君に忠誠を誓います
「ねぇタイセー。お昼休みの間、あなたが行きたい所はある?」
教室内で昼食を取った後、カリンが僕に尋ねる。
カリンが一緒だから僕も初めて自分の教室で食事を取ってみたけど、クラスの女の子たちが醸しだすこの独特の空気にはやっぱり馴染めそうにない。
「行きたいところ? 別にないけど……」
「言っておくけどこのまま教室にいるのはダメよ」
「どうして?」
「だってここは女の子がいっぱいだもの。タイセーが目移りしたらイヤだから」
「めっ、目移りなんてしないよ!」
「あら、本当にそうかしら……?」
カリンは僕に鋭い視線送ると椅子からゆらりと立ち上がる。彼女の威圧オーラが蜃気楼さながらに立ち昇ったような錯覚を起こし、思わずビクリとしてしまう小心者の僕。
「ほ、本当だよ! 一体何の根拠があってそんなことを言い出すのさ?」
「じゃあ教えてあげるわタイセー」
左手は腰、そして右手は僕を指さして、厳しい顔つきでカリンが宣告する。
「ランチの最中あなたの視線の動きをチェックしていたけど、合計で四回、他の女の子を見ていたわ!」
「えぇーっ!? 見てない!! 見てない!! 見てないよ!!」
ここは相当重要な所なので三回言った。
言葉だけではなく、必死に首をぶんぶんと振って態度でも示してみたけれど、カリンの機嫌を直すまでには至らなかったようだ。
「そ。じゃああれは全部無意識ということよね」
カリンは非難がましい目で僕にチラリと視線を走らせると、これみよがしに俯き、ハァと溜息をついてみせる。
「いいことタイセー、よくお聞きなさい。はっきり言って無意識が一番タチが悪いわ。だってそれはその悪癖を自分で気付けない、つまり自覚できていないってことですもの。大いに反省すべきよ」
カリン独特のこういう上段からの物言いにはだいぶ慣れてきたのだが、まだ言い返せるレベルにはきていないので一応は神妙な顔で俯く。それに他の女の子を興味のある視線で見たつもりはないけれど、カリンがあそこまで断言するのならクラスの誰かを無意識に見てしまったのかもしれないし。
「ごめん、これからは気をつけるよ」
素直に謝ると、カリンは急にストンと椅子に腰を落とし、やたらと身体をもじもじと動かし始める。
「カリン、トイレに行きたいなら我慢しない方がいいよ? 行っておいでよ」
「ちっ、違うわよっ」
カリンがカァッと頬を赤らめる。
「わ、私、別にタイセーに謝ってほしかったわけじゃないのよ。ただタイセーが他の女の子をあまり見ないでくれたら嬉しいな、って思ったからついあんな風に……、……ごめんね」
── あぁ神様、素直に謝る幼馴染が無条件で可愛いすぎるのですが、ここで僕はカリンに何と言ってあげたらいいのでしょうか?
しかし残念ながら神様の啓示は降りてこなかったので、とりあえず話を元に戻してみた。
「どこに行く? 早くしないとお昼休み無くなっちゃうよ?」
するとカリンの顔が一気に明るくなる。
「今日の行き先、実はもう決めてるの! 行きましょ!」
「わっ!?」
不自然な力で身体が勝手に椅子から浮いた。
「カリン止めてよ! 自分で歩けるってば!」
「遠慮しなくていいのよタイセー。私も念動力の鍛錬になるし」
「だからって僕の身体を使って鍛えないでよ!」
宙で両足をジタバタしてみたけれど、無駄な抵抗に終る。
こうして僕はご機嫌なカリンに浮かされたまま、強引に教室の外に連れ出されてしまった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……あのさ、カリン」
連れ出された先は人気のあまりない、校庭の片隅だった。
大樹の木陰で並んで座っていると、グラウンドを吹き抜けてゆく微風がカリンの髪をなびかせ、亜麻色の毛先が僕の腕に時折触れる。
「なぁに?」
カリンが僕の横顔を覗き込む。
「そ、その、いきなりであれなんだけど」
「なに?」
「カッ、カリンはさ、ぼぼぼぼっ、ぼくのどこがいいの…?」
一度だけ伏目がちにカリンを横目で見た後、今朝からずっと気になっていたことを思い切って尋ねてみた。
「どうして、急にそんなことを聞くのタイセー?」
「だ、だって僕はろくにPSIも使えない落ちこぼれだよ? なんでこのフルリアナスに入れたのかも分からないくらいなんだ。だからそんな僕がいいって言われても、なんだか信じられなくってさ」
体育座りの足先に視線を固定し、そう早口で答えた。するとカリンは小さな微笑を浮かべ、ゆったりとした口調で返してくる。
「タイセー。あなたは間違っている」
「間違ってる…?」
「えぇ、間違っているわ」
カリンが僕の手を握る。柔らかい感触が僕の掌を包む。
「あなたは落ちこぼれじゃない。それにこのスクールに入れたのも立派な理由があるから。だってあなたをこのスクールに推薦したのは私だもの」
「カリンが僕をスイセンッ!?」
驚いて思わず大声を出してしまった。
「えぇそうよ。だって私は知ってるもの。あなたが本当はすごい力を秘めている男の子だってこと。だからフルリアナスに自分の入学願書を提出した時に、PSI能力に優れた人材を知っているから内密にその人の能力値を調べてほしいって直訴したの」
カリンはその事実を僕ができるだけ自然に理解できるよう、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「今年の初め頃に潜在値を計られたことがなかったかしら?」
「そ、そういえば、あったような気がする……」
「でしょ? きっとそれが入学試験の代わりだったようなものなのよ。だからタイセーが今ここにいるということは、あなたの中に並外れた素質が眠っていることをこのスクールが認めたということ。あなたも私たちと一緒でここに選ばれた生徒なのよ。いつかきっとその蕾は芽吹くわ。だから自信を持って。あなたは落ちこぼれなんかじゃない。誰よりもこの私にふさわしい男性なのよ」
カリンは僕の手を離すと、代わりにまたさっきのように腕を絡ませてくる。しかもわざと挑発しているのか、片方の胸の膨らみを僕の二の腕にグイグイと強く押し付けてくるので心臓の鼓動が0.5秒置きにギュンギュンとスピードを上げてきている。も、持つのか、僕の心臓?
「あなたの本当の良さを分かっているのは今はたぶん私だけ。でもいつかきっと周りもあなたの良さに気付いてしまう時がくるわ。だから私はあなたを絶対に離さないし、タイセーも他の女の子が言い寄ってきても私だけを見ていてほしいの。いいわね?」
どこまでも真剣なカリンの声と表情に、知らず知らずの内に背筋が伸びる。僕に並外れた素質があるなんて到底信じられないけど、少なくとも僕に対する気持ちは本気で言ってるんだということがカリンの気合と共にビシビシと伝わってくる。
「……どうしたのかしら、あるべき返事がないようだけど?」
「ハ、ハイッ!!」
危ない! カリンの迫力につい、「イエッサー!」と敬礼をするところだったよ!
「いい返事ね。ご褒美を上げるわ」
上げるわ、の声が僕の顔のすぐ側で聞こえた。
その次の瞬間、うぁ…っ、ま、またカリンがキスしてくれた……っ!!
一時間目の体育の時間にキスを初体験したばかりだけど、二回目もスゴイ衝撃です! っていうか、初回よりも興奮度が上がってます! どうして女の子の唇ってこんなに柔らかいの!?
おずおずと背中に手を回すと、カリンもそっと僕の背中に手を回してきてくれたのが分かった。あぁどうしよう、幸せすぎるんですが……!?
決めた、決めたよカリン! いつになるか分からないけど、優等生の君に少しでも近づけるよう、そして君の彼氏だと周囲に堂々と胸を張って言えるよう、僕、これから精一杯頑張るよ!
そんな強い決意を胸にカリンをひたすら夢中で抱きしめる。
どうしようもないヘタレが大好きな幼馴染に心からの忠誠を誓った瞬間だった。