僕にはドキドキする娘としない娘がいるみたいです
雨の中、クルミ・カシムラと相合傘をしていて気付いたことが一つある。
それは、【 本日この時をもって、僕はこの女の子に骨抜きにされそうな予感がする 】ということだ。
「それでですね、タイセーくん! ここからがスゴいんですよぉ! その時クルミが選んだお菓子クジ、なんと20回連続で当たりが出たんですぅ~! お店の人もビックリして口をパクパクさせてました! スゴいと思いませんかぁ~!?」
ぷにぷにしたまぁるいほっぺをサクラ色に染め、そう報告するカシムラさんはとっても誇らしげだ。
先日お菓子の当たりを立て続けに引いたその武勇伝を嬉しそうに話すこの女の子が今はとにかく可愛くてしょうがない。この娘って当たりを見分ける能力に特化しているんだな。
「どうですかタイセーくん! クルミ、スゴいでしょ!?」
「う、うん、スゴイね。なかなか出来ない事だと思うよ?」
「えへへ、タイセーくんに褒められちゃいましたぁ~!」
カ、カワイイ……!
カシムラさんの笑顔に胸がきゅうんとする。マズい、本気でやられそうだ。
ただ、カシムラさんの場合は恋愛対象としてではなく、なんていうか、小動物的な可愛さに心が持っていかれる感じに近い。
僕は末っ子だから、弟や妹がいる生活に元々憧れていた部分もあるんだろうけど、兄が妹に抱く保護欲みたいなものがどんどんと身体の中から溢れ出てくるのを感じる。
あーあ、カシムラさんみたいな妹がいたら良かったのになぁ。もしこんな妹がいたら、僕は絶対に猫かわいがりすること間違いない。お父さんとお母さん、今からでも頑張ってくれないかなぁ。
「あのですね、ではそろそろ本題に入ろうと思いまぁす!」
「ん? 本題って?」
「実はクルミ、タイセーくんにお話があったんですぅ!」
それを聞いて思わず足が止まる。カシムラさんは傘が必要だったから僕と一緒に帰ってるんじゃなかったの?
「今朝、カリンさんはタイセーくんのことが好きって言ってたでしょ? だけどタイセーくんはどうなんですかぁ?」
僕を真下から見上げ、舌ったらずな口調で尋ねてくるカシムラさん。そしてその質問に動揺しまくる僕。
「なっなんでいきなりそんなこと聞くの!?」
「だってもしタイセーくんもカリンさんが好きなら二人は両想いってことになるでしょ? それならクルミの入るスペースが無いからですよぉ!」
……え!?
えーとカシムラさん? い、今の君の台詞って、もうほとんど告白…ではないでしょうか……!?
さっきCALLroomで聞かされたイブキ先生のおかしな予言、「カシムラさんもその輪に加わることになるわ」を思い出し、挙動不審が止まらない。
も、もしかして僕の人生で初のモテ期ってヤツが到来しているのかな……?
「ねーねー、タイセーくんはクルミのこと、どう思いますかぁ?」
「ど、どうって?」
「クルミのこと、すき~?」
「……!」
くぅっ……!
相合傘の共有スペースの中でつぶらな瞳で僕を見上げるカシムラさんに、またしても胸の中心がきゅううんとする。なんて破壊力なんだ!
で、でもカシムラさんには悪いけど、この胸の高鳴りはあくまでも妹みたいなカワイさにやられているだけで、やっぱりこの娘を恋愛対象としては見られそうにないなぁ。
「す、好きっていうか、とっても可愛いなぁとは思うよ?」
ちっちゃいとはいえ、カシムラさんも女の子。その気持ちを傷つけちゃいけないと思うので遠まわしにそう答えると、
「カワイイだけじゃダメですよぉ! それじゃランコちゃんに勝てないもん!!」
急にカシムラさんがぷーっとふくれる。
何それ? 何が言いたいの?
「それってどういう意味、かな……?」
今の言葉の意味が分からなくて傘を傾けたまま中腰で目線を下げると、僕のすぐ目の前でカシムラさんがさらに頬を膨らませた。
「クルミはランコちゃんみたいになりたいんです!! ランコちゃんみたいにおっぱいもお尻もボーンて出ててっ、ウエストはキュッって細くてっ、脚もスラッとした女の子になりたいのっ!!」
「は、はぁ……」
「でも今すぐは無理だからっ、せめてランコちゃんの好きな男の子をクルミが先にGETして、ランコちゃんに勝ちたいんですぅ!!」
── えーと、なんだろうな、この妙なデジャヴ感は。
この展開って、カリンを気に入らないマツリが、カリンを出し抜きたくて僕に付き合えって強要してきたのと傾向は一緒のような気がするよ。それに今の話だとやっぱり……
「カシムラさん、そ、その……、じゃあコダチさんってさ、僕のことが好きってこと……?」
「はい! そーですっ! さっき救護室でタイセーくんを絶対に落とすって言ってましたぁ! タイセーくんが自分にメロメロにならないのがランコちゃん的にはどーしても許せないんだそーです!」
と元気に教えてくれるカシムラさん。どうやら僕はコダチさんの天より高いプライドを本格的に傷つけてしまったみたいだ。
「それでランコちゃん、カリンさんに宣戦布告してましたよぉ? “ どっちが先にタイセーと最後までヤれるか勝負よっ! ” って! その勝負に勝ったほうがタイセーくんの彼女だって言ってましたぁ!」
「……ハ、ハハ……」
相変わらずのコダチさんに思わず乾いた笑いが浮かぶ。
どうしてあの娘は話を全部そっち系に持っていこうとするんだろうか。だけどこれからはコダチさんと二人っきりにならないように気をつけなくっちゃ。マツリに身体の上に馬乗りされた時も結構焦ったけど、コダチさんならもっとガチですごい迫り方をしてきそうで怖い。
「タイセーくん、手を出してくださぁい!」
ツインテールを揺らしてのそのいきなりのお願いに、
「えっ無理だよ」
と即座に答える。だって僕の右手は傘、左手は鞄でどっちも塞がっているから、そのリクエストには応えてあげられない。
「それじゃあクルミと手を繋げないじゃないですかぁ! そこを何とかしてくださぁい! ほら早くぅ~!」
カシムラさんが片手を差し出してくる。そうか、僕と手を繋ぎたいのか……。
断ると傷つけちゃいそうなので、鞄を持っている左手で何とか傘の柄も持ち、空いた右手を差し出すとちっちゃな手が手のひらをきゅっと握りしめてくる。
「どうですかタイセーくん、クルミと手を繋いでドキドキしますか~?」
僕がときめいているかどうかを確認しにくるカシムラさん。
「あっ間違えた! こうじゃなかったですぅ!」
なぜかカシムラさんは急に慌てると、手の握り方を変えてくる。今度は手のひらを合わせて指と指を思い切り絡める握り方だ。
「こうやって握ると男の人ってドキドキするんですよねっ?」
いや、相手がカシムラさんだから全然ドキドキしません。
僕の半分以下の手の小ささに、本当に幼稚園児と手を繋いでいるみたいな気持ちになる。
「ううん、あまりしないけど……」
今回は正直に感想を言ってみると、カシムラさんが不思議そうに小首を傾げる。
「おかしいなぁ……。確かこの握り方だって言ってたはずなのにぃ」
「……それ、もしかしてコダチさんに聞いたとか?」
「はい! ランコちゃんはクルミの最終目標だから、ランコちゃんみたいになれるようにいつもいっぱい色んなことを教えてもらってるんです!」
うわっ、嫌な予感がしたので胸に浮かんだ疑問をぶつけてみたらピッタリと当たったよ! コダチさんはいつもこの娘に何を吹き込んでいるんだ!?
「明日またランコちゃんに違う迫り方を聞いてみようっと! とりあえず今日はこれでいいでーす!」
僕としっかり指を絡め、カシムラさんがご機嫌で歩き出す。……ま、いっか。今は擬似妹の気分を味合わせてくれてるんだし。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後僕はかなり不自然な体勢で傘を差し続け、カシムラさんと手を繋ぎながら雨の中を歩いた。無理に身体を斜めに傾げているので腰が痛い。
雨脚はますます強くなってきている。ようやくメトロの入り口に着いたので繋いでいた手を離し、折り畳み傘を閉じた。
「カシムラさん、メトロに乗るんだよね?」
傘を軽く左右に振って水気を飛ばしながら尋ねると、カシムラさんが元気よく頷く。
「はい! タイセーくんは乗らないんですか~?」
「うん。だからこれ持っていって」
折り畳み傘を渡そうとするとカシムラさんが慌てて首を振る。
「でもそれじゃタイセーくんがこれから濡れちゃいますよぉ!」
「大丈夫だよ。僕の家、ここからすぐだから。走って帰れば大して濡れないよ」
「本当ですかぁ!? ありがとうですタイセーくん! 傘、明日返しますね~!」
「うん。帰り道足元に気をつけてね」
「はぁ~い! また明日ですタイセーくん!」
「うん、また明日」
メトロ乗り場に向かうカシムラさんに手を振る。
やがてそのちっちゃな後ろ姿がコンコースの奥に消えてしまうと、少し寂しくなった。さぁ、これから走って帰らなくっちゃ。
でもその前にすぐ近くに本屋があったのでまずはそこへ駆け込み、マンガの新刊チェックなどをしてみながらこの雨脚が弱まるか少し待ってみることにした。ここから家が近いとはいえ、できればあまり濡れたくない。
小走りで本屋の中に入ると僕と同じように天候の様子見で入店してきている人が多いのか、いつもより店の中は混んでいる。
雑誌を手に取り、それに視線を落とす前に店内のガラス窓から外を見てみると、今日は雨の中でも傘を差さないで悠々と歩いている人は今のところ見当たらない。なんとなくホッとする。
なぜそんなことでホッとするのか。それには落ちこぼれなりの理由がある。
『 雨の日に傘を差さないで外を自信満々に歩く人 』
というシーンにぶち当たる事がたまにあるけど、あれは自分の頭上に傘代わりの円蓋をPSI能力で発動して、雨に濡れないようにしている人達だ。
この能力を使う場合、外を歩いている間中ずっとその力を発動していなければならないから、それが出来るという事は、
“ 自分は平均レベル以上のPSI能力があるんですよ ”
という証でもある。だから雨の中、手ぶらで傘を差さないでゆったりと歩いている人は、どの人もどことなく優越感を持った表情で歩いているのが特徴だ。
究極の落ちこぼれで、しかも卑怯な自分の情けなさにMAXで凹んでいる今の僕では、正直そんな光景を見ることすら辛かったので、今日は視界にそんな優れた方々が入ってこないことに心から安堵する。本当に良かった。
そんな穏やかな気持ちで窓側に設置された雑誌のコーナーで週刊誌をパラ読みしていると、隣にいた人達が不意に声を上げる。
「おい、見てみろよあの子! モロ透けてんじゃん!」
「うぉっホントだ! ヤベー! 写メ撮っとくか!?」
……なんだろう? 透けてるって何が?
雑誌から視線を外し、僕もその方向に目をやる。そして向かいの交差点からこっちに向かって必死に走ってくる一人の女の子を見てビックリした。
「ヤ、ヤマダさんっ!?」
あれは僕らのクラスの委員長で、体育の時間に僕とカリンを心配してこっそり探しに来てくれたヤマダさんだ!!
ヤマダさんはなぜか制服のジャケットを着ておらず、スクールバッグを頭の上にかざし、白いYシャツにプリーツスカートの格好で走っている。そんなヤマダさんにも分け隔てせずに雨は容赦なく降り注いでいるから、濡れたYシャツが完全に透け、水色のブラジャーが僕らにも思いっきり確認できている状態になっていた。
「水色だぜ水色! しかも結構乳でかくね?」
「お前、記憶転写できるか!?」
「俺!? 無理無理! ぼやけて使えたもんじゃねーよ! お前できるなら後で画像くれ!」
「俺も出来ねーよ! じゃあやっぱ写メしかねーな! あのお宝映像撮っとこうぜ!」
「おうそうだな!」
た、大変だ!! ヤマダさんのあられもない姿が知らない奴の手元に永久保存されちゃうよ!!
雑誌を戻して店の外に走り出ると、この本屋に駆け込もうとしていたヤマダさんがビックリした顔で足を止めた。
「イセジマくん!?」
「いいからこれ羽織って!!」
急いで着ていたジャケットを脱ぎ、ヤマダさんに身体にかける。そして彼女の肩を抱いてこの本屋の前から離れた。
「ど、どこに行くのイセジマくん!?」
「ここはダメだよ! 撮られちゃうから!」
「エ?」
「いいからついて来て!」
濡れ鼠のヤマダさんを引っ張るように本屋の前から離れ、近くの歩道橋の下に誘導するとさっきの店内での様子を伝える。
今の自分の格好が撮られそうだったと知ったヤマダさんは真っ赤な顔になった。
「そ、そうだったの……。それでイセジマくんが飛び出てきてくれたのね」
ヤマダさんの唇から、ありがとう、という言葉が漏れる。
「それよりヤマダさん、どうしてあんな格好で外を走ってたの? 傘は? ジャケットは?」
「そ、それが放課後に図書室の整理をしている時に脱いで、うっかりそのまま忘れてきちゃって……」
もじもじと自分のミスを恥ずかしそうに語るヤマダさん。ちなみに今日は雨が降ると思っていなくて傘は持ってきていなかったらしい。
「それで今メトロに乗ろうとしたら定期やお財布も図書室に忘れてきたことに気付いて、とりあえず本屋さんに避難しようと思ったの」
定期や財布も忘れてきたの!? ドジっ娘すぎるだろ!
うーん、でもどうしたらいいだろう。ジャケットやメトロに乗るお金はこのまま貸せるけど、こんなにずぶ濡れになっちゃってるし、メトロを降りたらきっとまた濡れちゃうよなぁ……。
「ヤマダさん、僕の家に来る?」
そう誘うと、ヤマダさんはさっきよりも真っ赤な顔になった。
「えぇっ!? イ、イセジマくんのお家に!?」
「うん、ここからすぐだから。タオルや傘とか貸してあげられるし、その格好で帰すの心配だよ」
するとヤマダさんはまたもじもじしながら僕から視線を逸らす。
「……イ、イセジマくんって本当に優しいのね……」
「そ、そんなことないよ」
やっぱり僕は褒められることに慣れてない。とにかく気恥ずかしいので急いでヤマダさんの手から彼女のスクールバッグを取った。
「これ僕が持つよ。僕の家、あと少しだから走るよ?」
「はっはいっ」
「じゃ行こう」
左手にバッグを二つ持ち、右手でヤマダさんの手をつかむと、しとしとと雨が降りしきる中を僕らは一緒に走り出した。
……うわっ、僕の胸、ドキドキしてきてる……!
さっきカシムラさんが行ったコダチさん直伝の繋ぎ方じゃないのに、こうしてただ手を繋いでいるだけでこれだけ心臓がときめいてきている。
ということは、僕はこの娘を恋愛対象として見ているってことだよな……。なにせフルリアナスに入学してすぐに気になった女の子だし。
「どうしたのイセジマくん?」
「い、いやなんでもないよ」
走りながらチラリとヤマダさんの横顔に視線を送ったのがバレて、慌ててまた前を向く。
ヤマダさんはコシミズさんみたいに感応力が高いって噂は聞いたことがないし、こうして手を繋いでいても僕の今の気持ちを読み取られることはないだろう。その点は安心してよさそうだ。
あとの残された心配といえば、これからヤマダさんを家に連れて行くわけだけど、姉さんたちが帰ってきていないことを祈るばかりだ。
いや、一人は引きこもりみたいなものだからあっちの姉さんはたぶん家にいるとして、もう一人の姉さんはどうか帰ってきていませんように……! あの人がいると話がややこしくなりそうだ。
途切れることなく頬に当たってくる雨粒が冷たい。
繋いでいる手が外れないよう、あまり力の入らない右手の神経に必死に力を入れ、ハァハァと一生懸命走ってくれるヤマダさんに「あともう少しだから頑張って」と声をかける。
早く家に連れて行ってあったかいものでも飲ませてあげなくっちゃ。