分かっていたことだけど、女の人って本当に強かな生き物ですよね
いや、今は姉さんたちとこんな不毛なバトルをしている場合じゃない!
濡れたままで僕の部屋にほったらかしにしているヤマダさんが気になるよ。僕のせいで風邪でも引かせちゃったら大変だ。
「あのさキサラ姉さん。姉さんの服を貸して欲しいんだ」
「私の服を?」
キサラ姉さんが目をパチクリとさせる。
「ほう、とうとう女装の世界に目覚めたかタイセー。趣味が多いのはいい事だ。それに男の娘になったお前も見てみたいぞ私は」
「そうねっ、タイちゃんなら中性的な顔立ちだしきっと似合うわ! じゃあ姉さんがメイクを手伝ってあげる!」
「するかそんなこと!」
あぁもうなんでいちいち突っ込まなくちゃいけないんだ! 話が全然進まないよ!
「じゃあ姉さんの服をどうするつもりなの、タイちゃん?」
「今、僕の部屋にクラスの女の子を一人連れてきているんだ。傘がなくて服が濡れちゃっているからさ、姉さんの服を着て帰ってもらおうと思って。だから何か適当な服を貸してよ」
「何ッ!?」
「なんですって……!?」
ヤマダさんのことを話した途端、二人の姉の様子が変わった。
「お前がクラスの女子を部屋に連れ込んでるだと……!?」
シヅル姉さんの口中でバキリという音がする。姉さんが棒付きキャンディを丸のまま豪快に噛み砕いた音だ。
「タ、タイちゃんに彼女……!? ウ、ウソよ! そんなのウソよ!!」
青ざめた顔でよろけるように天蓋ベッドにもたれかかるキサラ姉さん。
「ど、どうしたんだよ、シヅル姉さんもキサラ姉さんも!?」
「いいかタイセー、私はすでに決めている」
砕けたキャンディの残骸を飲み込んだ後、シヅル姉さんはキャンディがついていた白い柄をすごい勢いで僕に向かって指した。
「お前の童貞を最初にいただくのはこの私だ! 彼女などという存在を私は認めんぞ!」
「そうよ! それでほんの少しだけ大人になったタイちゃんに、次は私が処女を捧げるのよっ!」
「だから落ち着けよヘンタイどもっ!!」
ああああ!! もう本当に勘弁してくれよ!! どこかにこの姉たちの歪んだ思考を矯正してくれる人はいないのだろうか!?
「よしキサラ、タイセーの部屋にいるその敵を確認に行くぞ。ついてこい」
「えぇ行きましょうシヅル姉さん!」
「わわわ!! 待ってよ姉さんたち! ウチの恥さらしになるような真似は止めてくれ!」
「フッ、安心しろタイセー。その女子の前で私たちがお前を好きなことは言わないさ。私もキサラも、お前に欲情していることは公の場では秘密にしている。世間的にあまりウケがよくないのは分かっているのでな」
「分かっているなら改心しろよ!!」
あぁもう! 学校から帰ってきたばかりだってのになんでいつもこうなるの!? でも頭を抱える前に姉さんたちを止めなくっちゃ! こんな変態コンビを純情なヤマダさんに遭遇させるわけにはいかないよ!
「行っちゃダメだよ姉さんっ!」
先に廊下に出ていたシヅル姉さんの細い腰に抱きつく。しかし、なぜか姉さんは僕がしがみつく前からその歩みをすでに止めていた。
「…………あのムスメか?」
「へ!?」
シヅル姉さんの腰の後ろから顔を出すと、僕の部屋を出てきていたヤマダさんが廊下の先に呆然と立っている。
「あぁっヤマダさん!?」
うわああああ!!
もしかして今までの僕ら姉弟のアブノーマルな会話、全部聞いちゃったの!?
「イ、イセジマくん……、わ、私、あの、別に、そういうつもりで出てきたんじゃなくって……」
おどおどと僕から視線をそらすヤマダさんに、嫌な汗が吹き出てくるのを止められない。あの様子じゃ絶対に聞かれたと思って間違いないぞ。ど、どうしよう!?
「プッ、アハハハハハハハ!!」
急にシヅル姉さんが大笑いを始めた。
だ、大丈夫姉さん!? 自分とキサラ姉さんの恥部を他人に知られておかしくなっちゃった!?
「なぁキサラ! これは爆笑だな!」
「えぇそうね、姉さん。私もとってもおかしいわ」
よく見るとキサラ姉さんもくすくす笑っている。あぁついにどちらの姉も壊れたか……。
「タイセーのクラスメイトだそうだな。どうも初めまして。タイセーの一番上の姉でシヅル・イセジマだ。よろしく」
シヅル姉さんは廊下で立ち尽くしているヤマダさんに近づく。
すると、素っ裸でコートの前を大胆に広げる変質者が近づいてきたかのようにビクッと身を竦ませ、大きく後ずさりするヤマダさん。
ほら見ろ! 思いっきりドン引きしてるじゃないか!! これ、一体どう収拾をつけるつもりなんだよ姉さんたち!?
しかし慌てる僕とは違い、シヅル姉さんは毛ほどの動揺も見せずにさらにヤマダさんに近づいた。これだけ露骨に引かれてるのにスゴすぎる。我が姉ながらどれだけの鋼鉄の心臓を持っているのだろうか。
「ハハッ、しかしこんなにうまくいくとは思わなかったな」
シヅル姉さんは満面の笑みで硬直するヤマダさんの肩にポンと手を置く。
「お嬢さんがそこの廊下に出てきていたのはとっくに知っていたよ。キサラほどではないが、私も感知能力にはいささか自信があるのでな」
シヅル姉さんのその言葉の意味がまだよく飲み込めないヤマダさんは、「えっ?」と呟き目を見開く。
「いや、うちのタイセーは昔から奥手でさ、家に女の子を連れてきたことなんか今まで一度も無かったんだ。だからいつかタイセーが初めて女の子を連れてきたら、その時は今の小芝居を打ってその女の子をからかってみようってキサラと決めていたんだ。なぁキサラ?」
「えぇ、シヅル姉さんの言う通りよ」
とヤマダさんに向かって微笑む二番目の姉。
「タイちゃんのことはもちろん大好きだけど、それはあくまで弟としてよ。いくら食べちゃいたいくらいカワイイとはいえ、血が繋がっている弟にそんな感情持つわけ無いでしょ?」
「そ、そうだったんですか……」
冗談だと理解したヤマダさんがホッとした表情を見せている。
「でも姉さん、私たちちょっとやり過ぎちゃったみたいね」
「あぁ、少々調子に乗りすぎたようだ。からかって済まなかったな。だが迫真の演技だったろう?」
「は、はい。私、お姉さんたちが本当にイセジマくんのことを好きなのかと思ってビックリしてたんです……」
「フッ、私は高校、大学と演劇部に所属していてな。人を騙す演技をするのはお手の物なのだよ。ところでお名前を伺ってもいいかな?」
「あっ! ご、ご挨拶が遅れてスミマセン! 私、ナナセ・ヤマダと言います! イセジマくんと同じクラスです! お姉さん方、初めましてっ!」
直立不動で挨拶をした後、ヤマダさんがペコリと頭を下げる。
「ふふっ、とても真面目そうな子ね。私はキサラ・イセジマよ。タイちゃんの二番目の姉。よろしくね」
キサラ姉さんがゆったりと微笑む。
「この子、タイちゃんにはピッタリの女の子だわ。そう思わない? シヅル姉さん」
「あぁ、ヤマダさんにならタイセーを安心して任せられそうだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕とヤマダさんはそういう関係じゃ…」
「照れるなタイセー。お前の気持ちは姉である私たちが誰よりもよく分かっている」
「そうよタイちゃん。ねぇシヅル姉さん、この子ってタイちゃんの一番好きなタイプよね? 眼鏡をかけて優しくておとなしそうで」
「あぁ。この私とは似ても似つかない女がタイセーのどストライクだからな。そうだろう、タイセー?」
「ぐっ」
確かにそれは100%当たってますシヅル姉さん……!
だ、だけどそれを今ここで、ヤマダさんの前で言わないで下さい! 僕、もうさっきからヤマダさんの顔をまともに見られなくなってきてるんですけど!?
「……それにしてもなかなかに挑発的な格好だなヤマダさん」
シヅル姉さんが目の前のヤマダさんを改めて上から下まで眺め、上半身を指さす。
「さっきからうちの弟の視線が宙を泳いで大変だぞ?」
「エ? あっ! や、やだ私ったら!」
手にしていたハンドタオルで自分の胸元を慌てて隠すヤマダさん。
でも正直なところ、今さらって感じなんですが。だってなんだかんだでさっきから君の透けた水色ブラ、結構見ちゃってます、僕。
「ねぇヤマダさん」
ここでキサラ姉さんが最高の笑顔を見せる。
「良かったらうちでお風呂に入っていったら? お湯も張ってあるし、入れば身体もあったまるわよ? タオルで身体を拭いただけじゃ風邪を引いちゃうわ」
エエーッ!? なっ、何言い出してんだよキサラ姉さん!? 慌てて止めようとしたけど、それにシヅル姉さんも同調してしまった。
「そうだな、ヤマダさんが風呂に入っている間にその制服は乾燥機で乾かしてあげよう。そうすればそれを着て帰れるしな。だがせめて下着は新しい物を穿かせて帰してやりたいな……。キサラ、お前新品の下着を持ってるか?」
「えぇあるわ姉さん」
「じゃあそれをヤマダさんに上げなさい。私も新品は持っているが確か全部Tバックだったしな……。どうだろうヤマダさん、Tバックでも良ければ私の新品を差し上げるが?」
「ゲホッ!! ゴホゴホッ!!」
「あらいやだ、タイちゃんの方が風邪引いちゃったのかしら」
シヅル姉さんのぶっとび発言に驚いて咳き込んでしまった僕を、キサラ姉さんが心配する。一方のヤマダさんはといえば、真っ赤な顔でぶんぶんと首を横に振りまくり、シヅル姉さんの新品Tバックを必死に辞退していた。
「ふむ、やはりTバックは好みではないか。あの絶妙な食い込みが緩みがちになる気持ちを引き締めてくれるのだがな……。本当にいいのか、ヤマダさん? 無地にチェックに豹柄までバリエーションも豊富だぞ」
「い、い、い、いえっ!! けけけけっこうですっ!!」
あぁもうダメだ……。
このヘンタイ的な空気に翻弄される純情なヤマダさんを見ていられない。両手で深く顔を覆ってこの異様な現実から目を背けたいくらいだ。ごめんねヤマダさん、こんな長姉で……。
「ねぇタイちゃん見て! タイちゃんはどっちの方がいーい?」
「何が?」
咳が落ち着いてきたので顔を上げると、キサラ姉さんが新品の二枚の下着を右手と左手にそれぞれ持って、僕に向かってフリフリと旗のように振っている。
「ぶはっっ! ゲホゴホゲホホホホッ!!」
さっきよりも豪快に咳き込む。
そのあまりの咳き込みように、「だ、だいじょうぶ? イセジマくん」と渦中のヤマダさんまでが心配をしてくれた。
ゴホゴホと咳き込む僕の背中をヤマダさんがそっとさすってくれる。
もう本当にごめんねヤマダさん、こんな姉たちで……。
「早く決めてタイちゃん! どっちをヤマダさんに上げればいーい?」
「ごほっ……、なっなんで僕に聞くんだよ! 聞くならヤマダさんにだろ!?」
「だって彼女の下着を決められるチャンスなのよ? 滅多にないシチュエーションだと姉さんは思うんだけど?」
「そうだぞタイセー。ヘタレなお前ではヤマダさんに穿いてほしい下着のリクエストなどできんだろう。キサラの弟愛に感謝するんだな」
「できるかそんなの!!」
もういやだ、本当にいやだよ、この姉たち……。
「じゃあ姉さんが決めてあげるわね。タイちゃんならおそらくこっちの方が好みね。はいっ、どうぞヤマダさん! タイちゃん好みの下着、遠慮なく使ってね」
勝手に僕の好みを決め付け、キサラ姉さんが純白のレース付き下着をヤマダさんに手渡した。ヤマダさんは「あ、ありがとうございます」と言うと赤い顔でそれを受け取り、チラチラと僕を何度も見る。その視線は、「イセジマくんってこういう下着が大好きなんだ……」って言いたげな視線だった。
ハハ、もう完全に終わったよ……。
二人の姉から様々な冤罪をかぶせられているけど、今の僕に反論する場は一切用意されていない。
「じゃあキサラ、ヤマダさんをバスルームに案内してあげなさい。私は温かいコーヒーを淹れる準備をしておこう」
「分かったわ姉さん。さぁいらっしゃいヤマダさん」
「は、はいっ」
僕をこの場に残し、女三人が部屋を出て行く。
しかしその直前、列の最後尾にいたシヅル姉さんが室内を振り返り、僕を見て意味深にニヤリと笑いかけてから出て行った。
……シヅル姉さん、今の姉さんの目を見れば何が言いたいのか分かったよ。
言葉にはしなかったけど、恐らくシヅル姉さんは、「どうだタイセー? うまくごまかせただろう?」と伝えたかったに違いない。
ヤマダさんはさっきの一幕が姉さんたちのジョークだと思ったみたいだけど、実はシヅル姉さんはキサラ姉さんと違って感知能力はあまり高くないし、高校、大学と演劇部になんか一切所属していない。
……つまり騙す演技をしていたのは最初のアブノーマルな一幕ではなく、ヤマダさんが現れてからの一幕ってことだ。
しかしうまいことやったよな、シヅル姉さんもキサラ姉さんも……。呆れるくらい感心するよ。
今日は姉たちの強かさを再認識したけど、もちろんこの事実をヤマダさんに暴露するつもりはない。この真実はすべて闇の中にしておくべきことだから。
いつまでもキサラ姉さんの部屋にいてもしょうがないし、僕もリビングに行こう。
ヤマダさんがお風呂から上がるまでに色々と心構えもしたいし、たぶん姉さんたちとの打ち合わせも必要だ。ヤマダさんがこの家から無事に帰るまでの間、イセジマ三姉弟で偽りの第二幕を上演しなければならない羽目になってしまったようだから。
ハァ、僕にうまく演技が出来るんだろうか……。