だって今はもう治ってるんだし < 後編 >
目まいも治まったし速やかに教室に戻るべきなんだろうけど、今の僕にはやらなければいけないことがある。
「あのミズノさん、お願いがあるんですが」
「タイセーくんが私にお願い? 早速私の母性本能をくすぐりにきたってわけね? ちょっとドキドキしてきたかも」
「そういうんじゃないですよ。今、僕のクラスの女の子が校内のどこかで迷子になっちゃってるみたいなんです。ミズノさんがお持ちの能力でその子の場所を特定することはできませんか?」
「校内で迷子ですって?」
「はい」
「あなた達、入学してもう二ヶ月も経つでしょ? 今さら迷子っておかしくない?」
……鋭い。
「その子、方向音痴で」
「こーら、苦し紛れのウソつかないのっ。今のタイセーくんの気、ビックリするぐらいブレブレよ~?」
明らかに疑いの目で僕を見ているミズノさん。
ランコ・コダチにも指摘されたことがあるけど、どうやら僕は嘘をつくと他の人よりもかなりオーラが不安定になるみたいだ。
「……すみません、方向音痴はウソです」
「そうでしょうね。その子ホントはサボってるんでしょ? で、人のいいタイセーくんがその子を探そうとしているってとこと見たけど?」
「サボッてませんよ。そんな子じゃないです」
ここはごまかさないで素直に説明した方がよさそうだ。その方が協力してもらえそうな気がする。
「実はその子、さっきテレポートで校内のどこかに飛んじゃったみたいなんです。まだ教室に戻ってこないのでイブキ先生に知られる前に探し出したいんですけど、その子がどこにいるのか僕には分からないので、もしミズノさんの能力で分かれば教えてほしいんです」
なぜかミズノさんは何も言わなくなってしまった。いぶかしげな顔でじっと僕を見ている。
ミズノさんの顔から笑みが消えてしまったのでシヅル姉さんと向き合って話しているような錯覚がしてきた。上の姉さんがちょっとだけ苦手な僕は早口で同じ言葉を繰り返す。
「今のは嘘じゃないです。その子はサボるような子じゃないんです。信じて下さいミズノさん」
「私、信じないなんて言ってないけど?」
「じゃあその子を探してもらえますか?」
「んー…」
ミズノさんはちょっとだけ眉間に皺を寄せ、右の人差し指で自分の頬を軽くトントンとリズミカルに叩きだした。
「今のタイセーくんの言葉に嘘はないことは分かるんだけど、なーんか引っかかるのよね~」
「何が引っかかるんですか?」
「どうしてその子はテレポートで校内のどこかに飛んだの? それって自分の意思で飛んでる? もしかして生徒同士のトラブルで、とかじゃないのかなぁと思ったり、ね」
―― やっぱ鋭いッ!!
女の人ってこういう察知能力はほんと優れてるよなぁ……。なんでなんだろ?
「だからその部分をこのまま聞き流して君に協力しちゃったらマズそうな気がするんだけど。その辺りはどうなのタイセーくん?」
「できたらその部分は聞き流してもらえると助かります」
「つまり、私に見て見ぬふりをしろってこと?」
「結果からいうとそうなります」
「なるほどね……。別に気付かなかった事にして力を貸してあげても別にいいんだけどさ、でもそれって多分意味が無いわよ?」
「どうしてですか?」
「だって校内でのトラブルならきっとイブキが把握してるもの。君たちには分からないだろうけど、先生たちにはそれを分かる術があるから。あ、どんな方法かは聞かないでね。生徒には言っちゃダメなことになってるの」
「あ、それってもしかしてこれについてる機能のことですか?」
僕が左胸につけている自分のネームプレートを指さすとミズノさんが目を丸くする。
年上の人に向かってこんなこというのはあれかもしれないけど、切れ長の目が大きくなったミズノさんが急に子どもっぽく見えた。
「どうしてタイセーくんがそのこと知ってるの!?」
「イブキ先生が教えてくれましたけど……。盗聴とか位置特定の機能がついていて常に僕らを監視しているんですよね?」
僕のとどめの一言に絶句するミズノさん。あれ、もしかしてこれって言わない方が良かったかな……。
「もうっいくら想い人な子だからってイブキったら!!」
憤りでほんの少し顔を赤く染めたミズノさんが椅子から勢いよく立ち上がる。
「この事知ってるのはタイセーくんだけ!?」
「えっと…、そっそうです。僕だけです」
―― 本当はヤマダさんもあの場にいたけど彼女を庇いたくてつい嘘をついてしまった。
でもどうせまたオーラの乱れでバレちゃうんだろうなぁと思ったけど、イブキ先生に立腹していて意識がそっちにいってしまっているミズノさんはこの嘘には気付いていないみたいだ。ならこのまま押し通しちゃおうっと。
「でも僕、この事は誰にも言いませんから安心してください。イブキ先生がこの学園からいなくなったら嫌ですし」
「とりあえずは君を信じるしかないわね……。はぁ~、それにしてもイブキには呆れるわ。クビになっても構わないくらい君にベタ惚れってことなのかしらね……」
脱力したミズノさんはまたストンと椅子に座り、すかさず生脚を組んだ。
座った途端にすぐに脚を組むのはきっとこの人の癖なんだろう。それは別にいいんだけど、ミズノさんの穿いているスカートがかなり短いからお尻付近の下着が今にも見えそうで困る。生脚だから余計にエロいし。
「タイセーくん、これの件は誰にも言わないって約束してくれるなら今回は協力するっていう取引でどう?」
「もちろん異存はないです。それでお願いします」
「ちなみにいなくなった子って誰?」
「同じクラスのクルミ・カシムラです」
「あ、もしかしてツインテールのすっごく小さい子?」
「はい、ぴょんぴょんしててすごくちっちゃい子です」
「知ってる知ってる! あの子、いっつも校内を飛び跳ねるように歩いているから目立つのよね~。了解了解。探してみるから集中させて」
目を閉じて集中しだすミズノさん。校内の透視でもしてるのかな?
「…………そうね、今なら誰もいないはずの場所に人の気配がある箇所はいくつかあったわ。だけどその中で一人分の気配しか感じられないのは倉庫かな」
「体育館の隣にある倉庫のことですか?」
「そっそこそこ。外から入るならこのカードキーを使って入りなさい。でも終わったらすぐ返しにきてよ?」
「ありがとうございます。後で必ずお返しします。じゃあ失礼します」
「ちょっと待ってタイセーくん」
呼びとめられて振り向くとミズノさんの眉間にはさっきよりも深い皺が寄っていた。そして生脚を組み直すと少し強めの口調で言う。
「タイセーくん、これから私が出勤している日は必ずここに一度は顔を出して。いいわね?」
「いいですけど、どうしてですか?」
「気になるの。あなたの身体」
「僕のカラダ……ですか?」
「何勝手な妄想してんの? 別にHな意味で言ったんじゃないわよ」
瞬間移動の能力を使ったのか、椅子に座っていたはずのミズノさんはいつの間にか僕のすぐ目の前にいた。そして「なんかヘンなのよ、君の身体」と真剣な表情で呟く。
「何がおかしいのかはまだよく分からないんだけど、このままにしておいたらきっと良くないような気がするの。だからできるだけここに顔を出して。何か気付けるかもしれないから」
「分かりました。そうします」
お礼を言ってメディカルルームを後にする。
―― このままにしておくと良くない?
そんなこと言われなくたって分かってるよ。
だからこそこれから一生懸命特訓するんじゃないか。
早く力を使えるようにならないと何もかも間に合わなくなるんだから。