メデューサ現る 【 前編 】
カリンとテンマさん、この二名のアマゾネスによるバトル終了後、クラス内はやっといつも通りの騒々しさを取り戻した。
「私、ここに座るわ。いいわよね?」
当然のような顔で僕の隣席に座ろうとするカリン。でもその席は空いている席じゃないんだ。
「あっ、そこはコダチさんの席だから」
僕が慌ててその行動を制しても、カリンは涼しい顔で席を立とうとする気配すら見せない。
「でもこの席の子はまだ来ていないみたいだし、私が座ってもいいじゃない。それともタイセーはまさか私の隣がイヤだとでもいうの?」
カリンにキッと横目で睨まれ、そのアイビームの強烈さにたじたじになる僕。この身が石化しそうな勢いだ。
「まっまさか! そんなことないよ!」
「なら決まりね。ここの席の子が来たら私が座るはずだった席に座ってもらいましょう」
「は、はい…」
……しかし何という見事なまでのゴーイングマイウェイっぷりなのだろうか。
突き進みたいルートに邪魔な石があっても、君はこうやって強引に跳ね飛ばしていくタイプの女の子なんですね。
「ねぇタイセー、今日はずっと教科書を見せてくれる?」
一応は尋ねる形を取っているけど、カリンは僕の返事を待たずに自分の机と僕の机をピッタリとくっつけ出した。
「カリン、教科書全部忘れてきちゃったの?」
「ううん、あるけど。でもタイセーと一冊の教科書を一緒に見たいの」
僕に向けられたカリンの笑顔を見つめて思わず絶句。カワイイ女の子からこんな事を言われて笑いかけられたら、どんな男だって間違いなく落ちちゃうよ……。
あ、そういえば僕の隣の席だった女の子、ランコ・コダチはよく遅刻したり無断欠席をする人なので、もしかしたら今日はこのまま来ない可能性もあるかもしれないな。でももし彼女が後で登校してきたら、まずきちんと謝って、カリンと席を替わってくれないか頼んでみよう。
「タイセー、どこに行くの?」
急に僕が席を立ったので、カリンも椅子から腰を浮かしかける。ついてこられたら少々困るので急いで理由を言った。
「トイレだよ」
「あ…、行ってらっしゃい」
カリンが恥らいながら軽く手を振る。良かった、さすがにトイレにまではついてこないか。
早くしないと一時間目が始まってしまう。
トイレから急いで戻ると教室の自動扉がなぜか開かなくなっている。あれ? もしかしてロックされてる? 扉の前で耳を澄ましてみると、中で女の子達がキャーキャーと騒ぐ声が聞こえてきた。
そうだ、今日の一時間目は体育だった!
教室内ではすでに女の子達の着替えが始まっているのか。僕は自分のジャージを取る前に締め出されてしまったみたいだ。
フルリアナスには男子、女子それぞれのロッカールームが校内にちゃんとあるのだけど、僕のクラスは女子ばかりなので、皆ロッカールームまで行くのを面倒くさがっていつもこうして教室内で着替えを始めてしまう。だから僕は体育前の休み時間に入ったら着替えのジャージを手に真っ先に教室を飛び出さなければいけない。そうしないと変態扱いの罵声が飛んできちゃうから。でも今日は脱出失敗だ。
あーあ、女子全員の着替えが終るまでここで待っていなきゃならないみたいだな。
そう思った時、教室の扉が急に開く。
「はい、タイセー!」
扉から出てきたのはまだ制服姿のカリンだった。その手には僕のジャージが入った袋を持っている。
カリンから体操着を受け取った僕は「ありがとう」とお礼を言った。
「タイセーも早く着替えてきたら?」
「うん、そうするよ」
そう言って去りかけると、カリンは「待ってタイセー!」と僕を呼びとめ、耳元に口を寄せてくる。条件反射で顔が赤くなった。
「あのね、今日の体育、タイセーにとって忘れられない授業にさせて、あ・げ・るっ」
「えっ…、そ、それどういうこと!?」
「後でのお楽しみよ。今日の体育はグラウンドの裏手に集合みたいだから間違えないようにねっ」
そんな意味深な言葉と魅惑的なウィンクを残し、カリンは着替えをするために再び教室の中に入っていってしまった。忘れられない授業ってなんだろう……?
ジャージが入った袋を片手に男子専用ロッカールームに向かう。
今日の体育はグラウンドの裏手に集合だ。
グラウンドの裏手って確かメッチャ高く切り立ったガケがそびえてなかったっけ……。あんなところに集合して今日の体育は何をするんだろう?