眠れる森のメデューサ 【 前編 】
やたらとしおらしくなったテンマさんを連れ、カリンが飛ばされてしまった森林へと向かう。その途中で突然イブキ先生から精神感応が届いた。
≪タイセーくん、聞こえてるー?≫
さすがはイブキ先生。僕のすぐ耳元で話しているかのように音質が透明だ。
(はい先生、聞こえてます!)と心の中で一応返事をしてみたが、イブキ先生から応答がこない。やっぱりPSIが使えない僕がやってもただ内心で思っているだけで相手に伝達されるわけがないか……。
≪ タイセーくん、返事ができなくても気にしなくていいのよ。そのまま聞いてね ≫
落ちこぼれの僕を傷つけないための配慮なのか、イブキ先生の声はとても優しかった。だからせめて先生の交信内容を一言一句まったく間違えずに受け取ろうと、呼吸を最大限にまで抑えて集中してみる。
≪ あなたが飛び降りた時、タカツキさんが後を追ったでしょ? そして降下していたあなた達は途中で急上昇して、タイセーくんはガケの上に消え、タカツキさんはどこかに飛ばされた。何かトラブルがあったのね? ≫
そうです先生。現在、立派なトラブル発生中です。一応今は収束の方向に向かってはいますが。
≪ 先生はタイセーくんがとっても心配なの。だから動けるのならすぐにこちらに戻ってきて。もし戻ってこなければあなたもどこかに飛ばされたと判断して捜索を開始します ≫
僕も捜索対象に!?
というか、ここで話が大きくなっちゃマズイんだよ! カリンやテンマさんが怒られちゃうかもしれないじゃないか!! 慌てて後ろを振り返る。
「テンマさん! 今のイブキ先生の連絡、聞こえてた!?」
僕の手をしっかりと握っていたテンマさんがキョトンとした顔をする。
「いいや。イブキから何か言われたのか?」
「カリンが飛ばされて、僕も見当たらないから捜索を開始するって言ってるんだ! もし先生が先にカリンを見つけちゃったらマズイよ! テンマさんもカリンも怒られちゃうかもしれない!」
「そっかぁ……」
テンマさんの表情が曇る。
「あたしは自業自得だけど、カリンには悪いよな……」
これはかなりピンチだぞ! どうしよう、何か、何かいいアイディアはないか!? ……あっそうだっ!!
「テンマさん! お願いがある! イブキ先生のところに戻って、カリンが吹っ飛んだのはアクシデントだったって説明してきて!」
「アクシデント?」
「うん! 僕が怖がって飛び降りられなかったから見かねたカリンがサポートした、でも結局降下中に僕がパニックを起こしちゃって助けようとしたカリンを思い切り突き飛ばした、って話してきてよ!」
僕の案を聞いたテンマさんは驚きで猫のような目をパチクリとさせる。
「でもそれじゃお前一人が悪者になっちゃうぞ?」
「僕の事はいいから! じゃあ頼んだよテンマさん! 僕はカリンを探してくる!!」
繋いでいた手を離して脱兎の如く走り出そうとした時、「待てよタイセー!」と肩を掴まれる。
「なに? 時間が無いから急がないと!」
「テンマさん、は止めてくれ」
テンマさんが立ち止まった僕の手のひらをぎゅうっと強く握る。
「あたしのこと、名前で呼んでほしいんだ。カリンみたいにさ」
斜め下に視線を落とし、軽く口を尖らせるテンマさん。見かけだけじゃなくこういう拗ねたような態度もなんとなく猫っぽさを感じさせるんだよなぁ。
「なぁいいだろ、タイセー?」
「い、今はそんなことを言ってる場合じゃないと…」
「カリンには後でちゃんと謝るからっ! あたしだってあんたが好きなんだぞ! カリンばっかりズルいじゃんかー!!」
テンマさんが僕にガバッと抱きついてくる。
ちょ…、ま、また君の胸が思いっきり当たってきてるんですが!?
そして女の子の胸ってスゴイや、とあらためて思う。
だってこんなにやわやわしていて瑞々しいのに、普段は地球の引力に逆らってあんなにプルンとした丸い形を保っているんだもん。クーパー靭帯が必死にサポートしてるのは分かるけど、女体の神秘ってヤツですね。
……つーか、こんなエロいことばかり考えてる場合じゃなかった! ここはおとなしくテンマさんの要求をきいてイブキ先生に早く説明に行ってもらわなくっちゃ!
「わ、分かったよ。じゃあイブキ先生への説明は頼むね。マ、マツリ…?」
言い慣れないので語尾が不自然にあがったけど、この娘はそれでも嬉しかったみたいだ。「うん! 任せておけ!」とニッコリ笑い、テレキネシスで自分の身体を浮かすとそのままイブキ先生の下へとすっ飛んでいってくれた。
……なんて単純な娘なんだろう……。でもそういう子、僕はキライじゃないけれど。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「カリーン!! どこーっ!?」
多分こっちの方に飛ばされたんだと思うけど……。僕に感知能力があったならすぐに見つけ出すことができるのに。自分のカスっぷりに反吐が出そうだ。
「カリーン!! 返事をしてよ!!」
やはり返事は戻ってこない。気絶しちゃってるのか? もしそうならきっと意識が無くなる最後まで僕に力を使ったせいだ……。いたたまれなくて下唇を噛む。
── カリンはどうしてこんな僕がいいんだろう……?
頼りがいも無いし、強くもない。特に容姿がイケてるわけでもないし、トドメは超能力も使えないときている。
考えれば考えるほど、僕がカリンにあれだけ好かれるだなんてやっぱりおかしい。世の常識としてあってはならないことだと思う。
“ 美女と野獣 ”ならまだインパクトもあってカッコもつくけど、“ 美女とダメ男 ”だなんて世間は誰も納得しないよ。
不甲斐ない自分が情けなくて涙が勝手に浮かんでくる。
目尻からこぼれないようにぐいと顔を上げると、その数メートル先に僕が必死に探していた、とてもとても大切なヒトが──、いた。