こんな僕でも、支えてくれる人たちがいるみたいです 【 1 】
朝礼が始まる合図の予鈴が聞こえてきた。
その音が聞こえてきたのと同時に肌の表面がピリピリするような感覚が走り、体育座りをしていた身体がビクリと震える。
うわっ久々だな、この地味に不快な痛み……。
フルリアナスの朝の予鈴には音波機能が付け加えられていて、校舎外でこの予鈴を聞くと肌の表面に刺激を感じるようになっている。
まもなくHRが始まるのに校舎外でフラフラしている生徒たちの速やかな教室移動を促す目的で発生させているらしいけど、僕はいまだにこの刺激に慣れていない。校舎内にいれば感じないので朝礼開始間近にはいつも教室にいるようにしていたけど、今回はこの裏山で一人ネガティブ内省会をやっていたせいで少し嫌な刺激を味わった。
伏せていた顔を上げ、血で汚れていない方の手のひらでまだ痺れている二の腕をこするように何度かさする。
── 教室に行かなくちゃ
僕の中の良識はすぐに正しい答えをきちんと導き出しているのに、立ち上がることができない。
僕が教室に行きたくない理由。
それはヨナ・コシミズに会いたくないからだ。
謝るつもりでいたのに、結局は昨日よりももっともっと彼女を怖がらせてしまった。
コシミズさんの言うとおり、たぶん僕はあの娘に八つ当たりをしたんだろう。自分の醜い部分を指摘されたことが耐えられなかったせいだ。
元はといえばコシミズさんが僕の心を勝手に見たのが原因だけど、でもその後のことは僕の器の小ささが招いたトラブルだ。
卑怯で、弱くて、小物で、優柔不断で、そして何より使えない──。
そんなダメダメな僕の存在がすべての元凶なんだ。
今日はこのまま家に帰ってしまおうか、そんな気持ちが大きくなり始める。
しかしそんな逃げの姿勢に入った僕を見透かしたかのように、
≪ タイセーくん、聞こえてる? ≫
と、クラス担任で、現代に甦った魔女でもあるイブキ先生の優しい声が頭の中に響いた。
≪ タイセーくん、そんなところで落ち込んでいても何も変わらないのはあなた自身が一番よくわかってるはずね? あなたは今までもたった一人で一生懸命頑張ってきたのかもしれない。でもここで諦めてしまうのはまだ早すぎるわ。そうでしょ? それに昨日も言ったけど、タイセーくんが自分の可能性を諦めない限り、私は何があってもあなたを全力でサポートする。だってあなたが大好きだから。……さぁもうすぐ授業が始まっちゃうぞ? 早く戻ってきなさいね ≫
……イブキ先生……。
先生の献身的な優しさに胸の奥が熱くなる。
でも不思議だ。
今までは何でも見透かすイブキ先生のこの能力に畏怖の念しか抱けなかったのに、今はそんな感情がまったく湧き起こってこない。むしろ嬉しいくらいだ。
現金なのは自分でもよく分かっているけど、僕を信じ、何があっても手助けをすると言ってくれたイブキ先生の温かい存在が僕の足を裏山から教室へと向かわせる。
恐る恐る教室の扉を開けると、一番最初に僕に声をかけてきたのはマツリだった。
「タイセー!? お前どうしたんだよその顔!?」
僕の頬にある猫の引っかき傷を見て驚いたみたいだ。
教室に入る前に手洗い場で顔は洗ってきたけど、それでも十文字の紅い傷は隠しきれるレベルのものじゃない。
「まさかその傷、女に引っかかれたんじゃないだろうな!?」
マツリは心配して超真剣に尋ねてきたみたいだけど、途端に教室内にドッと爆笑が起きる。こんな駄目男が女の子と痴話ゲンカするなんてありえないと分かっている半数以上のクラスメイト達の口元からこぼれ出てきた侮蔑の笑い声だ。
「それゼッタイありえなすぎ! ウケル~!」
「他のクラスの男にやられたんじゃないの~? ケンカもメチャ弱そうだしぃ~!」
「タイセーは鈍くさいから勝手に転んで階段からでも落ちたってとこじゃな~い?」
それぞれの指摘が全て当たっているだけにその嘲笑が痛いぐらいに身に染みる。そんな情けない今の僕に出来ることといえば、せいぜい少し困ったようなヘタレ笑いを浮かべるぐらいだ。
そこへ急に物凄い音が鳴る。マツリが自分の机を全力で叩いた音だ。
「今タイセーを笑った奴は前に出ろッ!!」
笑い声は一気に止んだ。
「いいか!! タイセーをバカにしたらこのあたしが許さない!! ブッ飛ばしてやるからな!! 分かったか!?」
教室内はシンとして咳払い一つ聞こえてこない。
でもそれが “ 無言のYES ” だということはクラス全員が共有する事実となったみたいだ。このクラスでNo,1のバイオレンス少女、マツリ・テンマの恐ろしさを、皆すでに充分すぎるほど分かっているらしい。
その暴力的パフォーマーの必須アイテムとして、昨日までは僕がよく利用されていたわけだけど。
「安心しろタイセー! これからはあたしがついてるからな!」
猫目の元乱暴少女が僕に向かってニッと笑いかけてくる。
今身に染みた自分の情けなさが、すごい剣幕で僕を庇ってくれたマツリの優しさで打ち消されたような気がする。本気でありがたかった。
「タイセーくん。その傷、救護室で手当てしてもらってきたほうがいいわ。一人で行けるわね?」
それまで黙って事の成り行きを見ていたイブキ先生が僕に向かって小さく微笑みかける。頷こうとしたが、その言葉にはまだ続きがあった。
≪ それと放課後一人で私の所にいらっしゃい。大丈夫、時間は取らせないから ≫
僕にだけそっと聞こえてくる先生の声。
精神感応ではそれだけしか伝えてこなかったけど、お互いに何が言いたいのか、僕とイブキ先生の間では分かり合えた気がした。
救護室の件、放課後の件、どちらも意味も含めた「はい」という肯定の言葉をイブキ先生に返し、マツリに「ありがとう」とだけ伝えると僕は再び教室を後にする。
── コシミズさん 教室にいなかったな
空っぽだったヨナ・コシミズの席。
彼女も逃げたのかもしれない。嫌でも僕と一緒になってしまうあのスペースから。
僕が今一番会いたくない女の子は、あの忠実な使い魔たちとどこに消えてしまったんだろう。
まだぐちゃぐちゃなままの自分の気持ちを抱え、僕は一人メディカルルームへと向かった。