君のベストアンサーを知りたいです
おそらく、世の中の誰しもが一度は経験したことがあると思うけど、
“ 食事の後に音も無く忍び寄ってくる睡魔さんの威力 ”
ってヤツは、侮れないものがある。
かくいうこの僕も、昼食後一発目の授業ではかなりの確率でこのスイマさんに全身を襲われ、彼女のけだるい魅力に取り込まれないように大苦戦をする時がある。
シャーペンの芯を手の甲にチクリと刺して身体に刺激を与えてみたり、頭の中で興奮するようなHな出来事を次々に夢想してみたり。
……と、いつもならそんな分の悪い抵抗を必死に試みるんだけど、今日だけは違った。
本体の意志に逆らって瞼が勝手に降りてくることなど本日は一切無し。両目はランラン、というよりはギンギンだ。
その理由は潔いほどに単純で。
“ カリンと顔をくっつけるようにして仲良く教科書を見ているから ” だったりする。
その結果、眠くなるどころか理性が暴走しそうになるのを抑えるので精一杯。
しかもここでうっかり気を抜くと大変だ。
油断した僕の精神から “ 妄想エロ電波 ” が発信され、カリンを主役に抜擢したあの架空番組、『未来戦隊 ボンデージ!』の第二話が脳内ストリーミングで配信開始になってしまう。
この18禁番組のPPVを中止させるべく、できるだけカリンから離れようとさっきから努力はしている。
だけどやっぱり教科書は見なくちゃいけないし、かといって少しでも距離を置こうとするとその分カリンがどんどんと身体を寄せてきちゃうから全然意味がない。僕らは常にピッタリとくっついている状態だ。
おかげで今日一日、イブキ先生の授業内容がまったく頭に入ってこない。これでは居眠りしているのと何も変わらないよ。参ったなぁ……。
……いやダメだダメだこんなんじゃっ!!
PSIが使えない分、せめてテストくらいはいい点を取っておかないと!!
ここは集中集中!! 女の子の色香に惑わされずに集中だーっ!!
グッと身を乗り出して教科書をガン見する。僕がPSIを使えるなら発火しそうなぐらいの勢いだ。
真横のカリンがそんな僕を見て小さく微笑んだ。きっと僕が急にやる気を出したように見えたんだろう。
カリンは持っていたペンのノック部分でツン、と一度僕の腕をつつくと、そのまま教科書の端に小さく何かを書き始めた。ん? 授業のアドバイスかな。えーと、なになに……、
『 好き。 』
ぶはっっ!!
危うく声を出すとこだった。なにを書いてるんだよカリン……。
文字の告白で僕が動揺しているのを見たカリンは小悪魔的な笑みを浮かべるとまたペンを握る。
『 タイセーは私のこと どれぐらい好き? 』
ちょ、ちょっとカリン……。今は授業中だよ!? しかもどれぐらい好きって聞かれても……。
これって付き合っている女の子から聞かれるかなりスタンダードな質問なんだと思うけど、こうして実際に聞かれてみると返答にかなり困る部類の質問だよなぁ。……だってこれって正解が無いよね?
女の子サイドからすると、どういう答えが一番嬉しいベストアンサーなんだろうな。気の利いたことなどまったく思いつかない自分の恋愛スキルの低さが恨めしいよ。
そこへまたツンツンと腕をつつかれる。
『 あと私のどういう所が好き? 』
ま、待ってよ! 僕はまだ一つ目の答えも用意できていないのにもう次の質問を投下ですか!?
あぁ、今ここに好きな人の心をつかむテクニックが書かれた恋愛マニュアル本があればいいのに! 今日の放課後さっそく本屋に寄って、そういう類のハウツー本が売られてないかのチェックはすることにして、とりあえず今はカリンが喜びそうな言葉を大急ぎで返信しなくっちゃ!
ツンツンツンツンツンツンとペンでつつく回数がここで三倍に増える。
はい、答えの催促ですよね!? 分かってます! でも本当に何て書けばいいんだろう!?
「こぉーらっ!! ダメでしょ! 授業中に遊んでちゃ!」
── マズい! いつの間にか僕らのすぐ前にまで来ていたイブキ先生に見つかった!!
「精神雑談なら感知しやすいけど、そうやってこそこそ筆談されると見つけにくいのよね」
「スミマセン……」
カリンと二人で小さく身を縮める。
イブキ先生はくっついている僕らを両手でグイッと離す。
「二人とも廊下に立ってなさい! ……と言いたいけど、あなた達を二人っきりで廊下に出したら余計お喋りしたりイチャイチャしたりしそうだしね……」
ハイヒールの踵が何度も床に当たり、その度にカツカツと神経質そうな音が鳴る。なんか今日のイブキ先生、機嫌が悪そうだなぁ……。
「なら僕だけ立ちます」
ガタリと椅子を鳴らして素早く立ちあがる。
優等生のカリンを廊下に立たせるなんてとんでもないよ。カリンはお嬢様だからプライドだってきっと傷つくに違いない。
「タイセーは全然悪くありません! だから私が立ちます!」
うわっ!? 立ち上がったカリンが僕にぴったりと寄り添ってきた!!
だからそうやってベタベタくっついたらダメだってばカリン!! 今日のイブキ先生はイライラしているみたいだから波風立てないようにしていてよ!
「違います先生! 僕が悪いんです!」
「いいえ私です先生!」
「いいからカリンは黙ってて!」
「イヤよ! タイセーを守るのは私の役目なんだからっ!」
あ、またその台詞が出た……。胸の中央がチクリと痛む。
ねぇカリン、君みたいに綺麗な女の子がこんな落ちこぼれな僕を一生懸命に守ってくれようとするのは嬉しい。確かに嬉しいよ。身に余る光栄だよ。
でもね、同時にそんな自分がすごく惨めに感じてしまうんだ。そして君がすごく遠い存在のように感じてしまうんだよ。だけどたぶんこの気持ちを包み隠さず伝えても、きっとPSI能力に優れている君には分かってもらえないんだろうな……。
「あーっもういいわっ!! じゃあタイセーくんだけ廊下に立ちなさぁーい!!」
いつも優しいイブキ先生が切れた!?
今まで一度もこんな風に声を荒げたことなんて無かったのに、一体どうしたんだろう? そういえばさっきも職員室で僕にちょっと冷たかったし、何かプライベートでイヤなことでもあったのかな?
「タイセー……」
飼い主に裏切られた子犬みたいな目で僕を見るカリン。
小声で「おとなしくしてて」とだけ伝えると僕は廊下へと出た。この数十分後にすごい体験をすることをまったく知らずに。