動かないで! 踏み台を探してくるからそこでじっとしてるんだよ!?」
怖がっているカシムラさんを制し、棚と棚の間をあちこち駆け回ってみたけどなぜか脚立的なものが一つも見あたらない。
「ふぇ~ん怖いよう~~!!」
泣き声がこの地下室内で反響している。早く下に降ろしてあげないと……。僕が棚によじのぼってあの娘を抱え降ろすべきか!?
いや、力が入らないこの右腕じゃいくらちっちゃいとはいえ、多分カシムラさんを支えきれない。
ちくしょう、もしサイコキネシスが使えたらあんな小柄な女の子の一人や二人、ひょいっと降ろしてあげられるのにな。
脚立じゃなくてもいい、なにか踏み台になりそうなもの、踏み台になりそうなもの……。
小走りで通路を走って探してみたけどやっぱり手頃な物は何も見つからない。どうしよう!?
ふと手近の棚に目を移すと、そこにびっしりと隙間なく詰められているのは分厚い本の群れ。
一階のフロアは場所を取るような大きな備品が多かったけど、この地下で収納されているものは蔵書がメインらしい。
そうだ!! この分厚い本を何冊か積み上げて踏み台代わりにすればいいんじゃない!?
そう思って早速大き目の本を引っ張り出すことにしたんだけど、…………取り出せない!! なんで!?
背表紙をつかんでいくら思いっきり引っ張ってもびくともしない。棚の底面に接着剤でも塗りたくってガッチガチに固めちゃったんじゃないかってぐらい、どの本もまったく微動だにしなかった。
この物々しい装丁の感じからいって、もしかしたらこれらの本って禁断の書的なものなのかも。だから生徒が勝手に持ち出せないように学園側で何か細工をしているのかもしれない。
「ふぇぇ~ん!! タイセーくぅ~ん! どこですかああぁ~~!? クルミを一人にしないでくださぁあああい!!」
マズい! だいぶ離れちゃったからカシムラさんが不安になっちゃってる!
急いでまたさっきの場所にまで戻り、「ここにいるよ!」と叫んで棚の上を見上げるとべそをかいたカシムラさんがひょこっと顔をのぞかせた。
「タイセーくぅ~~ん!! クルミもうここから降りたいですうううぅ~~!!」
「だから今踏み台を探してるからもうちょっと待ってよ!!」
「クルミはもう待てないですぅ!! おトイレにも行きたいしここから降りまぁす!! 怖いからそこで見ててくださぁい!!」
「エエエ!? まっ待ってよカシムラさん!! 落ちちゃったら危ないってば!! あとちょっとだけ待っててよ!!」
しかし恐怖がすでに限界点に達しているっぽいカシムラさんは僕の制止をきかず、後ろ向きにお尻を突き出して足先からよじよじと棚から降り始めてしまった。どうしよう、もしこの娘が落ちてきたら受けとめる自信ないんだけど!?
「よいしょ、よいしょ……」
カシムラさんは一生懸命下に降りようとしているけど、とにかくすごく小さいからつま先が一段目の棚底に上手く届かない。上空で左右の靴が空中でぷらぷらと激しく前後に揺れ動くその様はまるでバタ足の練習をしているようにも見える。だけど危なっかしくて見ていられない。
でもこうなったら僕も腹を決めるしかないか。もしカシムラさんが棚から足を滑らせて落ちてきたら、その時は下敷きになってでもこの女の子を助けなくっちゃだよな。
そこでじたばたと上空でもがいているカシムラさんのすぐ真下の位置にまで行き、人間クッションの役割を担うためにスタンバイ。
「タ、タイセーくんっ! 足が届かないですぅううう!! あとどれぐらいですかぁ!?」
「慌てないでカシムラさん! あと五センチ! あと五センチ伸ばしたら次の棚のところに届くから!」
「あと五センチ……。や、やってみまぁす……」
さらに棚の上で身をよじるカシムラさん。
これで彼女の下半身はもう完全に棚の上から外れてしまった。なので当然のことながらカシムラさんを見上げる僕からは彼女の下着がばっちり丸見えとなっている。後ろ向きに降りてきてるんだもん、当然だよね。
本来なら女の子の下着なんか見ちゃったら超ドキドキしちゃうはずなんだけど、カシムラさんのを見て全く興奮しなくて済んだのは、まずカシムラさんがすごくちっちゃいことと、見えちゃっている下着がセクシーさとはまったく無縁の、幼い子が好んで履くような兎のキャラパンツだったせいだ。
何せ僕はランコ・コダチの禁断的なバミューダトライアングル下着を間近で見せつけられたばかりの身。こんなお子様パンツでドキドキするわけがない。
でもカシムラさんが自分のキャラクターに見合った下着を穿いていてくれて本当に良かったよ。
こんなにちっちゃい子が、コダチさんみたいなああいうエロい下着を着けてたら、僕、リアルショックで女性不信になっていたかも。
そんなことを真剣に考えていると上空で「きゃんっ!」という声が。
と同時に、足を滑らせたカシムラさんが落下してくる。あまりにも予想通りの展開がスムーズにきちゃったので一瞬呆けかけてしまった。
いや、アホ口を開けてる場合じゃない!!
背中から落ちてきたカシムラさんを無我夢中で抱きとめる。
つっっ……!!
尋常じゃないほどの強烈な痛みが、肩から腕にかけて電流のようにほとばしった。
特に元々不自由な右腕の痛さが半端じゃない。レドウォールドさんに喰らったあの電撃制裁を思い出しちゃったよ。
でもカシムラさんの体重の軽さと、常軌を逸した高位置からの落下ではなかったことが幸いし、腕の骨が折れちゃうほどの大ダメージまでには至らなかったみたいだ。
「カシムラさん、どこか痛くない?」
「クルミはなんともないですけど、タイセーくんの方がすごく痛そうな顔してます。大丈夫ですか……?」
抱っこされ、くりんとした大きな瞳で申し訳なさそうに僕を見ているカシムラさん。
無垢なその上目づかいがたまらない。あーあこの子が僕の妹だったらお兄ちゃんとしてこの先もずっとこうしてこの子の面倒を最後までみていけるのに……。
できたらまだまだこうして抱っこしていたいけど、右腕の痺れが洒落にならないくらいひどくなってきたのでカシムラさんを床に降ろすことにした。大丈夫かなこっちの腕……。
「どこか痛いですかタイセーくん?」
「ん? 大丈夫だよ。受けとめた瞬間ちょっと痺れただけだから。もう全然平気」
「良かったぁ! あの、もしかしてタイセーくんはクルミを探しに来てくれたんですか?」
「うん。カシムラさんが教室に戻ってこないから心配で。コダチさんにここまで飛ばされちゃったんでしょ?」
「そーなんです!! ランコちゃんったらクルミをこんなところに飛ばしてヒドいんです!! きっとクルミにタイセーくんを取られちゃったからの逆恨みです!! もう今度という今度は絶対にランコちゃんを許しませんっ! タイセーくんはクルミの彼氏だってことをしっかりランコちゃんに分からせてやりますっ!!」
そうだ。できればこの誤解もそろそろ解いておきたいところだった。
ヤマダさんやコダチさんに続いてカシムラさんも傷つけることになるけど、やっぱりこのままにしておくわけにいかないし。
「あのさカシムラさん」
「はぁーい! なんですかぁタイセーくんっ?」
……くっ……!
カシムラさん、お願いだからそんな産まれたての子リスみたいに澄んだ瞳でニコニコ笑わないでよ。
カワイすぎて決意が揺らいじゃうじゃん。
「ねーねータイセーくん、もう一回クルミを抱っこしてくださぁい! さっきみたいにぎゅうううーっってしてー?」
満面の笑みで僕に飛びついてくるカシムラさんのその突きぬけるあどけなさに鼻血が出そうになった。 僕の前でぴょんぴょんと元気にとび跳ね、甘えた声で抱っこをねだるカシムラさんのあまりのキュートさに完全ノックアウト。
結局右腕の痺れをグッとこらえ、ぷにぷにと柔らかい大切な心の妹を再びぎゅうっと思いっきり抱きしめてしまった僕は本当に意志の弱いヘタレな人間だと思う。
カシムラさんの誤解を解くのは次回に持ち越しになりそうです。