はい 覚悟はできています
レドウォールドさんのこの目つき。
明らかに自分のプライドを傷つけられたことに対する怒りの目線だ。
落ちこぼれだから感応力なんか無いけれど、従者さんの身体から立ち昇る雰囲気が一気に悪い方向に変化したのは分かった。
「……そうか」
いつも両手にはめている黒の皮手袋をレドウォールドさんがゆっくりと外す。そして怖いくらいに物静かな声で言った。
「ではもう一度我が超電撃を浴びてもまた同じ台詞が吐けるのかを見せてもらおう、タイセー・イセジマ」
「なにを言ってるのレド!? そんなこと許さないわっっ!!」
本気モードになったレドウォールドさんを見たカリンが慌てて僕らの側に突っ込んでくる。
でもレドウォールドさんは眉一つ動かさず、「お静かに」とだけ言うと片方の手の平だけをカリンの方向に素早く突き出した。するとカリンの足先がその場からふわりと持ち上がる。
「キャアァアアアアアッ!?」
── 早い!!
カリンの細い身体がすごい勢いで空中を瞬く間に後退してゆく。壁にぶつかっちゃう! と焦ったけど、クリスタルの柱の直前でスピードは急激にダウンし、カリンの身体は柱にピッタリとくっついた。
六角形の柱に貼り付けられたカリンのウエストの辺りが透明のリング状に揺らいで見える。きっと物体をその場に固定できるPSI能力でそこに足止めしたんだろう。
柱にくっつけられ、キラキラと光るオブジェの一つになってしまったカリンが僕を助けようと必死に身をよじっている。
「これを外しなさいレド!!」
「お嬢様、ご不便をおかけしますがしばしそのままでお待ちください。この少年の覚悟の程が私は見たいのです」
でもこれではっきりしたよ。
カリンもすごいPSI能力の持ち主だけど、レドウォールドさんに比べれば劣るんだ。
いや、カリンの能力が劣っているんじゃない。この従者さんがあまりにも凄すぎるんだ。
「やっ止めなさいレド!! 今のタイセーはレドの知っている昔のタイセーじゃないの!! ずっとずっと前からPSIを発動することができない身体になっているのよ!!」
その言葉を聞いたレドウォールドさんは無言で眉根を寄せ、今度は僕の身体に向けて片手を突き出した。
「うああああああああっ!?」
おっ重いっっ……!!
目には見えない巨大な手で上から全力で押さえ込まれているみたいだ……!!
せっかく無理をして立ち上がったのに、従者さんにかけられたこの重力歪曲でまたしても両膝はガクリと前のめりに折れてしまう。
僕の両膝を床に縫い付けて動けなくさせた後で、レドウォールドさんはカリンに顔を向けた。
「お嬢様。あなた様に一つお聞きしたい事があります」
「レドに話すことなんて何も無いわ!! 早くこれを外しなさい!!」
「いえお答えいただきます。今のお嬢様の口ぶりですと、このタイセー・イセジマがPSIを使えないことを以前からすでに知っていらっしゃったように聞こえますが、それはどうしてでしょうか? お嬢様とこの者は昨日十年ぶりに顔を合わせたばかりだというのに」
── あ……!
そうだ! そうだよ! レドウォールドさんの言うとおりだ!
今さらだけどレドウォールドさんのその指摘でずっと心に引っかかっていた小さな違和感にようやく気付くことができた。
あの時、おかしいと思ったんだ。
昨日教室でカリンと十年ぶりに顔を合わせた時、カシムラさんが僕を “ スクールNo,1のダメダメっ子 ” と呼んでもカリンは全然不思議がらずにそれを自然に受け止めていた。
一応幼い頃は神童と呼ばれていたぐらいに優秀だった僕を見たことのあるカリンなら、あの時のカシムラさんの言葉を聞いてキツネにつままれたような顔をしてもいいぐらいだ。でもカリンは訝しげな表情一つ見せないですぐに僕を庇ってくれた。
それに体育の時間に裏の森で、「タイセーなら読心防御用の擬似感情を作ることも出来ないだろうし」と断言していたことだってヘンだ。
本当ならそれらの態度の不自然さにすぐ気付くべきだったけど、出会ってすぐに好きだって言われたせいでパニクってしまって今まで違和感の原因に気付けなかったよ。
── でもカリンはどうして知っていたんだろう……? 今の僕はこうしてダメダメな落ちこぼれ人間になってしまっていることを。
まっ、まさか、僕がカリンを庇って右腕を怪我したのがきっかけでPSIを使えなくなったことを知ってたってこと!?
そんな!! もっもしそれが真相なら、僕は、こんなダメな僕を好きだって言ってくれるカリンの想いを信じられなくなるっ!!
……いや落ち着け。
だってあの怪我が原因でPSIが使えなくなったのは僕の家族しか知らない。だからあの時小さかったカリンが知ってるわけがないよ。
うん大丈夫だ! だってレドウォールドさんだってこの事実を知らなかったんだから!
でも僕が落ちこぼれになってしまっていることをなぜ知っていたのかはカリンにちゃんと聞いてみなくっちゃ。
「それは僕も知りたい!! 教えてカリン!!」
四つんばい状態から勢い込んで尋ねた僕の呼びかけにカリンは答えない。無言で小さく身体を震わせているだけだ。その様子が僕をますます不安にさせる。
「教えてよっ!! どうして僕がPSIを使えなくなっていることを知ってたのっ!?」
僕の絶叫に、カリンは何かに脅えたような瞳で僕を見た。
「……タイセー……、言っても私を嫌いにならない……? 私のこと、軽蔑したりしない……?」
「うん、しないよ!! 君の事、嫌いになんてならないよ!! だから教えて!!」
「わっ私……」
カリンが僕から顔を背け、俯く。
綺麗な亜麻色の長い髪がカリンの横顔のほとんどを隠してしまった。
「私、初恋の人があなたなの」
── カリンの初恋の男が僕!?
「小さい頃、タイセーは色んなPSIを私に見せてくれたでしょ?」
「あっあんなの全部子供だましみたいなものばっかじゃないか!」
「ううん、そんなことないわ。発火だってあの時のあなたはもうちゃんと出来ていたし、“ この年齢でこれだけの才能があるなら将来が楽しみだ ” って幼稚園の先生や周囲の大人からいつも褒められてたじゃない。昔、先生に見つからないように園庭の隅でタイセーがこっそり発火を見せてくれた時、私ビックリしたのよ。この男の子、スゴイ、カッコイイ、って思った。それで好きになったの、あなたのこと」
驚きで声が出ない。
だって僕もカリンが初恋の女の子なんだよ!?
「でも私が誘拐されて、タイセーも巻き添えで怪我をして、私は幼稚園をまた転園させられることになった。その後、私は日本を離れていた時期もあったし、今までタイセーと一度も会う事ができなかったわ。でも私、ずっと初恋のあなたのことが忘れられなかったの。だから…………調べた。今どこで何をしてどんな風に暮らしているのかが知りたくて、あなたの事を調べるようにってキャリアビュローに依頼したの」
「それ、何……?」
そう聞き返した僕に、「探偵社のようなものだ」とレドウォールドさんが代わりに教えてくれる。
「……そうよ。そして調査員からの報告書で今あなたが超能力を使えなくなっていることを知ったの。でも、あなたにはすごい潜在能力があることを私は知っている。だから私、あなたをフルリアナスに…………」
事実を知ったレドウォールドさんは僕にだけ向けていた厳しい視線をカリンにも向け出した。
「なるほど。事の辻褄は合いますな。ですがお嬢様、はしたないにもほどがありますぞ。密偵を雇って極秘裏に男の身辺調査など、名家のご息女がおやりになるようなことではございません」
レドウォールドさんにそう言われたカリンの顔が恥ずかしさでカッと赤らむ。そして再び僕の方を脅えるような目で見た。
「タイセー……、人を雇って勝手にあなたを調べるような真似をしてごめんなさい……」
そ、そっか、探偵を使って僕のことを調べたのか……。
うん、確かにちょっとビックリしたけど、でもだからといって別にカリンを軽蔑するとかそういう気持ちには全然ならないや! それにそのおかげで僕は名門のフルリアナスに入れたんだし、カリンがこの右腕の秘密さえ知らなければ僕はそれでいいんだ!
安堵した僕の前に、レドウォールドさんが立ちはだかる。
長身の従者さんにはるか上から見下ろされ、床に這いつくばっているせいで巨人に虫けらのように踏み潰される小人になった気分だ。
硬い表情のレドウォールドさんの両の手の平から、雷のような光の筋が大量にほとばしり出す。
「待たせたな。こちらの疑問もすべて解消した。ダイナモの出力を上げるぞ」
……うわ、さっきよりも全然強そうだ……。
皮手袋も外してるし、リミッターを解除したのかもしれない。これを浴びたら今度こそ本当に気絶するかも……。
「タイセー・イセジマ。見れば分かると思うが、先程との威力差はケタ違いだ。覚悟はいいか?」
くそっ、僕にもPSIが使えたら……!!
下っ腹に力を入れ、これからこの身体に襲い掛かる衝撃に備える。すごく悔しくて情けないけど、落ちこぼれの僕にはそれしかやるべきことがない。
「ど、どうぞ」
覚悟を決め、正面上にある透き通った青い左目を強く見返して頷くと、それに呼応するかのようにバチバチッという甲高い摩擦音が上がった。
「迷いは無さそうだな。……では参る」
顔の表面一帯にレドウォールドさんの影がかかってきた。そして視界がさらに暗くなった途端、目も眩むような強烈な電光が顔面にジリジリと迫ってくる。
「だめぇえええっっ!! タイセエエェェーッッ!!」
カリンの必死な叫び声が僕の耳に届いたのと、僕の身体を二度目の激しい雷撃が貫いたのはほぼ同時だった。