レトロな人間ですみません
廊下に出された僕を一番に出迎えてくれたのは静けさだった。
各教室内は防音壁で区切られているので、授業中の廊下はまるで無音地帯みたいだ。
ハァ、でもまさか高校生にもなって廊下に立たされるとは思わなかったよ。イブキ先生の機嫌が悪かったのが敗因だな。
でも本当にあんなイブキ先生、初めて見たよ。この目で直に見たのにまだ信じられない。
いつも生徒にはとても優しいし、とりわけ僕が落ちこぼれのせいか、フルリアナスに入学後のこの二ヶ月間はとくに目をかけてもらっていたような気がしていたからちょっとショックだ。
可愛がってもらっていたように感じたのは僕の単なる勘違い、思い込みだったんだな、きっと。
── 廊下に立たされて10分経過した。ヒマだ……。
── 20分経過。超ヒマだ……。
── 30分経……、ん? 誰か来た?
コツコツコツ、と廊下の先から靴音が聞こえてくる。
靴音が鳴るリズムが比較的短い。ということは歩幅が狭いということだからたぶん女の子だ。
やがて廊下の角から現れた女の子は、立たされている僕を見ると少しビックリした顔をする。
「そんなところで何してるの?」
「あっコダチさん!」
来た来た来た来た!
本来は僕の隣に座るはずの女の子、ランコ・コダチの登校だ!
やっぱり今日も遅刻してきたんですね。……というかあともう少しで今日一日の授業が終ってしまいますよ?
「まさか立たされているわけじゃないわよね~?」
コダチさんは腰を振るようにしながら僕の前に歩いてくる。その度に学校の規定より15センチも勝手に短くしている制服のプリーツスカートが大きく揺れ、付け根のかなりキワドイ部分までが見えそうになったので急いで目を逸らした。
「おっはよ♪ タァーイセッ!」
僕の前に来ると腰に片手を当て、笑顔でモデル立ちをビシリと決めるコダチさん。
……うーん、どうしてこの女の子は何気ない仕草の一つ一つがこんなにもカッコいいんだろう。
スタイルが良すぎるのが問題なんだよな。おかげでこの娘と話す時、ヘタレな僕はいつでも挙動不審になってしまう。
「お、おはようコダチさん」
……今はとっくにおはようという時間帯じゃないんだけどね。
「ここで何してるのー?」
コダチさんがまた違うヴァージョンのモデル立ちをピシリと決めたので、緩やかなウェーブがかかったモカ色の長い髪がフワリと揺れた。
「……立たされてます」
「なんで?」
「お喋りしていてイブキ先生に見つかったんだ」
「バッカねー! テレチャットがバレちゃうなんてドンくさすぎ~!!」
コダチさんが大ウケしている。でも事実は少し違うので生真面目に訂正をしておくことにした。
「ううん、テレチャットじゃないよ。筆談してたんだ」
「ひっ、ひつだんー!? アハハハっ、ちょっと止めてよー! タイセーってば面白すぎーっ!!」
身体をくの字に曲げ、お腹を抱えて笑っているコダチさんに、笑われている側として何て切り返せばいいのかが分からない。
でもコダチさんがここまで大笑いするのはある意味当然なんだよな。
本当はやっちゃいけないことなんだけど、授業中のお喋り、内緒話の類はテレチャットで行うのが当たり前だ。
筆談なんて超懐古な方法、相手がPSIの使えない僕だからカリンも行っただけで、この学校でこんなやり方で内緒話をする生徒なんか恐らくいないだろう。きっとPSIを普通に使える側からすれば、内緒話に筆談を使うなんて、手作りの糸電話で話しているくらいのダサさに見えるんだろうなぁ。
「あーあ面白かった! やっぱりタイセーはサイコーね!」
爆笑しすぎて目に涙が浮かんでしまったコダチさんは、自分の目尻を人差し指で拭う。
「じゃ頑張ってね~!」
コダチさんが僕を置いて教室に入ろうとしたので慌てて「待ってよ!」と呼び止める。コダチさんは「何?」と言うとその場で足を止めてくれた。
「あのさ、コダチさんの席、別の女の子が座ってるんだ」
「ランコの席に?」
「うん、カリン・タカツキっていう子」
「誰それ? 転校生?」
「ううん。元々このクラスの生徒で、用事で二ヶ月だけ休学していたみたいなんだ」
「ふぅ~ん……、でもなんでランコの席に勝手に座ってんの? 後ろの方に一つ空いてるところあるのにっ」
あ、コダチさんやっぱりムッとした……。
そりゃそうだよな、いきなり席を取られて余ってる席に座れって言われても普通は納得しないよね。
「実は僕とカリンは幼馴染なんだ。それで」
「タイセーの隣がいいってその子が言ったというわけね」
コダチさんが僕の説明を途中から華麗に奪い取る。
「う、うん。そんな感じかな」
「……気に入らないわ……」
顔を伏せ、押し殺したような低い声でボソリと呟くコダチさん。いつも底抜けに明るい娘なのでその豹変振りにちょっぴりビビる僕。
「ご、ごめん! カリンには明日からちゃんと自分の席に座るように話すから、気を悪くしないでくれる?」
「やーね、タイセーってば!」
すぐに顔を上げ、そう答えたコダチさんはいつも通りのコダチさんだった。
「ランコ、別に気を悪くなんかしてないわよっ?」
「そ、そう? なら良かったよ」
あれ? 今のは僕の気のせいだったのかな……。
「それでタイセーもそのカリンって子が隣にきてほしいと思ってるの?」
「エ!?」
「タイセーはその子とランコ、どっちと座りたぁーい?」
「ど、どっちと、って……」
コダチさんは僕にすり寄ると、僕の首に両腕を巻きつけてくる。
「タイセーはランコと一緒がいいわよねー? ねっ、そうでしょ!?」
「わぁ!? コ、コダチさんっ!? なにしてるのッ!?」
ちょちょちょちょちょっと!! 何してるんだこの娘!? 顔を近づけてきているだけじゃなくて、さりげなく僕の股間に自分の片脚を差し込んできてるんですけど!?
しっしかも身体が動かないッ!?
両の手首と足首だけが、教室の壁側にグイグイと吸引されているような感覚がする……あっ! もっもしかしてコダチさんが僕の両手足を念力で押さえつけてるのかっ!?
「ねぇ~、タイセーのハダカの本音を、ランコに聞・か・せ・て♪」
コダチさんのPSI能力で教室の壁付近に磔にされた僕は大パニックに陥りだしていた。こ、ここはフルリアナス・ハイスクールの廊下で、ゴルゴダの丘じゃないはずだぁーっ!!
「早く言わないと、ランコはどうなっても知らないんだからぁっ」
ねっとりと絡みつくような視線を送り、コダチさんの美脚が僕の足の間で前後にスリスリと忙しそうに動く。下半身から背筋に向かってぞわわっとした快感が駆け上ってくるのが分かった。
待って待って待って待って!!!!
そそそそんな悩ましいことをされたらもう一人の僕が勝手に目覚めちゃうんですけどーっ!?