小心者な僕だってキレることはあるんです
「二人とも落ち着いて!! 冷静に話し合おうよ!!」
ダメ元なのは痛いくらい分かっているけど、それでも声を張り上げて必死に仲裁を試みる。
だってコダチさんのあのテレポートを初体験したからこそよく分かるんだ。
カリンだけではなく、コダチさんもかなりのPSI能力の持ち主だ。だからこの二人が本気で戦ったらどちらも無傷では済みそうにないよ。何とかしなくっちゃ……!
「タイセーは下がっていて。私とあなたの邪魔をする人間は誰であっても許しはしない」
「許さないのはこっちよ! ランコに恥をかかせたことを後悔しなさい! 女の子の強さはおっぱいの大きさで決まるってことを直々に教えてあげるっ!」
── あぁ案の定、勝気なアマゾネスさん達は僕の提案を聞く気ナッシングです……。一人おろおろしているヘタレな僕は完全に蚊帳の外だ。
そんな落ち込む僕の耳に届いたのは、無情にも授業の終了を告げるチャイム。
マズいっ、授業が終っちゃったよ! 早く廊下に戻ってずっと立っていたフリをしないとイブキ先生に叱られちゃう! でもこの二人を残して戻る事はできないよっ!
「何なのあなた? さっきから “ おっぱいおっぱい ” って下品な女ね! 胸しか自慢できる事がない証拠じゃないの!」
「フンだ! ランコの一番の魅力がおっぱいというだけよっ! だってランコは顔だって足だって手だって、存在ぜ~んぶが魅力的だもん! ろくに自慢できるものがない高慢ちきな誰かさんとは違うわ!」
「誰が高慢ちきですって!?」
「今ランコの目の前にいる胸がとっても残念な人よ!」
「なっ何よ! 大きければいいってもんじゃないわ! そんなに大きかったら感度はすごく鈍いんじゃなくって!?」
「あら、ランコのおっぱいは超感度がいいので有名なのよ? 触れるか触れないかぐらいのタッチでビクンビクン感じちゃうもーん! 逆にあなたの方が問題ありそうじゃな~い? そんなにツルペタな平原でさ、先端とかちゃんと存在しているかギモンだわぁ! どっかに置き忘れてきちゃってるんじゃなぁ~い?」
……な、何てしょうもない口ゲンカをしてんだろうこの娘たち……。
屋上で飛び交う彼女達の罵詈雑言の応酬に言葉も出ない。この場についていけずポカンと呆ける僕の視界に、悔しさのあまり歯軋りをしているカリンが映った。
「……ここまで侮辱されたのは人生で初めてよ……」
険しい表情で顔を伏せ、沈んだ声でカリンが何かを構えるような素振りを見せる。でも左の腰辺りに伸ばされた手には何も握られていなかった。
もしかしてカリン、完全に切れたの!? 君の周囲からただならぬ殺気を感じちゃうんですけど!?
幼馴染の手元に目を凝らすと、何かを握った右手の空間の先が少しだけ歪んで見えた。歪んでいる部分はカリンの腰から屋上の床に向け、斜めに伸びていてる。その長さといい、形といい、まるで刀身みたいだ。
刀身……? カタナ……? なんだろう、そのワードで昔の記憶に引っかかるものがあるような……。
あぁっ! 思い出したーっ!
刀といえばあの人だ! レドウォールドさんだ!!
レドウォールドさんはカリンの従者さんで、幼稚園の頃、登園するカリンの側に影のように付き従っていた人だ。
輝くような金色の髪に、女の人みたいに綺麗な顔なのにニコリともしない仏頂面な男の人だったのをぼんやりと覚えている。
たぶんカリンを護るためなんだろうけど、あの人の黒服の腰にはいつも黒光りした鞘に納められた重々しいサーベルが差さっていた。
きっとカリンはあのレドウォールドさんに剣術を教わったんだ。あんな構えを見せ、右手で握った先にあるの たぶんカリンがPSIで創った刀剣だろう。
…………ということはコダチさんが危ないっ!! だってレドウォールドさんは居合い斬りの達人だったんだから!!
「プッ、それって何の真似~?」
コダチさんが剣を構える素振りを見たカリンを鼻で笑う。しかし笑われたカリンは表情を一切変えず、すり足で距離を縮めてゆく。
「ランコ・コダチッ!」
納刀の状態で構えたカリンはコダチさんの名を叫ぶと、左下から右上に向かって抜き打ち動作を放とうとする。
「タイセーを傷つけようとした罪、その身で償いなさいっ!!」
「コダチさん伏せてーっ!!」
咄嗟に二人の間に飛び出し、コダチさんに覆いかぶさる。
「タイセー!?」
ビックリしているコダチさんを何とか組み敷き、カリンの介錯攻撃から庇う事に成功した。背中に冷えた重力を感じて振り返ると、かろうじて僕の背中ギリギリのところで刀身は止まっていた。遠心力を利用して斬りつけようとしていたカリンが強張った顔で荒い息を吐いている。僕を斬らないように寸止めしてくれたみたいだ。
「もうっタイセーってば身を挺してランコを庇ったりしてー! やっぱりランコの方が好きなんじゃな~い♪ さっきわざとランコに冷たくしたのもランコの気を引きたかったからなのね! タイセーってば意外と策士~!」
ハイ!?
僕の首っ玉に嬉しそうにかじりついてくるコダチさん。
いや、その、僕策士じゃないです。君をそういう気持ちで庇ったんじゃなくて、あのままだとカリンに斬られちゃうから咄嗟に飛び出しただけなんですけど。
「タイセーから離れなさいっっ!!」
創った刀剣を再び振りかぶり、軽い錯乱状態に陥ったカリンが叫んだ時、屋上の扉がぎぃぃ、と開いた。そしてそこから人影が出てくる。
あぁっまさかイブキ先生が来ちゃったの!?
しかし焦る僕の目に映ったのは本日なぜか少々不機嫌な我がクラス担任ではなかった。
「カシムラさんっ!?」
ツインテールをぴょこぴょこと揺らし、屋上扉からひょこっと出てきたのはとってもちっちゃな僕らのクラスメイト、クルミ・カシムラだった。
「あ、タイセーくんみーっけ!」
かくれんぼの鬼のような口調でカシムラさんがニッコリと僕を指さす。そして次に僕の下にいるコダチさんを見つけ、さらに嬉しそうな顔になった。
「あ! ランコちゃんもみーっけ!」
「カシムラさん! どうしてここに!?」
「ランコちゃんが学校に来ている気配を感じたから、クルミ一生懸命探してたの! ねぇねぇ三人で何をして遊んでるのー?」
……倒れているコダチさんの上に覆いかぶさっている僕に、上段の構えで目には見えにくいけど刀を振りかぶっているカリン。
この緊迫した状況を間近で見て、「遊んでいる」と判断したカシムラさんはスゴイと心から思う僕。
「ランコ・コダチ! 早くタイセーから離れなさい! 離れないのなら無理やり引き剥がすわ!!」
突如屋上に突風が巻き起こる。たちまち僕の身体はコダチさんの上から吹き飛んだ。
「わぁぁ!?」
カリン、念力を使ったな!?
吹き飛ばされている最中、コダチさんが視界に入る。少しよろけていたけどこの突風の中でしっかりと立ち上がっていた。向こうはうまくこの竜巻をガード出来てるみたいだ。僕が心配しなくても大丈夫そうだな。
「イテッ!」
よろけた拍子に鉄柵に身体がぶつかる。ちょっと痛かったけど、おかげで僕もようやく静止する事ができた。
……あれ、そういえばカシムラさんは?
荒れ狂う風が支配する屋上でキョロキョロと周囲を見渡す。そして僕は必死に鉄柵につかまり、今にも屋上の外に吹き飛ばされそうなカシムラさんを見つけた。
「あぁっ!? カシムラさん!?」
「いやああああ~! 飛ばされちゃうぅ~!!」
「いっ今行くから待ってて!!」
カシムラさんが危ない!!
再びこの強風に身体を持っていかれないよう、四つんばいで必死に進む。
コンクリートの上を這いつくばってサカサカと進んでいると、まるでゴキブリに転生した心境だ。制服のスラックスも脱げちゃいそうだけど、今はみっともないなんて言ってられないよ!
「きゃああああああ~!!」
ついに握力が尽きたカシムラさんの小柄な身体が宙に大きく浮く。
飛びつくように手を伸ばし、その小さな手を何とかつかむことが出来た。全力で引き寄せて胸の中に抱き込む。
「カシムラさん大丈夫!?」
「ふぇぇ~ん! どうしてランコちゃんとカリンさんがケンカしているんですかぁ!?」
「そ、それは……」
屋上ではさらに大きな突風の渦が出来始めていた。
しかもいつのまにか二つに増えてぶつかり合ってない!? もしかしてコダチさんもあれを出す事ができるの!? どんだけスゴいんだよ君たち!!
「カリン! コダチさん! もう止めてよ! カシムラさんまで巻き込んじゃうだろ!!」
二つの小型台風はカリンとコダチさんの間で何度も激突し、その度に弾き出された大気が風の刃となって僕とカシムラさんを襲う。おかげで僕もカシムラさんも髪の毛が根元から逆立ってスゴイことになっている。オールスタンディング状態だ。
「いい加減に身の程を知りなさい!! タイセーは私のものよ!!」
「何言ってんのよ!! タイセーはランコの男よ!!」
「ふざけないで!! あなたみたいな下品な女には絶対に渡さないわ!!」
「貧乳のくせに上品ぶって!! ふざけてるのはそっちでしょ!! タイセーはランコを選んだのよ!?」
「あれはただ庇っただけじゃない!!」
「庇ったのが何よりの愛の証じゃないのよ!! 素直に負けを認めなさいよ!!」
二人とも人の話を聞けよ……!
内にこもる押さえ切れない怒りが次第に蓄積されていくのが分かる。鳩尾の辺りがかなりの熱を持ち始めてきていた。
「怖いよう怖いよう……!!」
僕のシャツをぎゅっと握り、恐怖でえぐえぐと泣いているカシムラさん。
両頬が涙でべっちゃりと濡れて、そこに強風で煽られた髪が無残に張り付いている。抱きかかえている反対の手で頬に張り付いている髪の毛を取ってあげたけど、嵐が止んでいないせいでまたすぐに同じ事が起ってしまう。これじゃ意味がない。
そしてこんなに脅えているカシムラさんを見ている内に、あの二名のアマゾネス達に本気でむかっ腹が立ってきた。こんなに小さな子をここまで怖がらせてしかも泣かすなんて……! もう完全に頭にきたぞ!!
「お前らぁ!! いい加減にしろおおおおぉぉぉぉぉぉぉ────っ!!!!」
カシムラさんを抱いたまま、大声で二人を怒鳴りつける。人生でここまでの大声を出した事は正直初めてだ。そのせいか、大声を張り上げていた時に身体の中心にチクリとおかしな痛みが走る。今は喉もヒリヒリと痛いし。
そして僕が叫び終わった直後、突然、屋上に異変が起きた。
嵐が一気に収まり、なぜかカリンも、コダチさんも、ビクンと身体を震わせた後、糸が切れたマリオネットみたいにその場にくたりと倒れこんでしまったのだ。ど、どうしたの!?
カシムラさんが僕からしがみついて離れないので、そのまま抱きかかえて二人の側に駆け寄る。
「カリン!? コダチさん!?」
── 二人とも気を失ってる!?
ま、まさか死んでないよね!?
並んで横たわる二人の首筋におそるおそる手を当てて脈を確認する。
…………だ、大丈夫だ! 脈はある!
でもなんで急に気絶したんだろう? 攻撃を仕掛けた際に相打ちになったのかな? でもここはとりあえずケンカが収まってよかったと言うべきなのか。
「はは……、よく分かんないけどもう大丈夫みたいだよ、カシムラさん」
安心させようと抱きかかえているカシムラさんに話しかけると、…………えぇっ!? カシムラさんも気を失ってるの!? なんで!? もしかして恐怖のあまり!?
クラスメイトの女子三名が僕の前で気絶してしまった。これ、一体どう収拾をつければ……。
でもそんなことはチンケな僕が心配するようなことではないんだ、という事を知ったのは、そのわずか三十秒後。屋上扉が再び開き、廊下からエスケープしていた僕を探しにきたイブキ先生が姿を見せる。
「……タ、タイセーくん、あなた一体ここで何をしようとしていたの……!?」
屋上の状況を目にしたイブキ先生が僕を見て、低い声で呟く。
こ、怖い……! いつも優しいイブキ先生が、今はまるで夜叉のようです! その背後からゴゴゴという擬音まで飛び出してきそうな迫力だ。
それに何をしてたんだって言われても、僕はカリンとコダチさんのケンカを止めようとしていただけなんですけど……。
「こんなところに女の子を三人も連れ込んで! しかも全員気絶させて! そんな格好でこれから何をしようとしていたのか言いなさぁーい!」
エ!? エ!? エェーッ!?
慌てて目の前の状況を再度確認すると、僕の足元には気絶して倒れこんでいるカリンとコダチさん。さっきは二人とも死んじゃってるんじゃないかと思って焦っていたから全然気がつかなかったけど、二人の制服のスカート、思いっきりまくれ上がっちゃってます……! 例のコダチさんのバミューダトライアングル下着に、カリンは高級そうなレースがいっぱいついた白いやつが余すところなくバッチリ見えてしまっている。
そして真下に視線を移せば、気絶したカシムラさんを人さらいのように思いっきり抱きかかえちゃってるし、カシムラさんの身体が邪魔してよく見えないけど、恐らく僕のスラックスはもう半分以上ずり下がっている。風が下半身を通り抜けていくこの感触からして、たぶんトランクスはイブキ先生に丸見えだ。
ヤバい、冷や汗が止まらない。
「さぁタイセーくん、馬鹿な真似は止めてその娘たちから離れなさい! おかしな真似をしたら容赦なくいくわよ!?」
夜叉と化したイブキ先生が僕にも分かるように右手を強く握りしめる。
わわわわっ、空気拳骨がきちゃうよ!! こ、ここはおとなしく投降するしかない!!
「わっ分かりました!!」
びくびくしながらそっとカシムラさんを下に降ろし、一度スラックスを引き上げた後、両手を上に上げてホールドアップの姿勢を取る。
でもこんな分かりやすい降伏の意思表示をしたのに、イブキ先生は硬く右手を握りしめたままだ。
「まずはこの娘たちを救護室へ運ぶ方が先のようね……。その後でタイセーくん! あなたに事情聴取をします! CALLroomで待機していなさいっ! いいわね!?」
「は、はい」
「早く行きなさいっ!」
「りょ、了解ですっ!!」
イブキ先生に促され、逃げるように屋上を後にする。
あーあ、どうしよう完全に誤解されちゃってるよ……。
きっとイブキ先生は、僕がカリンやコダチさんやカシムラさんを屋上に拉致して気絶させて、これからエロイことをしようとしていたと思っているに違いないぞ。
参ったなぁ、あの三人がすぐに目を覚まさなかったら僕の身の潔白を証明する手段はなさそうだ。この突然の濡れ衣、落ちこぼれの僕に晴らすことは出来るんだろうか?