こんな僕でも、支えてくれる人たちがいるみたいです 【 2 】
メディカルルームに着き、「失礼します」と扉を開けると、室内には女性の治療担当者さんが一人いた。
「待ってたわよ。そこにお座りなさいな」
フルリアナスのケアスタッフさんは日によって交代で勤務しているらしいのでなかなか顔を覚えられない。今日のスタッフさんは初めて見る人だ。白衣の胸元につけられている名札には 【 サユリ・ミズノ 】 と彫られている。
ミズノさんは丸椅子に腰をかけるよう僕を促した後、治療をすぐに始めてくれた。たぶんイブキ先生が事前に連絡を入れておいてくれたんだろう。
雰囲気はうちのシヅル姉さんにちょっと似ている。
長い黒髪は頭頂部できっちりとまとめてあって、颯爽と羽織っている白衣姿がカッコイイ。余計な事はあまり言わないで、自分のやるべきことを淡々と行うタイプ、って感じだ。
「コレ、猫に引っかかれたの?」
「はい」
「結構深くイッちゃってるわね……。傷跡が残らないようにしっかりケアしないと」
傷口を消毒される時に「沁みるかも」と警告される。
頬や手の甲にアルコールが含まれた脱脂綿を押し当てられた時は確かにピリッとした痛みを感じたけど、人工的な刺激とは違って本来の自然な痛みのせいか、普通に我慢できるレベルだ。
テキパキと傷の消毒を終えたミズノさんは次の治療準備を始める。恐らく治療系能力の一つ、高速回復を行うんだろう。
こんな紅い十文字傷をつけて帰ったら心配性のキサラ姉さんあたりがものすごく動揺しそうだし、できればあまり目立たないレベルにまで治してもらえるといいな。
そんな期待を胸に次の治療を待つ僕に、一旦準備の手を一旦止めたミズノさんは興味深そうな流し目を送ってくる。
「君が噂の少年なのかぁ」
……ヘ? “ 噂の ” って?
ポカンをした表情の僕を見たミズノさんはクスリと笑い、「君、イブキの禁断の想い人のタイセー・イセジマくんでしょ?」と告げる。
ええっ!? このケアスタッフさんってイブキ先生が僕のことを好きなのを知ってるの!?
焦った僕に、ミズノさんは「あ、心配しないで」と軽く片手を振る。
「私とイブキは親友だから知ってるだけよ。でも教師が教え子を好きになったなんてここに知られたらちょっとマズいことになるのよね。だからイブキが君のことを好きってことはおおっぴらに人に言っちゃダメよ? タイセーくんが口を滑らせたせいでイブキがフルリアナスをクビになったりしたら後味が悪いでしょ?」
「いっ、言いませんよそんなことっ!」
「んっ、イイコね~!」
ミズノさんに頭をゴシゴシと撫でられる。
幼児扱いされたようでちょっぴり嫌な気持ちになったけど、「大人も大人で色々大変なのよー。食べるために働いていかなきゃなんないしぃ~」と言われ、やっぱり自分はまだ子どもなんだよな、と思い直す。
でもこの人、見かけはシヅル姉さんに似ているけど性格は全然違ってそうだ。うちの姉さんはこんなにフランクな性格じゃない。
「さーて! ではでは君のその頬、イブキが思わず捕まえて頬ずりしちゃいたいぐらいにまでスベスベでプルンプルンな頬に進化させてあげよっかな~?」
「いっいえ! そこまでしていただかなくて結構ですっ!!」
即答で辞退した僕に、ミズノさんがあははと快活に笑う。その時室内に警報が鳴り響いた。
「……あーあ、グラウンドで何人かケガ人が出ちゃったみたいね。ごめんねタイセーくん、私ちょっと行ってくるからここでおとなしく待ってて」
そう言うとミズノさんは慌しくメディカルルームから出て行ってしまった。僕には何も聞こえなかったけど、きっと精神感応で救援要請を受けたんだろう。
この部屋に一人置いてきぼりにされ、何もすることが無くなってしまった。
しばらくは言われた通りにおとなしく丸椅子に座っていたけどミズノさんはなかなか戻ってこない。ケガ人は複数みたいだし、時間がかかっているのかもしれないな。
とりあえず消毒は終っているし、一旦教室に戻って後でまた来た方がいいかもしれない。そう思い丸椅子から立ち上がる。するといいタイミングで背後の扉が開く音がした。
あっミズノさんが戻ってきた!
でも僕の眼に飛び込んできた人物はミズノさんではなかった。予想外の人物の来場に、思わずその名を叫ぶ。
「コダチさんっ!?」
扉を開けて入ってきたのはさっき僕に「股間を洗って待ってなさい!」と言い放って走り去っていった美しきエロ神、ランコ・コダチ。
あれっ、でもコダチさんの格好、さっきと少し違うぞ?
モカ色のウェーブがかかった髪は今はツインテールで結ばれていて、下着が見えそうな際どい位置にまでガッツリと裾上げされていたチェックのプリーツスカートは、膝上十五センチの本来の長さに戻っている。
「タ、タイセー……、ここにいたのね……。ラ、ランコすっごく探したんだから……」
ランコ・コダチの様子がおかしいぞ!?
青ざめた顔ではぁはぁと荒い息を吐いている。扉をつかんで必死に耐えているけれど、今にもその場に崩れ折れそうだ。
扉から手を離し、コダチさんはよろめく足取りで僕に近づいてくる。でもその途中でついに気力が尽き、その場にガクリと跪いた。
「ど、どうしたの!?」
急いでコダチさんの前に膝をつく。そしてコダチさんの身体を目の前にし、そこにある異常点を発見した僕は思わず声を失ってしまった。
── おっぱいが、ないです
いや、無いわけじゃない! ちゃんとある! あります!
でも一応あることはあるんだけど、これは本当に申し訳程度の膨らみだ。
だからコダチさんのみっしりと重そうなヤシの実バストを隣の席でずっと見てきていた僕からすると、このかすかな膨らみ具合は「コダチさんのおっぱいが無くなってます」と言っても決して大げさではないと思う。
でっでもこれって一体どういうこと!?
コダチさんのあのご立派な爆乳は一体どこに消えちゃったんだよ!?
もしかして “ おっぱいの大きさを自在に変える ” ってPSI能力を使っているとか!?
ってかそんなスゴイ能力なんてあるの!? 今まで生きてきてそんな男心を惑わすようなエロい種類の超能力があるなんて僕一度も聞いた事ないよ!!
「タ…、イセ……」
コダチさんは僕の腕の中でずっと苦しそうにしている。
今はパニックになってたりエロイ能力について思いを馳せている場合じゃない! とりあえずこの娘をベッドに寝かせてあげなくっちゃ!!
ここでお姫様抱っこをしてあげれば僕も男として少しはカッコがつくんだろうけど、片腕に力が入らないからしてあげられない。無我夢中でコダチさんの身体を半分背負うようにして持ち上げ、四台あるベッドの一つに何とか寝かせてあげる事に成功する。
横にしてあげたことで少し顔色は良くなったけど、でも相変わらず呼吸が荒い。酸素が足りないかのようなおかしな息遣いだ。
「待ってて! 今ケアスタッフの人を呼んでくるから!」
早くミズノさんを呼び戻さないと!!
でもベッドから離れ、背を向ける直前にコダチさんに手をガッシリと掴まれた。
「行…、かないで……」
声を出すのも苦しそうなのにコダチさんが僕を必死に呼び止める。
「だ、だってコダチさん具合悪いんだろ? 早く診てもらわないとダメじゃん!」
するとぜいぜいと呼吸をしながらコダチさんが自分の胸元を指す。
「こ、これ…取っ、て……」
「こ、これって!?」
まっまさかブラジャーのことですか!?
……さすがは淫欲狩人さんだ。自らがピンチな状況でも狩りの精神を片時も忘れる事はないらしい。でも今そんなことしてる場合じゃないだろっ!?
「お、ねがい……、は、やく取っ……」
コダチさんの両の目尻にうっすらと涙が滲んできている。
そのあまりに必死な様子を見て、もしかするとこれは僕を狩ろうとしてやっているのではないのではないか、そう思った時、震える手でコダチさんが制服のブラウスのボタンを一気に外した。
「わぁっっ!?」
大胆なデザインのエロブラジャーと白い柔肌が現れるのかと思ったら、現実は全然違った。
「どっどうしたのこれ!?」
── 現れたのは白は白でも、肌ではなくて包帯だった。
伸縮性のない白包帯がコダチさんの胸周りを何重にもびっしりと覆っている。グルグル巻きもいいとこだ。相当にキツく巻いているせいで肌と包帯の境目がうっ血しているのが見て取れる。
そうかっ! ヤシの実おっぱいがこんなに小さくなるくらいにまでぎゅうぎゅうに胸を締め付けているから呼吸が苦しくなってるんだ!
「は、やく…、タ……セ……」
コダチさんの目元からついに涙がこぼれる。
「わわわ分かったよ! 今取るから!!」
包帯の隙間に指を突っ込んで何とか解こうと試行錯誤する。でも突っ込む隙間すらほとんど無い。これ、どれだけ全力で巻いたんだよ!?
あちこちをまさぐって、ようやく左の脇あたりに包帯の結び目を見つけたけど、ここも恐ろしいくらいに頑丈な固結びが施されていた。
立ち塞がる白い鉄壁の要塞を前に為す術がない。
ドン・キホーテは風車という巨人と戦って負けたらしいけど、包帯という白蛇と急きょ戦うことになった僕も戦況はかなりの劣勢だ。どうしたらいいんだよ!? コダチさんがこんなに苦しがってるのに!
「ハ、サミ……」
あぁっ! その手があった!!
コダチさんの必死のアドバイスが僕に活路を示す。さっきまでミズノさんがいたデスクの引き出しを乱暴に開け、鋏を探した。
……あったーっ! 神はここにおられたよ!!
神様から授かったアイテムを手にベッドに駆け戻る。
「動かないでよ!? ケガしちゃったら大変だから!」
苦しげなコダチさんが小さく頷く。
神具を手にした僕は、最新の注意を払いながらも恐る恐る肌と包帯の境目にその先端を食い込ませた。
鋏が右利き用なのですごく使いにくい。でも高度な鋏捌きが要求されるこの場面で、握力の低い右手を使うのはためらわれた。
鋏の先端の角度を斜め四十五度にし、ハンドルをじょじょに握りこむ。やがて最初の一刀が白蛇の一部をジョリッと切断する音がした。や、やった!!
このまま一気に行きたいところだけど、肌を傷つけちゃったら大変だから慌てちゃ駄目だ。だけど悠長にしてもいられない。
慎重に慎重を重ね、包帯の切断を粛々と進める。
そして白蛇の解体が、胸の谷間、中間地点辺りにまで達した時、力関係がついに逆転する。
包帯はビリリと一気に裂け、コダチさんのおっぱいがぷるるんと飛び出してきた。
「わああああああああーっ!?」
包帯をジョキジョキ切っていればいずれこれが飛び出してくることは分かっていたのに、いきなりの生おっぱい出現に思わず叫んでしまった。
中身が予め分かっていてもそれでもここまで驚かせる事ができるなんて、とんでもなく高性能なビックリ箱を喰らった気分だ。
「……苦しかったぁ……」
脅威の締め付けからやっと開放されたコダチさんが大きく息をつく。
あちこちが紅く染まっているおっぱいを慌ててシーツで覆った後、あらためて「大丈夫?」と尋ねてみた。
「ランコ、死んじゃうかと思ったわ」
「な、なんでこんなことしたの?」
「はぁ!? タイセーのせいでしょ!?」
「僕のせい!?」
「そうよ! タイセーがクルミみたいな子が好きだっていうから、ランコもロリ体型になってあげようとしたんじゃない!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあカシムラさんを真似してそんな髪型にしたり、スカートを元の長さにしたり、胸にグルグル包帯を巻いたってこと!?」
「そうよ!? ランコに不可能なことはないってことをタイセーにみせつけるためにここまでしてあげたんじゃない! このランコがここまでしてあげたことに感謝することね!」
元気を取り戻したコダチさんは自信満々にそう言い放ったけど、僕は内心、本気で呆れていた。
── この娘、純度100%のお馬鹿さんだよ……。