告白
「……君、本当にカリンなの?」
幼い頃とだいぶ感じが違っているため、僕は念のためにそう問い返した。
「それ、本気で言ってるの? 冷たいわね、タイセー」
カリンの声が一気に硬くなり、テンマさんだけに向けられていた厳しい視線がついに僕にも向けられる。予知能力が発動したわけではないけど、体内でなぜか危険警報が鳴った。
「タイセー……、久しぶりの再会とはいえ、私はあなたの記憶からあっさり消えてしまうくらいの儚い存在だったとでも言うつもりなの?」
「そそっそういうわけじゃないけどっ!」
ヤバい! 彼女の目ヂカラ、ハンパじゃないですっ! カリンの眼光のあまりの鋭さに萎縮したため、口調までどもりがちになる。
「じゃあどういうわけなの? 分かるように説明してくれるかしら?」
カリンは細い腰に手を当て少し胸を反らすと、眉を片側だけキッと吊り上げる。
な、なんですか!? この上品なモードだけど、でもしっかりと詰問されてる感じは!?
「かかっ、かっ、感じがだいぶ変わっているからっ!」
「感じがだいぶ変わってる? それはいい意味で? それとも悪い意味かしら?」
尋問が終らないぃーっ!!
出会って三分、僕らの間に強者と弱者の関係がいきなり成立した。きっと今の僕なんてコブラに一飲みされる寸前の小鳥の卵みたいな立ち位置だろう。
「そ、それはその、ななっ、なんていうかその、いいとか悪いとかじゃなくて、ぜっ、全然違う意味でっ!」
「全然違う意味? あなたの言っていることがよく分からないわ。一体どういう意味なの? ぜひ聞きたいわ」
「どっ、どういう意味って言われても……」
── 現在の僕の心境、ヘビに睨まれたカエル。思わずナメクジの登場を天に祈ってしまった。
「ちょっと待ちなっ!」
そんな僕の不純な祈りが、恐らく神界に曲がりくねって届いてしまったのだろう。天より遣わされたナメクジ役として、僕とカリンの間に怒り心頭のテンマさんが「このあたしを差し置いて勝手に盛り上がってんじゃねーよ!」と割り込んでくる。
あぁ、でもこれじゃ三すくみにならない。下手をすれば三つ巴じゃないですか神様。
「いいか転入生!」
テンマさんは足音荒く教室の床を踏み鳴らしてカリンの正面に立ちふさがると、人差し指を突きつけて毒づいた。
「あたしはこのエロ男をいたぶるのが楽しいんだ! あんたもこのクラスで平穏に過ごしたかったらあたしに逆うなっ!」
「あら、タイセーがエロ男ですって?」
カリンは少しだけ眉根を寄せ、考え込むような表情で口元に手を当てる。
「……そうね、当たらずとも遠からずの部分は確かにあるかも。それは否定できないわ。でもだからといって、タイセーに乱暴するのは私が許さない。よく覚えておくことね」
「よく覚えておけだって!?」
カリンの尊大な口調に刺激されたテンマさんの目がまた光る。
「あたしに立てつくバカはこのエロ男だけかと思ってたけど、ここにもいたとはな! さっきは油断してやられたけど、今度はそうはいかない!」
……この感じは……?
肌の表面が粟立つようなこの感覚。
感知能力も無いはずなのに、なぜかこの時は皮膚の表面が教室内に漂うオーラの逆流を読み取った。
「カリンっ! 危ない!!」
条件反射で思わず叫ぶ。しかしカリンの身体に何も変化は起きなかった。
「あなた、念動力が得意なのね」
カリンは少しだけ口元に笑みを浮かべると冷静な声でそう告げる。
「でもある程度のレベルで出せるのはまだそれだけみたいね。じゃあ私には勝てないわ。……そうね、例えばこれを防げるかしら? ほら」
「わあああぁぁっ!?」
再びテンマさんが後方に吹っ飛んだ。しかし壁に大激突する直前でその勢いはガクッと落ちる。恐らくカリンが何かしらの手心を加えたのだろう。
「いいこと? 今後タイセーに手を出すことは許さないわ。もし手を出したら次は本気であなたを潰すわよ。覚えておきなさい」
先ほどは言葉だけの威圧感だったが、今は全身からそのオーラが発せられている。
それまでざわざわとしていた教室内の空気はあっという間に静まり、内から滲み出るカリンの迫力と力の差を見せ付けられたテンマさんを始め、クラスの女子全員が沈黙した。
しかしその数秒後。
「あのぅ~、なんだかぁ、タイセー君をかばう今のあなたにぃ、すっごーく鬼気迫るものを感じたんですけどぉ~、その理由はぁ、タイセー君と幼馴染だから……、なんですかぁ?」
明らかにこの場の空気を読めていなさそうな女の子がカリンに向かって呑気な質問をする。
確かこの子の名はクルミ・カシムラ。
ツインテールの髪型に、甘えた子どものような喋り方がかなり特徴的だったので割りとすぐに名前を覚えた子だ。
「私がタイセーを庇う理由……?」
カシムラさんの質問に、カリンは何を今更、といった表情でフッと笑った。
そして僕の側にまでつかつかと靴音高く歩み寄ってくると、またしても僕の目を真っ直ぐ見たままできっぱりと言う。
「それは私がこの男性、タイセー・イセジマを好きだから。好きな人を守るのは惚れた側の当然の義務だと思うわ」
カリンの華奢な手がスッと上に上がり、「……ねぇタイセー、あなたもそう思うわよね?」と僕の両頬をゆっくりと挟み込む。
ちょっと待ってよ! 僕なんて答えたらいいの!?
「すごぉ~い! まさかぁ、このスクールでダントツNo,1のダメダメなタイセー君を好きな人がいたなんて驚きですぅ~!」
「失礼な事を言わないで」
僕の両頬をその手でしっかりと押さえたまま、カリンはカシムラさんに対して静かなる抗議をする。
「タイセーはダメな男じゃないわ。まだ自分の潜在能力に気付いてない、ただそれだけのことよ。タイセー、これからは私とずっと、未来永劫まで一緒にいましょうね」
カリンの手がさわさわと僕の頬を優しくさする。
一方、僕の心臓は爆発寸前だ。
幼い頃も可愛かったけど、会わなかった間に更にメチャクチャ美少女になってるし、何年ぶりかで久しぶりに会ったと思ったらいきなり告白され、しかもいきなりこのボディフィット攻撃。僕のキャパは既に限界値を大幅に超えていた。
しかしカリンはまだ怒涛の追加攻撃をしてくる。
「さぁタイセー、いくらトウヘンボクなあなたでも、これだけ伝えれば私の気持ちを余すところなく隅々まで理解できたわよね? ならここで言いなさい。“ 僕もカリンが大好きだよ ” って。今すぐによ」
「えええーっ!?」
カリンってこんなに積極的な女の子だったっけ!?
昔を必死に思い返しても、おとなしくていつもニコニコと笑っていた幼いカリンの記憶しか浮かんでこない。
ガチガチに固まっている僕を見て、カリンは「本当に変わってないわね、タイセー」と穏やかに笑う。
「でも安心したわ。私はあなたのそういう所が好きだったんだもの」
―― 左頬に柔らかい唇の感触。
軽く爪先立ちしたカリンが僕の頬にキスしてきた。そしてクラス中の女子が見守る中、大胆に身を寄せてくる。
「だから私も焦らない。これからゆっくりと愛を育んでいきましょう。ね?」
え、えーと、もしかしてこれは夢…なのかな?
オーソドックスな確認方法、“ 頬を思い切りつねる ” を行おうと思い立つ。
だけどそれを行う前に先ほど天井に強打した背中を鈍く走る痛みが、これが紛れもない現実であるということを僕に教えてくれていた。