その服じゃ、たぶん戦えないと思います
「あっそうだわ」
唇を離してすぐ、カリンが何かを思い出したようだ。
目の前のカリンの顔を見つめただけで、またキスしたくなってきていることに驚きだ。
……うーん、自分は草食系だと思ってたけど、こうしてカリンの側にいる時間が増えれば増えるほど、段々と肉食じみてくるというか、発情期の盛ったケモノみたいになってきているような気がするなぁ。何とか理性を保つようにしないとカリンに嫌われちゃうかもしれない。気をつけよう。
そんな僕の性の葛藤を知らないカリンは爽やかに告げる。
「タイセー、まだ時間があるからあの続きをしましょう。今ここであなたの心を読んでもいいわよね?」
── うええぇっ!? キキキキター!! 二回目のキスに没頭していてすっかり忘れていたけど、恐れていたリクエストがキターッ!!
「さぁタイセー。できるだけ集中してあなたは何か別のことを考えていて」
カリンが僕に抱きついてこようとする。慌ててその細い両肩をつかみ、中ぐらいの力でグイッと押し返した。
「あああああああのっ、あのさ、カリン!! やっ、やっぱりちゃんと言葉で伝えることにするよっっ!!」
「急に慌ててどうしたの?」
動揺を抑えようとするあまり、尋常じゃないほどの超オーバーアクションを見せてしまった僕に対し、メデューサ様が疑問を抱かれたようだ。な、何とかうまくごまかさないと!!
「だ、だってこれから何か誤解を招くような事がある度にカリンに僕の心を一々見せるのもどうかと思うしっ、僕もこのままじゃいけないと思うんだっ! せめて、この口下手ぐらいは直せるように努力したいっ!!」
この咄嗟の言い訳にカリンが微笑む。
「いい心がけねタイセー。向上心のある男性は嫌いじゃないわ」
── い、いけるか!?
「で、でしょ!? だから今回は言葉で説明させてよ! できるだけありのままに話すから!」
「分かったわ。じゃあ聞いてあげる。その代わりちゃんと最初から話してね。私がマツリに弾き飛ばされた以降からよ」
「うん!」
やったぁ! やりましたぁーっ!! 生き延びた! 生き延びたよ!! そう空に向かって吼えたい気分だ! これでひとまずヤマダさんとのあの五分間と、僕が以前にヤマダさんに抱いていた好感情をカリンに知られずにすむ!
「その前にもう一つ聞きたいことがあるの」
まだあるのーっ!?
……えーと、えーと、もうカリンに隠しておかなければいけないことってないよな!? いや、大丈夫! 他にやましいことは何一つないはずだっ!! 己を信じろ!!
「ど、どんなこと?」
「あなたに抱きついてヨナとの事を調べさせてもらった時、他の記憶映像がいくつか見えたんだけど、その中に私も映像もあったのよ」
「う、うん」
……僕の心の中にカリンがいた? いや、それって別に全然不思議なことじゃないけれど、でもなんだろう、ものすごくイヤな予感がするんだけど。
「それがどうかした?」
「その時の私、エナメルみたいなピカピカの黒い生地でできた水着みたいなコスチュームを着ていて、手には長くて太い鞭みたいものを持ってたの」
うわわわわわわわ──────!!!!! そっ、その秘密映像を見ちゃったんですかーっ!?
「ねぇ、あれってなに? 私、ああいう洋服初めて見たんだけど、あれはどういう時に着る服なのかしら?」
「そそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそれは……」
どもりがついに最高潮に達する。
だってまさか “ 久々に会ったカリンがすごく綺麗になってて、しかもグッと大人っぽいスタイルになっていたから、きっと脚線美が際立つボンデージスタイルとか似合うだろうなぁって、ついそれを着せて頭の中でイロイロとイケナイことを妄想してしまってました ” だなんて言えないっ! とてもじゃないけど言えないよっ!!
「どうしたのタイセー?」
つぶらな瞳で僕を覗き込む幼馴染。
ま、まさかこんな思ってもみない方向から窮地に陥るとは……!
でもこの事実をカリンに言えないのなら代わりのニセ解答を提示しなくてはならない。
……。
……………。
……………………。
あーっ! 何も思いつかないぃぃぃ――っっ!!
焦るあまり、まるで酸欠金魚のようにパクパクと口だけが空しく動いてしまう。どうする!? どうする!? 諦めたらそこで試合は終了しちゃうのにーっ!! と、そこへカリンが急に大声を出した。
「あっ分かったわっ!」
「ひぃっっ!?」
ダメだもう終わりだーっ!! お父さんっ、お母さんっ、精一杯頑張りましたがやっぱり僕はここまでの男のようですっ!! 体育の時は水際でかろうじて助かりましたが、今度こそカリンにボコボコにされてしまいますっ!!
「あれって戦闘用のコスチュームなんでしょっ!」
「ハイー!?」
驚きで声が思わず裏返る。
「ふふっ、タイセーって戦隊ヒーローのTVが大好きだったものね。いつもはおとなしいのに、男のたちとヒーローごっこが始まると目をキラキラさせてたわ」
幼稚園時代の頃を思い出したカリンがクスクスと笑う。
「でもヒロイン用の戦闘スーツを私に着せてみるなんて、タイセーったらいつまでたっても子供みたいなんだから。でもそういうところ、あなたらしくて好きよ」
……な、なんという斜め上の勘違いをしているのでしょうか君は……。
カリンが僕に向かって可愛らしくウィンクを飛ばしてきたが、一方の僕は開いた口がふさがらない。
でもカリンがお金持ちのお嬢様で本当に良かった。お情様な君はボンデージファッションなんていう衣装があることを全然知らないんだね。しかし何はともあれ、た、助かった……。ホッと胸を撫で下ろす。
「でもタイセー、あのコスチューム、戦闘用にしては肌の露出が多すぎない?」
うわぁぁぁぁーー!! まだお嬢様の疑問は解消しきっておられなかったぁーーっ!! ヤバい、ヤバいぞこれは!
「そ、そんなことないよ! 今はあれぐらいの露出は全然フツーだよ!?」
「でも小さな子が見る番組の戦闘服にしてはちょっとエッチっぽいデザインのような気もするけど……」
「そ、そうかな!?」
「えぇ……。胸の谷間の部分にまぁーるく大きな穴が開いてたし、服のあちこちにギラギラした銀色の鋲みたいなものもいっぱいついてて、スカートも中が見えちゃいそうなぐらいすごくミニだったわ」
「そっ、それはcyber仕様だからだよ!! あの未来戦士の戦闘服はコンピューターで自動管理されてるんだ!! 確かにちょっとエッチぽいデザインかもしれないけどっ、あれは無駄な機能を極限にまで徹底的に除去したゆえの結果なんだよ!!」
「じゃあ、あの服にいっぱいついていた銀色の鋲みたいなモノも何か意味があるということなのかしら?」
「ミッ、ミサイルッ!! あれは【 金属誘導弾 】ですっ!!」
「あら、あれってミサイルなの? でもミサイルにしては少し小さすぎるような気がするんだけど?」
「残念っ! あれは超小型タイプなんだ! スモールなのにハイテク! 敵を決して逃さない自動追尾機能というアビリティもついてるんだから! あれを一発ぶっ放すだけで敵側のボスも一撃必殺のシロモノなんだから侮っちゃいけないよっ!」
……スイマセン、もう自分でも何を言っているのかよくわかりません……。
死に物狂いの説明のせいでハーハーと全力で息をする僕を見てカリンが笑う。
「ミサイルの他にハイパーな鞭もあるみたいだし、スゴい戦闘服なのね。でもタイセーってばそんなに必死になって説明して本当に子供みたい。カワイイわ」
「は、はは……」
無理やり引きつった笑顔を浮かべる。うぅ、同い年の女の子に「カワイイ」と言われちゃったよ……。
男のプライドが傷つきまくりだけど、とりあえず納得はしてくれたみたいだな。カリンには気付かれないように冷や汗を拭き、そっと安堵の吐息をつく。
……ごめんね、カリン。今回のピンチも何とか脱出できたみたいだけど、僕は君に対してちょっぴり良心が痛むよ。
だって、僕の脳内で君が華麗に着こなしていたあの少々露出気味で過激なエロ戦闘服、たぶん世の子供たちは今後もTVで見る機会はまったくないと思われるからです。本当にごめん。