メデューサ現る 【 後編 】
「カ、カリン!?」
「知らなかった、あなたがその娘とそういう関係だったなんて」
カリンはニッコリと僕に笑いかける。でもその目は一切笑っていないのが恐ろしい。
おかげで風で大きくなびいているカリンの綺麗な亜麻色の髪が、今の僕にはメデューサの蛇髪の群れに見えてしまっています。
……うぅ、僕がこれから行う事は男子にあるまじき行為かもしれない……。
が、やっぱり命は惜しいんだ! しかもこれは冤罪だし!
だから背筋を豪快な勢いで冷や汗が流れてゆく中、なりふり構わず必死に言い訳をすることにした。
「ちっ、違うよカリン! コシミズさんが急に抱きついてきたんだ! それで振りほどこうとしたらここに倒れちゃったんだよ!」
「嘘」
コシミズさんがゆっくりとマットから起き上がる。そして思わせぶりな流し目で僕を見つめ、クニャリとした悩ましげな仕草で乱れた黒髪をかきあげた。
「君が抱きついてきて いきなり押し倒してきたんじゃない」
「えええええ────!?」
なっ、何てこと言うのさコシミズさん!
君は誇大表現どころか事実を捏造していますよ!? これは最早JAROに通報していいレベルだっっ!
「そう、タイセーが押し倒したのね」
……あれ?
意外にもカリンはまだ笑顔だ。だけど、彼女の背後でどんどんと殺気のようなオーラが濃くなってきているように感じるのは僕の気のせいだろうか。
カリンは左肩にかかった髪を静かに後ろに払うと、穏やかな海のさざ波を思わせるような優しい声で言う。
「タイセー……、今日の体育はきっとあなたにとって一生涯忘れられない授業になるわ……。良かったわね……」
あわわわわわわ!! ねっねぇカリン、上辺はあくまで穏やかですが、その台詞の意味、絶対さっきと違うよねっ!?
さっきはキュートなウィンク付きで、 「すっごく楽しいコトをしてあ・げ・る♪」 的なラブコメモードだったのに、今は「覚悟なさい あなたの命は風前の灯よ」 的な、情け無用の一刀両断モードになっているようなのですが!?
斬られる。絶対に斬られるぞこれは。
どうやらここで人生のTHE ENDフラグが盛大に立ってしまった僕は、慌てて全ての元凶であるコシミズさんに猛抗議をする。
「ひどいよコシミズさん! なんでそんな嘘言うんだよ!」
「嘘じゃない。君が私にせまってきた。それが事実」
「違うって! コシミズさんが勝手に抱きついてきたんだろ!?」
「自惚れないで。君みたいなPSIを使いこなせない男の子を好きになる女の子がいるわけないじゃない」
「!」
あぁコシミズさんにピシャリと言われたその言葉、今回もグッサリ刺さりました。この毎日せっせと働く健気な心臓の中心にまで。
なけなしのプライドが音を立てて砕けていく。この場からすぐに消えてしまいたかったけど、あいにく僕は瞬間移動も使えない。
……そうさ、コシミズさんの言う通りだよ。こんな落ちこぼれで駄目な人間を好きになってくれる女の子なんているはずがない。
「いるわよ、ここに」
僕のプライドが完全に崩れ落ちるのを間際で止めてくれたのは、カリンの凛とした声だった。コシミズさんがカリンへ視線を向ける。
「それはもう知ってる。だからあなた以外で、という意味」
「ヨナ、あなたはまだタイセーのことをよく知らないからそんな風にバカにできるのよ」
「……あなた、私の名前知ってるの?」
「えぇ。二ヶ月も休んでしまったから、クラスメイトの情報は全部頭に入れてきたわ。それよりヨナ、今あなたはタイセーをバカにしたけど、きっとあなたもいずれタイセーの虜になるわ。でもタイセーは誰にも渡さないからあなたもよく覚えておく事ね」
するとコシミズさんはすごく不思議そうな顔で小さく首を傾げた。
「私が虜になる? それはありえない」
「愚かね、ヨナ。世の中に絶対にありえないことなんて何もないのよ。見ていなさい、いずれあなたもタイセーに魅かれるようになるわ。きっとね」
カリンは余裕すら感じられる表情ではっきりとそう断言した。
どうしてそこまで自信満々に言えるのか、全く分からない。
そしてどうしてそこまでカリンは僕のことを好きなのかも、全く分からなかった。