魔境に迷い込んでしまったようですが脱出方法が分かりません
── 身体が熱い。呼吸が苦しい。目の前真っ白。ついでに頭がぼんやりと……。
「ここ…は……?」
普通に呼吸できるようになったと同時に、それまで無色だった視界が急にリセットされる。
目の前にはケロッとした顔のコダチさん。そして頬に当たってくる爽やかな涼風。遠くに見える山々の緑が目に優しい。たぶん時間に直せばほんの数秒の出来事だったとは思うけど、初めての体験のせいか10分以上経ったようにすら感じた。
ここは一体どこだろう? 何となく見慣れた光景のような気もするんだけど……。目を何度も瞬かせ、本来の役割を果たすよう、視神経に喝を入れる。
「ここ? フルリアナスの屋上よ」
視神経が捉えた映像を、僕の脳がせっせと分析し終わる前にあっさりと正解をくれるコダチさん。
屋上? ……ということは廊下から数メートル上に移動しただけなのか。
そしてこの時ようやく気付く。自分が屋上の手摺に両脇を引っ掛けてもたれかかっている体勢なことに。
これじゃまるで物干し竿にダラリと干されっぱなしのくたびれたTシャツみたいだ。あまりにカッコ悪いので手摺から腕を外し、両足を踏ん張って何とか立ち上がる。そんな僕を見て、コダチさんが一応心配してくれた。
「だいじょーぶタイセー?」
「う、うん。なんとか……」
するとなぜかコダチさんはここで急にありえないくらいにまで瞳をキラキラと輝かせ出し、僕に詰め寄ってくる。
「ねぇねぇ! もしかしてタイセーはテレポート・チェリーなの!?」
「…ハ?」
コダチさんの言っている言葉の意味が分からないので首を傾げる。テレポート・チェリーなんて授業で習ったっけ?
「コダチさん、それ、どういう意味?」
「テレポートしたのがって初めてだったのかってことよ」
あぁなるほどね! そういう意味か!
コダチさんがストレートに言い直してくれたおかげでようやく言っている意味が理解できる。っていうかそんな造語を使わないで初めからこっちの言い方にしてほしかったよ。
「うん」
「そうなんだー♪ じゃあランコがタイセーの初体験の相手ってことなのねっ」
人に聞かれたら誤解を与えそうなセリフを口にし、嬉しそうにしているコダチさん。あ、また禁断のトライアングル地帯が見えた……。
現在、僕の頭の中にある記憶映像のほとんどは、【ランコ・コダチのバミューダトライアングル ~魅惑の魔境編~】がほぼ独占している状態だ。今、誰かにPSIで中を覗かれたらきっと恥ずかしさで悶死できるだろうな……。
なのでコダチさん、頼みますからもうこれ以上の露出は止めて下さい!
女の子耐性が無いチェリーな僕には、その三角地帯は刺激が強すぎます! 君のトライアングルを食べ物のレベルで例えるなら、満漢全席クラスッ! はっきりいっておかずとしてのレベルをヨユーで超えちゃってるんですっ!
「それでどうだったタイセー? 初体験した感想は!?」
この娘、更に目の輝きが増してきてるよ!?
一刻も早く下の廊下に戻りたいけど、このままじゃ絶対戻らせてくれないだろうなぁ……。とりあえず股間から無事に脚も外れたことだし、ここはひとまず素直に感想を答えておくことにしておいた方が無難っぽいや。
「な、なんかよく分からないけど身体が熱くなって目の前が真っ白になって息とかも結構苦しかったよ」
「あははっ、そんなの最初だけよ!」
僕の感想を聞いたコダチさんはとてもおかしそうに笑う。
「ランコみたいに慣れてくるともう快感しか感じられなくなるんだからっ」
そっ、そんなもんなの!?
でも落ちこぼれの僕がコダチさんの協力無しにもう一度テレポート体験ができることなんて果たしてあるんだろうか……? ……あ、またブルーな気分になりそうだ。マズいマズい。頭を数度振って気持ちを切り替える。
「あ、あの、コダチさん」
「な~に?」
「僕、もう下に戻ってもいいかな?」
「なんでっ!?」
うわっ、コダチさんの目つきがまた鋭くなった!! カリンと反応が似ているだけについ条件反射でビクビクしてしまう。
「な、なんでって、僕はお喋りした罰で立たされている最中だから」
「どうしてわざわざ罰を受けに戻るのよ! ここはランコと二人きりになれて有頂天にならなきゃおかしい場面でしょっ!?」
「そ、そんなこと言われたって……」
「やっぱりタイセーはおかしいわ! 男としてどこかの機能が欠陥しているとしかランコには思えない!」
はいコダチさん、仰るとおり欠陥はちゃんとあります。“ PSI能力ゼロ ”という情けなさMAXの立派な欠陥人間です。
世の中のすべての男を虜にできるというプライドが傷ついたのか、再び憤ってしまったコダチさんは「タイセー!!」と叫ぶと僕をピシリと指さした。
「あなたちゃんと勃つの!?」
「ハイ!?」
「さっきちょっと弄ってみたら結構反応はあったけど、ちゃんと完全に勃つのかって聞いてるのよっ!」
な!? コダチさん、女の子がそんなはしたない事を口走るのはどうかと思います!! そして僕の分身のミラクルな成長ぶりは君の太ももにしっかりと伝わっていたんですね……。穴があったら入りたい。恥ずかしさで意気消沈する僕に業を煮やしたコダチさんがずいと近づいてくる。
「もういいわ! ランコが直に検証するから!!」
「けっ検証ってなに!? どういうこと!?」
「下、全部脱ぎなさいタイセー!」
「ななななななに言ってるのコダチさん!? 頭大丈夫!?」
「だからランコが直接触ったりとか色々してあげるって言ってるの! ランコの必殺マッサージでタイセーもランコにメロメロになるはずよ! そうならなきゃ絶対におかしいもん!」
いえっコダチさん! 断じてそれは違います!! おかしいのは僕じゃなくて君のその思考回路だってば!!