すみません 我が家の愛しい恥部です 【 前編 】
本格的に日が落ちてきている。
「もう歩けるな? 家まで送ろう」
結局僕の質問には答えず、レドウォールドさんは静かに僕に近づいてきた。だけどぐるりと周囲を見回してもついさっき乗せてもらった車がどこにも見当たらない。
エッ、ということは……!
「もしかして遠距離移動するつもりですか!?」
「あぁ、そうだが」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ!!」
ランコ・コダチにピッタリと抱きつかれて屋上に強引にテレポートさせられたシーンを思い出し、慌てて後ずさった。冗談じゃないよ!!
「どうした、まだどこか痺れているのか」
「すいません! レドウォールドさんと抱き合うのは無理です!」
「抱き合う……?」
レドウォールドさんは見えている片目だけを糸のように細め、僕をジロリと睨む。なんだかものすごく不快そうだ。
「なぜ私とお前が抱き合わねばならんのだ」
「だって一緒にテレポートするんなら抱き合うんですよね!?」
「タイセー、この私を見くびってもらってはこまる。完全接触せずとも側にいる人間くらいは運べるさ」
「ほんとですか!?」
「あぁ」
やっぱりこの人凄いや……。
「行くぞ」
また背筋が下から上にかけてゾワッとする感覚が這い回りだした、と思った瞬間、レドウォールドさんのテレポートであっという間に身体を運ばれる。
気付けば数時間前に車から降ろしてもらって別れた場所に辿り着いていた。
二回目のテレポートで少し慣れたせいもあるのかもしれないけど、コダチさんとのテレポートより全然息苦しくなかったよ。PSI能力が高い人のテレポートって相手にも負担をかけないのかもしれない。
「貴殿の家はここから近いのか?」
「そんなに遠くではないです」
「ではそこまで送ろう」
「大丈夫です。もう一人で帰れます」
「いや、お前の家を見ておきたい。先ほどカリンお嬢様が行っていたのだろう?」
さすがレドウォールドさん、もう全部お見通しみたいだ。それとも僕が気絶している間にカリンに聞いたのかな。
「ご会食の時間が迫っていることがお分かりだったにもかかわらずお嬢様が屋敷を抜け出したのは、お前に会いに行くためだったのだな……」
「そっ、そうですっ!! カリンは僕に会いにきてくれたんです!!」
これでもか、っていうぐらいに力んで答えたせいで最後はゴホゴホと咳き込んでしまった。
カリンからわざわざ来てくれたんですよ、というのをこの人に思いっきりアピールしたかったからとはいえ、カッコ悪すぎだ。
でも僕のこの必死なアピールをレドウォールドさんは完全にスルーし、「どっちに行けばいいのだ?」とだけ聞いてきたので家の方角を指した。
「こっちです」
僕らは並んで歩きだす。
レドウォールドさんみたいにすごく背の高い人と一緒に歩くと、自分がすごく子どもに感じてしまう。
たぶんこの従者さんさんから見たら15歳の僕なんて完全に子どもなんだろうけど、さっきの数値化できない人間の器的な大きさの差だけじゃなく、見かけでもこうしてはっきりとした差を見せつけられると結構キツい。ますます “ どうしてカリンはこんな僕なんかが好きなんだろう ” って疑問が湧いてきてしまいそうになる。
だから頑張らなくっちゃダメなんだ。
一日も早くPSIを使えるようになって、少しでもこの人に近付けるようにならないと、家のしがらみに縛られているカリンだって助けてあげられない。
本当なら二ヵ月前にカリンはそのアシヤバラって男と婚約していたはずだったんだから、きっと時間の猶予はあまりないはずだ。だから僕のことを好きだって言ってくれているあの娘のためにも、死に物狂いで努力しなくっちゃ。
「……何を考えている?」
前を見たままでレドウォールドさんがまたお得意の台詞を呟いた。
「思いつめたような顔をしているぞ」
僕もわざとレドウォールドさんを見ないようにして、「本当はわかっていてわざと聞いてませんか?」
と切り返してやった。
「それはどういう意味だ?」
「あなたなら無接触でも相手の気持ちくらい簡単に読めるんじゃないですか? 僕の心を読んだ上でわざと聞いてきてませんか?」
「フッ、随分と私の能力を高く評価してくれているようだな、タイセー・イセジマ。だがさすがにノーコンタクトでは相手の気持ちは読めんよ。それにそこまで出来る接触感応の能力者などそうそういないだろう」
「そうですか? 僕のクラスの女の子でノーコンタクトで相手の気持ちが読めるって噂の女の子がいますけど」
「ほう……。さすがはフルリアナスだ。様々な分野に特化したPSI能力者を集めている高校と謳っているだけのことはある」
レドウォールドさんは感心したように学園のことを褒めたけど、すぐにその声を硬くした。
「タイセー、その女子生徒はクラスから浮いていたりしないか?」
「エ? どうしてそんなこと聞くんですか?」
「考えれば分かるだろう。自分の中にだけ隠しておきたい本心というのは人間なら多かれ少なかれ誰しもが持つ感情だ。だが接触せずとも相手の気持ちが読み取れるというのであれば、その女子生徒に近づけばいつ自分の本心を読まれているか分からないという不安が常につきまとう。そのような人物に気軽に近づこうとする人間は決して多くないはずだぞ」
そうだ。
言われてみればコシミズさんも僕と同じで教室でも一人でいることが多い。朝はギリギリまで教室に入って来ないし、休み時間もいつも一人でスゥッといなくなっていたような気がする。
存在感があまりない娘だから気付かなかったけど、もしかしてヨナ・コシミズも一昨日までの僕と同じで学園では孤独な人なのかもしれない。だからあの四匹の使い魔といつも一緒にいるのかもしれない。
よし、決めたっ!
ひとりぼっちの辛さやさみしさが分かる僕が、コシミズさんと他の女の子たちとの橋渡し役になれないか動いてみよう!
僕はカリンが来てくれたおかげでクラスの女の子たちとも話ができるようになった。だからもしコシミズさんがクラスでひとりぼっちなら僕がなんとかしてあげたい。それにコシミズさんの手を弾いて落とさせてしまったこの青いハンカチも返さなくっちゃ。
「タイちゃんっ!? あぁ無事だったのねっ!!」
―― へ?
いきなり大声で名前を叫ばれて進行方向を見ると、トテトテとした遅い足取りでこっちに向かって走ってきたのは……うわっキサラ姉さん!? なんで姉さんがこんな所にいるの!?
「タイちゃーんっっ!!」
キサラ姉さんの全力ダイブが決まった。
姉さんの白い両腕が僕の首にぎっちりと巻きつけられる。
「探したわタイちゃん!! 無事だったのね!! 姉さん、すごく心配したんだから!!」
「ちょ、キサラ姉さん! こんなところで抱きつかないでよ!」
「だってタイちゃんがなかなか帰ってこないから姉さん心配で心配で! 家の外に出てみたらこっちの方角にタイちゃんの気配を感じたから飛び出してきちゃったの!」
……さすがは感応力が高いキサラ姉さんだ。
そしてキサラ姉さんはピッタリとくっついている僕らを無表情で見ているレドウォールドさんに気付く。
「この方、タイちゃんのお知り合い?」
「そうだよ。えっと僕の猫カフェ友達で、レドウォールド・アレトゼーさんだよ。ねっ、レドウォールドさん?」
「あ、あぁ、そうだったな。そちらはタイセーの姉上殿か?」
「はい、僕の二番目の姉です」
「そうか。レドウォールド・アレトゼーと申します。はじめまして」
「…………」
レドウォールドさんは丁寧にお辞儀までしてくれたのに、うちのキサラ姉さんは挨拶どころか会釈すらしない。唖然とした顔で僕の首っ玉にかじりついたままレドウォールドさんの顔を穴の開くほど見つめている。
もうしょうがないな……。いくら男が苦手だからって挨拶ぐらいはちゃんとしてほしいよ。
「姉さん、挨拶ぐらいしてよ」
身内が非常識人だと思われたくないのでキサラ姉さんの脇腹をこっそりとつつく。
すると呆然としていた姉さんの身体が僕の腕の中で脅えた小動物みたいに激しく震えだした。