君のその行動に、理性を保てる自信がなくなりそうです
僕ら姉弟のせいでリビングの空気が急に重苦しくなったのを敏感に察知したヤマダさんが、わざと明るい口調でアルバムボードを指さす。
「あっ、あのっ! このイセジマくんもすごくカワイイですっ!!」
……なんだか気を遣わせちゃったみたいだ。でも本当にいい娘だよなぁ、ヤマダさんって……。
フルリアナスに入学して一番最初にこの娘が気になった僕としては、そんな自分の感性がちょっぴり誇らしい。
「そうだろ、カワイイよな、うちのタイセーは」
ヤマダさんのお褒めの言葉を聞いたシヅル姉さんが目を細める。
「良ければどれでも好きな写真をあげるぞ、ヤマダさん」
「ぶっっ!!」
危うく飲んでいたコーヒーを天井に向けて盛大に噴き出しそうになった。
「バババババカなこと言い出すなよシヅル姉さんっ!! ヤマダさんが僕の写真なんか要るわけないだろ!?」
「なぜお前がそう言い切る? そんなのはヤマダさんに聞いてみないと分からないだろうが」
シヅル姉さんはソファで組んでいた脚を組み替え、そう切り返してきた。あまりにもクールに返されたせいで、咄嗟に次の言葉が出てこない。
するとヤマダさんはアルバムボードのページ欄をタッチし、続けざまに25を入力してその中の一枚を嬉しそうに指さした。
「それなら私、このイセジマくんがいいですっ!」
「ほう、そのタイセーを選んだか……。なかなかいい選択眼だぞヤマダさん」
「はいっ!」
えええええちょっと待って! ヤマダさん、今のギャグだよね!? ギャグですよね!?
しかしヤマダさんは「では頂きますっ」と前置きして、ボードの角にある抽出キーを押し、ロックを解除した。ほ、本気なのっ!?
「記憶転写? それともプリントしてあげましょうか?」
コピメを発動することが出来なければ、印刷しかない。
画像の持ち帰り方法についてキサラ姉さんに尋ねられたヤマダさんは、頬に手を当てて恥ずかしそうに俯くと、「りょ、両方でいいですか……?」と呟いた。
「ハハッ、ヤマダさんは欲張りだな!」
シヅル姉さんに大笑いされたヤマダさんの顔がピンク色に染まる。
「や、やだ私ったら! 図々しい事を言ってスミマセン!」
「いや全然だよ。私も少々笑いすぎてしまったな。それにそんなにうちの弟の写真が欲しいだなんてそれだけ……なぁ、タイセー!?」
なんでそこで僕に振るのーっ!?
思わずヤマダさんの方を見てしまったので彼女と目が合う。
恥ずかしそうに僕を見つめるヤマダさんに対してどんな顔をしていいのかは分からないけど、顔の熱が勝手にどんどんと上がってきているのだけは分かった。
ヤマダさんは動揺している僕を眩しそうに見つめた後、恥じらいの表情のまま軽く目を閉じる。そしてディスプレイに表示されている僕の画像に手のひらをかざした。う、うわぁ……、ウソだろ、本当にコピメ始めてるよ……。
記憶転写をするといつでも見たいときに頭の中に鮮明な画像を出せるから、このPSI能力が出来る人は、大好きな恋人とか、優しい家族とか、あるいは憧れているアイドルとか、大切な人物を記憶の中に取り込む人が多い。……で、でも、こんな落ちこぼれの僕の写真なんかを君の記憶に取り込んで、一体どうするつもりですか!? 魔除けにでも使うつもり!?
「はい、プリントもできたわよ」
「ありがとうございますっ」
キサラ姉さんがプリントした画像を受け取ったヤマダさんはそれを大切そうにクリアフォルダの中に入れた後、スクールバッグにしまった。そしてボードにまた視線を落とすと「あらっ?」と呟く。
「イセジマくんの小学生の頃の写真、もう終っちゃった……?」
メモリの中に保有していた情報をすべて吐き出し終わったアルバムボードのディスプレイは、さざなみのような待機表示画面に切り替わっている。
「どうして小学生の頃の写真があまりないんですか?」
その何気ない質問に、ギクリとした僕ら三姉弟の肩がわずかに揺れる。そしてヤマダさんにどう説明しようか考え出した直後にシヅル姉さんのフォローが入った。
「あぁ、もちろんちゃんとあるぞ。このボードじゃなくて別なボードにな。だがそれは実家に置いてきてるんだ」
「あぁそうなんですね。残念だわ、小学生のイセジマくん、もっと見たかったです」
「フッ、熱心だなヤマダさん。だがタイセーを見たいのならまずは今そこにいる現実の弟をもっと見てやってくれよ」
「ぶっ!!」
またしてもコーヒー噴き出しそうになる。
「ヘ、ヘンなことを言わないでよ姉さん!! ヤマダさんが困ってるだろ!?」
あぁもうっ、小学校の頃の画像が少ない事をうまくごまかしてくれたのはいいけど、この人はどうしてこう余計な一言を付け加えるんだろう!? 小学生の僕がもっと見たかったって言ったのもただのお世辞なのに!
ヤマダさんは狼狽する僕をみてクスリと笑うと、ソファから立ち上がった。
「私そろそろ失礼します。お姉さん方、そしてタイセーくん、本当に今日はありがとうございました」
「ん? もう帰るのか? うちは別に構わないんだぞヤマダさん」
「ありがとうございます。でももう時間も遅いですし家族が心配しますから」
「あぁそうか、それもそうだな。すまなかったね、ここまで引き止めてしまって」
「いいえとんでもないです! すごく楽しかったですし、制服を乾かしてもらったり、下着をいただいたり、お風呂にまで入らせていただいて……。このご恩は忘れません」
ヤマダさんが深々とお辞儀をする。
「礼なんか要らないさ。タイセーの大切な女の子ならば、私たちにとっても可愛い妹と同じだ。なぁキサラ?」
「えぇそうよ。タイちゃんのことよろしくねヤマダさん」
「しかしタイセーの彼女ならヤマダさんと呼ぶのも少々他人行儀だな。私もキサラもこれからはナナセと呼ばせてもらおうか」
「そうね姉さん」
「えっ? あ、あの私……」
頬を染めて急に僕を見るヤマダさん。今回はそのS・O・Sに気付けたので、もう一度姉さん達の誤解を解きに動く。
「姉さんっ、さっきから言ってるけどヤマダさんと僕は…」
「おいタイセー。お前がヤマダさんと呼んでどうする。お前が一番にナナセと呼ぶべきだろう?」
「えぇぇっ!?」
「そうよタイちゃん。ナナセちゃんを名前で呼んであげなさいな」
「な、名前で呼べって言われたって……」
二人の姉から責められ、言いたい事がまた尻すぼみで終ってしまった。するとシヅル姉さんは顔を横に向け、今度はヤマダさんに尋ねる。
「なぁ、ナナセだってタイセーに名前で呼んでほしいだろ?」
「あ…、え、その……」
ここで「いいえ」とあっさり否定すると思ったヤマダさんはなぜか無言でもじもじとしている。
「ほら見ろタイセー。ナナセの気持ちも分かってやれ。まったく姉が二人もいるのに女心の機微に鈍い奴だ。恥を知れ、恥を」
そ、そんなこと言われたって……! っていうか、姉さんにだけは「恥を知れ」、なんて言われたくないよっ!!
「よし、じゃあ私が車でナナセの家まで送ってやろう。さっき住所も教えてもらったしな」
シヅル姉さんがテーブルの椅子から立ち上がる。
「い、いえ結構です! こんなにしていただいてこれ以上ご迷惑はかけられません!」
「遠慮するな。ナナセはもう私たちの妹みたいなものだと言ったろう? おとなしく甘えておけばいいんだよ」
うわーカッコイイなぁシヅル姉さん……。
これで極度のブラコンでなければ最高に素敵な女性なのに。神様を恨みたい。
「ナナセちゃん、また遊びに来てね。待ってるわ」
「ありがとうございます!」
優しいなぁキサラ姉さんも……。こっちも極度のブラコンでなければ……、以下略。
最後にヤマダさんは僕の前に来る。
「イセジマくんも今日は本当にありがとう。あなたがいなかったら私あの後どうなっていたか……」
「ううん、どういたしまして。また明日学校でね」
「何を言ってるんだタイセー? お前も一緒に来るんだよ」
「ぼ、僕も!?」
「当たり前だろう。お前の彼女だぞ? お前も一緒に最後まで送ってやらないでどうする」
「だ、だからヤマダさんは…」
「ナナセだ!」
「う……」
ピシャリと叱られ、またしても誤解を解くことが出来なかった。
「じゃあキサラ、すぐに戻ってくるから留守番を頼むぞ」
「えぇ分かったわ。行ってらっしゃい」
キサラ姉さんに見送られ、僕ら三人はマンションの地下にある駐車場に向かう。
車の前にまで来ると、シヅル姉さんは僕に向かって後部座席を指さした。
「タイセー、お前は後ろに乗れ」
「うん」
おとなしく後部座席に座る。
ヤマダさんを助手席に座らせるんだろうなと思ったら、シヅル姉さんはヤマダさんにも同じ事を言った。
「ナナセも後ろだ」
「はい」
反対側のドアからヤマダさんが乗り込んでくる。
僕らが後部座席に腰を下ろすと、シヅル姉さんは運転席から身をひねり、笑いながら後部座席を覗き込んできた。
「お互い少しでも側にいたいだろ?」
「!!」
顔を見合わせた僕らは返す言葉も無くお互いにただ赤面する。
「二人ともシートベルトはちゃんとつけてくれよ?」
最後にそう指示を出すと、姉さんは車を発進させた。
ヤマダさんを乗せているせいか、今日のシヅル姉さんの運転はいつもより慎重だ。運転に集中したいのか、車に乗ってからのシヅル姉さんはほとんど喋らなかった。
静まり返る車内。
だけどヤマダさん、どうして僕の写真をコピメったり、さっきのシヅル姉さんの言葉を否定したりしなかったんだろう……。
そっと左横を見ると、車内を横に流れ続ける外灯の光がヤマダさんの横顔を何度も照らしていた。しかしこっそり視線を送り始めて何度目かに、ヤマダさんに気付かれてしまう。
僕が横顔を眺めていたことに気付いたヤマダさんは、少しだけはにかんだ表情でまた視線を前に戻した。
よ、よかった……、怪訝な顔をされたらどうしようかと思ったよ。
安堵した瞬間、膝の上に置いていた左手が温かくなる。
ん? と思い下を見ると、ヤマダさんが僕の手を握っていた。あまりにビックリしたので「ゎぁっ?」という叫び声が喉元まで出かける。
「何か言ったかタイセー?」
前方を見たままでシヅル姉さんが尋ねてきたので慌てて「な、なにも言ってないけど?」と答えた。
「そうか。私の気のせいか」
そう呟くとまた姉さんは運転に集中する。しかし僕は未だ動揺中だ。だってまだ僕の手はヤマダさんに握られたままだから。
うちのお風呂でよくあったまったせいか、ヤマダさんの手はポカポカしていてとても温かい。でも僕の手はどちらかというと冷たいので、せっかく温まった彼女の体温を奪っちゃいけないと思い、ヤマダさんの手を外そうと左手をずらしかける。するとその途端に予想以上の力でさらに強く握られた。
エ!? エ!? な、なんでそんなに強く僕の手を握るの!?
心臓のバクバク度合が尋常じゃないぐらいのレベルにまで急上昇してきている。ドキドキしながら再びヤマダさんの方を見ると、ヤマダさんも僕の顔を見た。
そして。
そっとヤマダさんの唇が動く。
その唇の動きを見た瞬間、理性が一気に砕けていくのを感じた。
横にいる僕にだけ分かるよう、声を発しないで伝えてきたヤマダさんの言葉はたった一言。
「 好き 」
それだけだった。