邪魔しないでください この娘が好きな男は僕なんですから
── 説得時間4分25秒。
この冷蔵庫もどきにコインの投入口が見つからないことが幸いした。
床に両膝を着いて調査を続けていたカリンが、「どうしてお金を入れるところがないのかしら? 不思議ね」と残念そうに立ち上がる。
あぁ良かった、ようやく諦めてくれたよ……。
何はともあれ、なんとか猛虎ドリンクの入手を断念させる事に成功したみたいだ。
でも僕ら男がこれを飲んだらどうなっちゃうかはなんとなく想像がつくけど、女の子が飲んだらどうなるんだろう?
ダブルベッドの端に座った途端にそんな好奇心が湧き上がった。
実験してみたい気持ちはヤマヤマだけど、万一このハッスルドリンクを飲んだカリンがあのコダチさんみたいに女豹様と化したら大変だしなぁ……。肉食動物に進化しきれていないヘタレな僕じゃ、調教しきれないのは目に見えているよ。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、床から立ち上がったカリンは顔の両脇にかかっていた亜麻色の髪を優雅な物腰で後ろに払う。そしてそのままその手を腰に当て、上体を少し斜めに傾けた魅惑的なポーズにほんのちょっぴりの挑発的な表情もプラスして僕に微笑みかけてきた。
どうしよう、今のカリンが可愛いすぎてまた心臓が勝手にバクバクしてきたよ……。
室内にニュッと突き出ているクリスタルの大きな六角形の柱が、そんなカリンの背後に絶妙な配置で収まってキラキラと輝いている。正面の位置にいるせいでグラビア表紙を飾るモデルの撮影現場にいるような錯覚がした。
薄紫色のミニスカートから伸びる細い脚のラインがとっても綺麗で、ついつい目がそこ一点に集中してしまいそうになる。視点を散らそうと急いで目線を自分の足元に向けると、カリンがストンと隣に腰を下ろしてきた。
うわっ、結構近い!!
太もも同士が密着するぐらいの近さです!!
ミニスカートを履いているから腰を掛けるとスカートの丈がさらに上にあがって、白い脚が僕の眼下に無防備にさらされる。あんまりじろじろ見ちゃダメだとは分かってるんだけど、これじゃどうしても見ちゃうよ!
僕の熱視線に気付いたカリンはほんのりと顔を赤らめて、「タイセーのエッチ」と呟いた。その恥じらいの表情に僕の中の欲望が一気に加速する。
「カリン!!」
肩をつかんで一気にダブルベッドに押し倒すと、カリンが潤んだ瞳で僕を見上げる。
「やっ、優しくしてね……? 私、初めてだから……」
いや僕だって初めてだよ!! でも精一杯頑張りますっっ!!
カリンの服を脱がそうと焦った手つきで胸元に手を伸ばすと「あ、待って」と止められる。
「なに?」
「シャワー浴びたい」
今っ!?
僕もう待てないんですけど!?
「あっ後にしたら?」
「今入りたいの。さっき走って少し汗かいちゃったし」
「じゃあ一緒に…」
「ダッダメよ! 恥ずかしいもんっ」
うわぁあっさり拒否された!
……っていうかさ、恥ずかしくたってこれから全部見せてくれるはずだよね!? なのにどうして一緒にシャワーに入るのはNGなの!? 本気で分からないよ!!
「すぐに戻ってくるから待っててねっ」
ダブルベッドから素早く身を起こし、勝気なお嬢様がシャワールームへ消えてゆく。そしてそれを見送るしかない僕。女の子の気持ち、理解不能です……。
……ヒマだ……。
待ちぼうけの身には一分一秒がとても長く感じる。
とりあえず制服の上着脱いでおこうかな。
そう思って袖口から腕を抜きかけた時、いきなり内側のポケットに入れていた携帯が鳴り始めた。 今いる場所が場所なのでドキリと心臓が震える。
でも今のドキリは驚きという感情のほんの前哨戦だったということが、ポケットから取り出したそれを見て分かった。だってかけてきたその人物の名前は、僕にとってこれ以上ないくらいの恐怖をもたらしたから。
「レ、レドウォールドさんっ!?」
ディスプレイに浮かぶ文字列にここまでビビるとは思わなかった。
でも間違いない。今僕と連絡を取ろうと電話をかけてきているのは、カリンに永遠の忠誠を誓うあの無敵の従者さんだ。
僕に何の用だろう!? まさか今僕とカリンがこういう状況になっていると知ってかけてきているわけじゃないよね!?
とりあえず出なきゃいけないとは思うんだけど、身体が全然動かない。
固まった状態で携帯を見つめているとやがてコール音は止まった。
良かった、出ないから諦めてくれたみたいだ…、と思ったら、10秒も経たない内にまたメロディが鳴り出す。かけてきている人は今回ももちろん同じ人だ。
あぁもう!! もうすぐカリンが戻ってくるのに、なんでこんないい所で邪魔するんだよこの従者さんは!
試しにもう一度放っておいてみたけど、やっぱりすぐにメロディは鳴り出した。
これは僕が出るまでずっと鳴り続けると思ったほうがよさそうだ。かといっていまさら電源を切ったら怪しまれるだろうし、いつまでも出ないとあの優秀なレドウォールドさんのことだ、また何かの超能力を使って直接僕を探し出し始めるかもしれない。覚悟を決めて電話に出ることにする。
「は、はい。タイセーです」
『 ……ようやく出たか。今貴殿と話をしても大丈夫か? 』
従者さんの声は緊迫している。
「どうかしたんですか?」
『 先ほど屋敷に戻ったのだが、お嬢様がお部屋にいらっしゃらないのだ。先ほどから指定念動を送ってみてはいるのだが、まったく応じて下さらない。おそらくお嬢様が私からのコンタクトを意図的にカットしておられるのだろう。それでもしかすると貴殿の所に行ったのでは、と思ってな。それで連絡をしてみた 』
やっぱりそのことかよ!!
カリン、君はお嬢様なんだから黙って出てきちゃったらダメじゃん!!
『 まもなくアシヤバラ財閥の方とのご会食が始まるのに一体どこに行かれてしまったのか…… 』
しかも今夜予定があったの!?
大切な家の用事をすっぽかしてまでカリンが僕の所に来てくれたのはすごく嬉しいけど、こうしてレドウォールドさんの疲れたような声を聞いちゃうと申し訳ない思いでいっぱいになる。
僕の中の良心に従うのなら、今カリンと一緒にいますって正直に言うべきだ。
でもカリンとこんな所にいることをレドウォールドさんに知られたら、僕は今度こそあの人の刀の錆びになっちゃうかもしれない……。あぁもう! どうすりゃいいんだよ!?
『 タイセー、どうした? 聞こえているか? 』
「はははいっっ!! すっごくよく聞こえてますっっ!!」
『 貴殿はお嬢様の行方を知らないのだな? 』
「あ、えっと……、は、はい、知りません……」
……あーあ、流されちゃった……。
なんて意志が弱いんだろう。でもレドウォールドさんには申し訳ないと思うけど、僕はまだカリンと一緒にいたいんだ!! 本当にごめんなさいっ、レドウォールドさん!!
『 そうか 』
レドウォールドさんは素っ気無い声でそう言うと、その口調のままで 『 タイセー、一つ貴殿に付き合ってもらいたい事がある 』 と言い出した。
「なんですか?」
『 いいか、これから私が何を聞いても “ いいえ ” しか答えないで欲しい。行くぞ 』
エ? な、なに? なにが始まるんだよ!?
しかしレドウォールドさんは僕の返答などお構い無しですぐに質問を始めてきた。
『 タイセー、貴殿に姉上はいるか? 』
「い、いいえ?」
『 そうだ。“ いいえ ” しか言うなよ? では次だ。貴殿の性別は男か? 』
「いいえ」
『 貴殿の年齢は15歳か? 』
「いいえ」
── なぜだろう、「いいえ」と答えるごとに背筋が凍りつくような感覚が強くなってくる。今にも身体が身震いを始めそうだ。なのにレドウォールドさんの質問はまだ終わらない。
『 貴殿は幼い頃は神童と呼ばれていたのか? 』
「いいえ」
『 貴殿は幼い頃に右腕に大ケガを負ったことがあるか? 』
「い、いいえ」
『 貴殿はPSIを使えないのか? 』
「い…いえ」
……これ、【 真偽天秤 】 だっっ!!
訊いてきている質問はすべて「はい」で正しい。いや、正しいというか、そう答えるべき、答えなくてはおかしい質問をエンエンと繰り返してきている。
答えさせる言葉を「はい」か「いいえ」、どちらかに統一させることで嘘をついているかどうかを見抜く能力をレドウォールドさんが僕に使用している事が分かった瞬間から、心臓が物凄いスピードで拍動し始めたのが分かった。
この能力はなかなか犯行を自供しない容疑者への白黒を見極めるための判断材料の一つとして主に警察の尋問で使用されているらしいけど、それをレドウォールドさんが今こうして僕に試しているということは……!
『 これで最後だタイセー 』
レドウォールドさんの無機的で冷静な声が、ガクガクと小さな震えが始まり出した僕の鼓膜に直接刺さる。
『 今 貴殿は私に隠し事をしているか? 』
── 思ったとおりだ……!!
右の鼓膜から入ってきたレドウォールドさんの止めの言葉は、僕の体内の隅々にまで広がっていった。
やっぱり狙いはこの質問。
この質問の反応を知りたいから、その直前までの答えが「はい」となるべき分かりきった質問を僕に立て続けにしたんだ。
……ハハッ、やっぱり敵わないなこの人には。
すごいよ、すご過ぎるよ。なんなんだよこの人。ここまできたら反則に近い凄さじゃないかよ……。
「どうしたタイセー? なぜ返事をしない?」
「いいえ」と言わないので答えを急かされる。
冷静なレドウォールドさんには珍しく、少し声が苛立っているみたいだ。
……なんだかお腹の底辺りが急激に熱くなってきた。
でもこれはもうすぐそのバスルームの扉から短いバスタオル一枚のあられもない格好で出てきそうなカリンを想像して興奮しているからじゃないし、この部屋の空調がうまく効いていなくて室内がなんとなく蒸し暑いせいだからでもない。
僕の身体がこんなにも熱くなっているのはすべてはこの従者さんのせいだ。
昨日久しぶりに顔を合わせたばかりなのに、僕はこの従者さんにもうどれだけの種類のPSI能力を見せ付けられているんだろう。
この何でも出来る従者さんが羨ましい。心の底から憧れるぐらいに本当に羨ましい。
でも、その羨ましいという感情以上に、僕はこの最強の従者さんが────、
──── 妬ましかった。
床をかきむしりたいぐらいに妬ましくてたまらないよ……!
チクショウ!! この人の思惑通りに事が進むなんてまっぴらだ!! 命令どおりになんて絶対に答えてやるもんか!!
「……どうしたタイセー、なぜ答えない? 私の声は聞こえているのだろう?」
僕がずっと無言なのでレドウォールドさんの声のトーンは少し落ちていた。軽い調子で「ちゃんと聞こえてますよ」と応じる。
「ではもう一度問おう。今貴殿は私に隠し事をしているか? いいえで答…」
「はい、僕はあなたに隠し事をしていました。僕は今カリンと一緒にホテルにいますよ」
わざと質問を遮ってそう答えてやった。
レドウォールドさんが絶句している空気が伝わってくる中、シャワールームへと続いていたドアが開く。
ふわふわの白いバスタオル一枚の姿で恥ずかしそうに出てきたカリンを横目に、僕はこの後自分がどういう運命になるかを分かった上でレドウォールドさんに現在の状況を克明に伝える。
「あぁ今ちょうどシャワーを浴びてきたカリンが出てきました。ベッドの上で待たされるのも結構退屈なものなんですね。済みませんがこういう事情なんで僕らの邪魔をしないでいただけませんか? じゃ失礼します」
それだけを伝えるとこちらから通信をぶち切ってやった。もちろんすぐに携帯の電源もOFFにする。
……ダメだ、まだ心臓の鼓動が収まらない。
「誰と話してたのタイセー?」
バスタオルの胸元を押さえながら近づいてきたカリンに「家族とだよ」と嘘をつき、服を着るようにお願いする。
「えっどうして!?」
「姉さんに急いで帰ってくるように言われちゃったんだ。僕帰らなきゃ」
「そう……」
しゅんとしてしまったカリンを抱きしめて「ごめんね」と伝え、左の頬にそっと唇を当てる。ほんのりと上気している左頬からはとてもいい香りがしていた。
僕からキスしたので失望していたカリンの表情が少しだけビックリした顔になって、次に柔らかい笑みへと変わっていく。そんなカリンの反応が嬉しくて、見ているだけで心の中がほわほわと温かい気持ちになった。
── でも急がなきゃ。
カリンとこんな場所に一緒にいると言ってしまった以上、きっともう少ししたらこの位置を特定することに成功したレドウォールドさんがこの場所に飛び込んでくるに違いない。たぶんあの人なら造作もないことだ。
「カリン、服は?」
「バスルームに置いてきちゃってるわ」
「じゃあ早く着てきてくれるかな」
「……分かったわ」
「ごめんね。でも急いで」
がっかりした様子のカリンをバスルームに追い立てるように行かせる。
カリンのこんな姿をあの人にだけは絶対に見せたくない。
だってこんなに可愛くて無防備な姿を見ていいのは、カリンが好きだって言ってくれているこの僕だけなんだから。