それでも僕はこの二人が愛しいです 【 1 】
「今日は本当にありがとうございましたっ」
30分程で無事にヤマダさんの家に着いた。車を降りたヤマダさんは、車内にいる僕とシヅル姉さんにもう一度頭を下げる。
「また遊びに来なよ」
開け放したウィンドウに片肘を乗せてシヅル姉さんが笑うと、ヤマダさんも
「はいっ!」
と嬉しそうに答えた。そしてその後に遠慮がちな視線で僕をチラリと見る。
……も、もしかしてその視線は僕からのアクション待ちですか!?
「おいタイセー。ここでお前も遊びに来いって頼む所だろう? 我が弟ながらつくづく情けない奴だな」
あぜ道に立つお地蔵さんレベルの硬さでフリーズしている僕に、シヅル姉さんは呆れ顔だ。だけどついさっきこの娘から口パクで「好き」と告白をされたばかりの僕はここでどんな言葉をかけたらいいのかが全然分からない。
「済まないねナナセ。言うべき事も言えないこんなヘタレな弟でさ。でも見捨てないでやってくれよ? 少々頼りないが意外と根性はあるし、根はいい奴なんだ」
頬を染めたヤマダさんは「はい」と一度頷いた後、恥ずかしそうに残りの言葉を呟く。
「イッ、イセジマくんがいい人なのはもう充分に分かってますから……」
「ハハッ、良かったなタイセー。ナナセみたいないい娘と知り合えてさ。せいぜい今夜は神様に感謝しとけよ?」
「あ、あうぅ……」
「イ、イセジマくん、また明日ね……?」
青いフレームの眼鏡ごしに、ちょっぴり潤んだ瞳で僕を見つめるヤマダさん。とっ、とりあえず「うん、また明日」ぐらいは言わなくっちゃ!
「ままっ、またあすたっ!!」
たった一言なのに突っかえた!! しかも訛った!! どんだけテンパってんだよ僕!?
微笑んでいるヤマダさんを残し、超ヘタレな僕を乗せた車はゆっくりと動き出す。僕らの車が見えなくなるまでヤマダさんはずっと歩道で手を振りながら見送ってくれていた。
◆ ◇ ◆
「……純粋でいい娘だな。私は気に入ったよ」
しばらく無言で車を走らせていたシヅル姉さんが不意にポツリと呟く。その後、車を歩道脇に止め、「降りろタイセー」といきなり命令をした。
「ここで降りろって……、あっ何か買ってきて欲しいの?」
何か欲しい物があって僕をコンビニにでも走らせるのかと思いそう尋ねると、姉さんはムスッとした顔で「いや、助手席に乗れ」と新たな指示を出す。
「お前がそうやって一人で後ろにふんぞり返っていると、お前のお抱え運転手になったような気がして不快だ」
「べ、別にふんぞり返ってるつもりはなかったけど……」
「いいからさっさと隣に来い」
シヅル姉さんの機嫌を損ねたくないのでおとなしく車を一旦降り、助手席に座る。そして僕がまだシートベルトを締め切らない内から車は再び走り出した。
「タイセー」
しばらく無言で車を走らせていた姉さんが急に僕の名を呼ぶ。
「なに?」
「帰ったらキサラのフォロー頼むな」
「キサラ姉さんのフォロー……?」
「あいつ、今頃きっと落ち込んでいると思うから」
シヅル姉さんはそう言うと僕の前にあるダッシュボードを開けろと命令する。言われた通りにダッシュボードを開けて驚いた。
「わっ!? どれだけ買い込んでんだよ姉さん!?」
ダッシュボードの中は様々な味の棒つきキャンディで溢れ帰っていた。シヅル姉さんはいつも暇さえあればこのキャンディを口に突っ込んでいるけどまさかこんなに買い込んでるなんて……。
「こんなに食べて大丈夫なの?」
「毎日食べる本数を決めているから大丈夫だ。いいから取ってくれ」
「味はどれでもいいの?」
「今は少々切ない気分だからラムネで頼む」
切ない気分て……。
とりあえずダッシュボードの中にあるたくさんのフレーバーの中からラムネ味を見つけ出し、ピリピリとフィルムを剥いて隣にいる姉さんに差し出す。
「はい」
「サンキュ」
横目でキャンディの位置を確認し、姉さんはそれをパクリと頬張る。そしてそれを口中でしゃぶり出したのでまた車内は静かになった。でも僕はつい先ほどの話の内容が気になって仕方がない。
「シヅル姉さん」
「んむ?」
「さっきの話の続きなんだけど、どうして帰ったら僕がキサラ姉さんのフォローをしなくちゃいけないの?」
返ってきたのはクールな一言。
「お前に彼女が出来たからに決まってるだろ」
……ハァ、また始まったか、姉さん達のアブノーマルモードが……。
「あのさ姉さん、僕とヤマダさんは付き合っているわけじゃないから」
「ふぅんそうなのか」
てっきり驚くのかと思ったのにそう軽く返され、僕の方が呆気に取られる。
「ビックリしないんだね」
「ヘタレなお前なら充分ありえることだからな。それよりも問題はキサラだ」
シヅル姉さんはキャンディの位置を右の頬から左の頬へと移動させる。
「あいつのブラコンはハンパじゃないレベルだからな。さっきお前がナナセを家に連れ込んだと知った時のキサラの狼狽ぶりはすごかったろう? ナナセが現れてからは私に合わせて必死にいい姉を演じていたが、今頃家で一人、大きなショックを受けているはずだ。だから帰ったらお前がキサラをフォローしてやってくれ」
「だっだからそこが間違ってるんだってば! 今まで何度も言ってきてるだろ!? お願いだからシヅル姉さんもキサラ姉さんも僕をそういうヘンな気持ちで見るのは止めてくれよ! 僕らは血の繋がった姉弟なんだよ!?」
「タイセー、お前はキサラが可哀想だとは思わないのか? 私よりも数段美人なのに男と付き合うこともせず、家に引きこもりがちで、お前しか目に入っていない」
「だっだからこそキサラ姉さんには現実を見て欲しいんじゃないかっ!」
「……現実を見ろ、か。言ってくれるな」
ラムネ味の棒付きキャンディがシヅル姉さんの口中でカラコロと転がる音がする。
「現実を見ていないのはお前だタイセー」
「どういう意味さ!?」
「お前は何も分かっていない。それはキサラがお前しか見ない理由を知らないからだ」
「キサラ姉さんが僕しか見ない理由なんてヘンタイな性癖以外にあるのかよ!?」
「……あぁ、あるさ。立派な理由がな」
必死な僕のテンションがどんどん上がっていくのとは対照的に、そう答えたシヅル姉さんの声のトーンは車内の温度までも下げるくらいの低いものだった。