眼鏡っ娘は魅力的です
「……ほらどうしたの? 早くやりなよ」
木の上から地面に降りた後もカリンがなかなか僕の心を読もうとしないので、両手を大きく広げて急かしてみる。
実は急かした理由の大半は、カリンにまた思いっきり抱きついてもらえるからなんだけど、それは間違っても口にはしない。ズルい男でごめん。
しかし “ さぁいつでもウェルカム! ” 状態の僕の前で、カリンはしおれたタンポポのように地面に座り込んでしまっている。
……あーあ、さっきの舌禍事件なんてもう済んだことなんだから軽く流してくれればいいのになぁ。
逆にそこまで身を縮めて申し訳なさそうにされると、自分のダメっぷりを強制的に再認識させられてるみたいで余計に凹んじゃうよ。
「本当にごめんなさいタイセー……、あなたを傷つけるつもりは無かったのよ」
「僕なら全然気にしてないから大丈夫だよ。それより大変なことになってるんだよカリン」
カリンに今僕の心を読む気は全く無さそうなので、ここは次の行動に移った方が良さそうだ。熱烈ハグは残念だけど諦めよう。
「大変…って、一体どうしたの?」
「早く皆のところに戻らないとマズいんだ。カリンが吹っ飛んだところをイブキ先生が見ちゃって、もうすぐカリンの捜索が始まっちゃうんだよ」
カリンの前にしゃがみこみ、今の現状をかいつまんで報告する。すると気落ちしていた幼馴染もやっといつもの調子に戻ってくれた。
「あら、それはあまりよろしくないわね」
「そうだよ。だから早く戻ろう」
「えぇ!」
カリンはすくっと立ち上がった。うーん、マツリに吹っ飛ばされたダメージはほとんど無さそうだ。さすがだなぁ。
「タイセーにこれ以上迷惑はかけられないわ! 私、先に戻ってうまくごまかしておくからタイセーも急いで戻ってきてね!」
カリンの身体がフワリと浮き、一瞬で消える。
へぇ、瞬間移動も使いこなせるんだ……。僕のクラスで都市間を一気に横断できるくらいの力を持った子がいるって噂を聞いたことがあるけど、カリンはどれぐらいの距離を移動できるんだろう。
まぁそんなことを考えるより、僕も急いで皆のところに戻ろう。そう思い立ち上がった時、
「きゃあっ!?」
「わっ!?」
ビ、ビックリした……。最初に目に入って来たのが黒い色だったから野犬と遭遇したのかと思ったよ。
長い黒髪を扇みたいにふわりと大きく広げ、僕の前で豪快にスッ転んだのはクラスメイトのナナセ・ヤマダだった。
「ヤマダさん……、だよね? なんでここに?」
「その声はイセジマくん?」
ヤマダさんは大きくずれた青のカチューシャを直しながら上体を起こす。
「あれ? イセジマくんがよく見えない……」
「眼鏡が思いっきりずれてるからだと思うよヤマダさん」
「やだっ私ったら!」
僕の指摘でカチューシャと同じ色の眼鏡もずれていることに今頃気付き、慌ててかけ直しているヤマダさん。そしてようやくピントが合ったのか、地面に座り込んだままの体勢で僕を見上げる。
「予知をしてみたらカリンさんとイセジマくんがこの辺りにいるって分かったから、イブキ先生が皆に待機指示を出している時にこっそり抜けてきたの」
「えぇっそんなことしちゃマズいんじゃない?」
でも、とヤマダさんが口ごもる。
「私クラス委員長だし……」
あぁそうだ。ヤマダさんはウチのクラス委員長なんだよな。
真面目で責任感が強い性格でしかも眼鏡っ娘。委員長になるために生まれてきたようなキャラだ。
「私、クラス委員長になったけどまだ全然委員長らしい事をしていなかったから、せめてカリンさんを私が見つけたかったの。それとイセジマくん、あなたにもずっと謝りたかったの」
「僕に謝りたい? どうして? 僕、ヤマダさんに嫌な思いさせられたことなんて全然ないよ?」
「ううん、してるの。だって、あなたがマツリさんにイジめられる度、私、何もできなかった。委員長ならあんな身勝手な乱暴を止めるべきなのに、マツリさんが怖くて、ずっと見てみぬフリをしてきたから……」
ヤマダさんは一気に表情を曇らすと、シュンとして俯く。
「今まで本当にごめんなさいイセジマくん。私、これからは勇気を出してカリンさんのように絶対あなたを助けるから……!」
とっても猛省中のヤマダさんだが、僕は嵐のような感動に包まれていた。
まさか僕のことを心配してくれていたクラスメイトがいただなんて!
ヤマダさんっていい娘なんだなぁ! 感動が止まらないよ!
「だからイセジマくんっ、これからは私も頼って!」
ヤマダさんは急にバッと顔を上げ、直立不動の僕の手をしっかりとつかんできた。つかまれているこの手の力強さと必死の口調で、ヤマダさんが本気で言ってくれていることは充分に伝わってくる。
すごいなぁ、心があったかい気持ちになると、人って自然と穏やかな表情になれるものなんだ……。ヤマダさんの優しさがそれを僕に教えてくれている。
「ありがとうヤマダさん。でもヤマダさんはそんなことをしなくていいんだ。その気持ちだけですごく嬉しいよ」
微笑みながらお礼を言うと、ヤマダさんはイヤイヤをするように強く首を振った。
「でもそれじゃ私の気がっ」
「それにもうマツリは僕のことあまりイジめなくなると思うし」
「え!? どうして!? だってマツリさんは毎日イセジマくんに色んな言いがかりをつけて絡んでいるじゃない!」
「え、えーと、な、なんか彼女の心境に多少の変化が起ったみたいでして……」
「心境の変化?」
「うん、とっ、とにかくもう大丈夫だと思うから!」
しどろもどろで強引に話を切り上げる。
マツリ・テンマが僕が好きだと分かったから、なんて、恥ずかしくて自分の口からはとてもじゃないが言えないよ。
「そう……。それならいいんだけど……」
半信半疑の表情でヤマダさんが呟く。
「うん、だから心配しないで」
「そういえばカリンさんはどこにいるの?」
「大騒ぎになる前に先にイブキ先生のところに戻ったよ」
「そう……。じゃあ私が来た意味無かったのね……」
手助けにきたつもりが活躍するシーンがないと知ってガックリと落ち込むヤマダさん。ちょっぴりドジなこの委員長さんがなんだか可哀想なのでここはフォローしておこうかな。
「そんなことないよ。後でカリンにヤマダさんが来てくれた事を僕からこっそり話しておくね。イブキ先生の指示に背いてまで僕らを探しに来てくれてありがとう」
こんなつたない僕のフォローでも一応ヤマダさんを慰めることはできたみたいだ。気を持ち直したヤマダさんは両手を胸の前で合わせ、ニッコリと微笑む。
「イセジマくんって優しいのねっ」
うん、やっぱりカワイイよこの子。
実はフルリアナスに入学して、一番最初にカワイイと思ったのはこのヤマダさんなんだよなぁ。
黒髪ストレートで、眼鏡をかけてて、おっとりしていて、笑顔がとても優しそうで。
もしこの先彼女が出来る事があったとしたなら、平凡な僕にはこういうおとなしめタイプの女の子がお似合いなんじゃないかって密かに思ってた。
「あのねイセジマくん、せっかく縁あってクラスメイトになったんだし、あらためてお友達になってくれる? 私、異性のお友達って一人もいなくって……」
頬を染め、モジモジとしながらヤマダさんが僕を見上げる。連鎖反応で僕もカァッと顔が熱くなってしまった。
「も、もちろんだよ! 喜んで」
あぁ、フルリアナスに入学した直後にこんな事言われてたら僕は間違いなくこの娘を好きになっていただろうなぁ……。そして入学当初にヤマダさんに対して抱いていた好感情をもしカリンに知られたら、たぶん僕は永遠に眠らされるのではないだろうか、とふと思う。
「ありがとう! よろしくね、イセジマくん!」
ヤマダさんが華奢な手を差し出してくる。
「うん。これからよろしく」
鬱蒼とした森林の中で僕らはしっかりと握手をした。
そのまま握手を利用して座り込んでいるヤマダさんを引き起こし、皆の待機する場所へと急いで戻る。
カリンはもう向こうに着いたかな……。いや、それよりもさっき僕の心を読むことをカリンに許可した件、なんとかうまくごまかして発言を撤回しなくっちゃ。
今のヤマダさんとの五分間の流れと、僕が入学当初にこの娘に抱いていた感情をカリンに読まれてしまったら、かなり大変なことになりそうだから。