メデューサ現る 【 中編 】
グラウンドの裏手に行くと女の子達はまだ誰も来ていなかった。お喋りしながらの着替えだからきっと時間がかかるんだろう。
目の前にある切り立ったガケの前に、かなり大きくて分厚いマットが置いてある。というか、敷いてある。そのマットを見た時、なんだか嫌な予感がした。この場所でこれを使って行う授業って、まさか……。
「恐らくバンジージャンプ」
いきなり後ろから声が聞こえてきたのでビックリして振り向く。するとそこには同じクラスのヨナ・コシミズがいた。
コシミズさんの声、久々に聞いたなぁ。必要時以外ほとんど喋らないので時々存在を忘れそうになる、細くて小柄な女の子だ。
「今、そのマットを見て “ 今日の授業は何だろう ” って考えてたんでしょ」
切れ長の澄んだ瞳を僕に向け、コシミズさんは肩口までの艶やかな黒髪を首の後ろでまとめだし始めた。
「コシミズさん、今僕の思考を読んだの!?」
この女の子の一番得意なPSIは精神感応だ。
でも人の心情を読み取れる力は使える側としてはとても魅力的だけど、勝手に読まれる側はたまったもんじゃない。プライバシーの大侵害もいいところだ。
「君の心なんて読んでない」
コシミズさんは素っ気無い口調で否定する。たぶん僕が狼狽したのでとりあえずこの場は読んでいないということにしたのだろうな。
髪をシンプルに後ろで一束に縛ったコシミズさんは、僕の前にまでつかつかと歩いてくると僕の顔をじっと見つめる。
「なっ何?」
「口を閉じてて」
コシミズさんが僕を見上げ、そう命令してくる。
「黙れってこと? でもそんな急に近くにきてじっと顔を見られたら気になるんだけど」
「…………」
完全に無視された。
コシミズさんはしばらく僕の顔を穴の開くほど見つめていたが、ふぅとため息をつくと視線を落とす。ため息をついた理由は分からないけど、そこまであからさまに落胆の表情を浮かべられたのでちょっぴり心が傷ついた。
「……君って不思議ね」
「え?」
「だってPSIが全く使えないのにこのスクールにいる」
「うっ」
これは効いた。
触れられたくない急所を真正面からえぐられたのでライフポイントがほぼゼロになる。そして言葉を無くす僕に対し、コシミズさんの淡々と続ける。
「でも、きっと君がここにいるのは意味があるからに違いないわ。だって私」
そこでなぜか途切れる言葉。
「だって、何なのさ?」
「……なんでもない」
「なんでもないってことはないだろ?」
そう聞き返すとコシミズさんは再び黙り込んだ。
「教えてよ。言いかけて止めるなんて気になるよ」
それでもコシミズさんは答えなかった。代わりにふわりとした感触がくる。コシミズさんが急に僕の身体にもたれかかってきたせいだ。
「どうしたのコシミズさん!? 具合でも悪いの!?」
「一分、いや三十秒でいい。このまま動かないで」
コシミズさんはそう命令するとその細い両腕に力を入れて僕に思い切り抱きついてきた。
「えぇっ!? なにするんだよ!?」
身をよじって脱出しようと思ったけど背中に巻きついた腕が外れない。
小柄な彼女にこんな力があるとは意外だった。たしかこの娘は念動力系は得意じゃないはずだけど、もしかしたら今はそっちの力も多少プラスしているのかもしれない。
「コシミズさん離してよ! 皆が来たら誤解されちゃうじゃん!」
「駄目」
「何でさ!? それにそんなに締め付けられたら痛いんだけど!」
「いいからあと少し」
「だから何が!?」
いや、今はこんな押し問答をしている場合じゃない!
そろそろ他の女の子たちも来そうなので早くコシミズさんから離れないと!
「離してってば!」
「あっ」
かなり強引に振りほどこうとしたため、コシミズさんがバランスを崩して後ろに倒れる。慌てて背中に手を回して抱きとめようとしたけど、結局二人一緒に分厚いマットの上に倒れこんでしまった。一瞬だけ僕の体重がコシミズさんに思いっきりかかってしまい、慌てて起き上がる。
「ごめん! 大丈夫!? 痛かった!?」
でもコシミズさんは僕の身体の下でじっと動かない。
マットに両手をついてコシミズさんの顔を覗きこむと、その髪と同じ、黒く濡れたような彼女の瞳に吸い込まれそうな錯覚に陥る。
「まさかどこかケガしちゃった……?」
コシミズさんは僕の顔を真下から見上げると、「ちょっとだけ分かった」と意味不明のことを呟く。
「だからさっきから何を言ってるのさ?」
コシミズさんが変なことばかり言うのでついこの体勢のままで話しかけたのがマズかった。
「……あらお邪魔しちゃったかしら?」
こ、この威圧感は……!
恐る恐る肩越しに後ろを振り返ると、そこにはとてつもなく冷たい微笑を浮かべた僕の幼馴染が立っていた。