暴れ馬とランデブー
「いいかっ分かったなっ、エロタイセー!」
自らの巨乳をゆさゆさと元気に揺らし、テンマさんが僕に迫る。自信満々のその様子からして「No」という返事など微塵も考えていないっぽい。
「テンマさん」
「何だ?」
「ごめん」
僕は先に謝ると、テンマさんの右頬を打った。
決して全力で叩いたわけじゃないけど、パシンといい音が鳴る。頬を引っぱたかれたテンマさんは何が起ったのか分からず、ポカンと口を開けていた。
「今すぐ一緒にカリンを探しに行こう。そしてカリンに謝って」
「な…なにしやがんだお前!?」
「ひどい事をしたのはテンマさんだろ。しかも相手が反撃できないのを見計らって攻撃するなんて最低だ」
怒っている事を伝えるために左手でテンマさんの手首をギュッと掴む。
「さ、行くよ」
「はっ離せよ!」
テンマさんは暴れたが、それでも僕は掴んだ手首を離さなかった。一応テンマさんより握力はあるみたいで内心ホッとする。男の面目躍如ってとこかな。
「わぁっ!?」
しかしそれも一瞬のことで、あっという間に投げ飛ばされた。落ちた先はガケの端ギリギリ。あと一メートル遠くに飛ばされていたら危なかった。この真下なら保護用マットはたぶん無いはずだ。
「おっ、お前なんて、ちっ、力もろくに使えないくせに! ヘタレで落ちこぼれのくせに!」
念力で僕を華麗に吹っ飛ばせたのに、テンマさんはひどく動揺していた。バカにしていたヘタレに頬を打たれたのがよっぽど堪えたみたいだ。うっかりガケ下に落ちないように慎重に立ち上がると、身体についた泥を払う。
「テンマさん、僕のことはいくら悪く言ってもいいよ。力が使えないこともヘタレで落ちこぼれなことも全部事実だしね。でも今カリンにしたことは謝らなきゃだめだ」
「や、やなこった! 生意気なあいつに天罰を喰らわせてやって何が悪い!」
「それならテンマさんだって相当生意気だと思うよ?」
「くっ」
自覚があったのか、僕の突っ込みにテンマさんが黙る。
「行こうテンマさん。カリンが心配だから」
「もっ、元はと言えば、お前のせいなんだぞ!!」
打たれた頬に手を当て、テンマさんが吼える。
「……そうだね。確かにカリンとテンマさんの仲が悪くなったきっかけは僕のせいだ」
「分かってんならあいつを探しに行けなんて言うな!」
「それは出来ない。テンマさんには一緒にカリンを探しに行ってもらうよ。何があっても」
「何があってもだと!? お前、今だってあたしに吹っ飛ばされたじゃん!! どうやってあたしを引きずっていくつもりだよ!?」
「何度吹っ飛ばされたってテンマさんに喰らいつくよ。君がギブアップするまで諦めない」
「……お前っ……!」
テンマさんが悔しそうに表情を歪める。
「あたしはお前のそういう所が大っキライなんだ! 弱いくせになぜあたしに従わない!? 弱いヤツは強いヤツに迎合する、それが当たり前だろ!?」
「うん。世の中、大抵はそうだろうね。でも僕もその流れに乗る人間だとは限らないだろ?」
もう一度テンマさんに近づき、逃げられないように右手首をしっかりと掴む。
今度こそ容赦のない力で弾き飛ばされるかもしれないけど、それでも構わない。
「PSIをろくに使えないのにフルリアナスにいる僕がテンマさんは気に食わなかったんだよね。だったら僕は退学するよ。それなら君とカリンがケンカする事もないだろうし。それならいいだろ?」
「退学するって!? ここを辞めるのかお前!?」
「うん。カリンにもテンマさんにも楽しい学校生活を送ってほしいんだ。まだ入学したばかりでこんなトラブルになるのは皆が不幸になるよ」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
テンマさんが真剣な表情で僕の顔を覗きこむ。そしてお返しとばかりに掴まれていない方の手で僕の右手首を掴んだので、僕らは正面から向き合う形になった。
「この高校にいれば色んな特待もあるんだぞ!? お前、それがフイになってもいいのかよ!?」
「うん、そういう事には固執しないよ。元々僕がここにいることの方が間違っていると思うしね。だから行こう、カリンを探しに」
「…………」
「さっきは叩いてごめん。痛かったよね」
掴んでいた手首を離し、代わりにひんやりとした手のひらを握る。
そっと引っ張ると、テンマさんはもう抵抗しなかった。手を繋いだまま歩き出すと黙って後ろをついてくる。
良かった。これでカリンとテンマさんがケンカすることももう無いだろう。
成り行きでフルリアナスを退学することになっちゃったけど、ここでの先行きに不安も感じていたからこれがベストの選択なのかもしれない。
「タイセー……」
ガケを降りて森の中に入る頃、テンマさんに呼ばれて後ろを振り向く。
「な、なに?」
頭にいつもの “ エロ ” がついてなかったので、一瞬反応が遅れてしまったけど、僕のことを呼んだみたいだ。テンマさんは自分の足元を見ながら小さな声で言う。
「辞めるなタイセー……。辞めないでくれ……」
「え?」
「……お前が辞めたらあたしも辞めるぅーっ!!」
「わぁぁ!?」
テンマさんがいきなり抱きついてきたので後ろに盛大にひっくり返ってしまった。
「テンマさん!?」
「分かった!! やっと分かった!! なんであたしがあんたにいっつもイラついてたのか!!」
テンマさんはべそをかきながらなぜか僕の上に馬乗りになってくる。
もし男女の位置が逆ならばこのまま襲われてもおかしくないシーンに、ちょっとだけ恐怖心が湧き起こった。
「あたし、あんたが好きなんだ!! 好きだから苛めたくなってたんだ!! だからここを辞めるなんて言わないでくれよ!! タイセーにもう会えなくなるなんて嫌だぁーっっ!!」
ついにテンマさんがうわーんと大声で泣き出した。……相変わらずの馬乗り体勢で。
「タイセーが言うなら謝る! カリンに謝るから! だから辞めないでくれっ!!」
「テ、テンマさん、落ち着いてよ!」
必死に上半身を起こすと、暴れ馬のなだめ方を参考に、テンマさんの背中をトントンと叩いて落ち着かせる。つい「どうどう」と言いかけて慌てて口を閉じた。
ぐすぐすとまだ泣いているテンマさんを必死に誘導し、何とか身体の上から降りてもらう。
「タイセー、頼む……お願いだから辞めないでくれ……」
ちょこんと正座したテンマさんが僕に必死に哀願する。いつもの彼女からは想像できない姿だ。涙でうるうるとした瞳で見上げられ、心臓がドキリとする。
“ 僕に暴力的な女の子 ” というレッテルを剥がした素のテンマさんを見てみると、この娘もかなり可愛い容姿をしていることに今さらながら気付いた。
「なぁタイセー……頼むよ……」
「う、うん、分かった! とりあえず辞めない! 辞めないから! だから泣き止んでよ!!」
「分かった、泣き止む……。だから約束だぞタイセー……! 絶対に約束だからな……!」
テンマさんが僕にぶつかるようにドシンともたれかかってきた。
と同時にテンマさんの二つの巨乳も僕の上半身に元気にもたれかかってくる。
お、重い……。だけど柔らかい。この感触は気持ち良すぎです。
……あのー、それでですね、この後僕はこの事態をどう収拾すればいいのでしょうか?
少なくともテンマさんとこんな感じでカリンを探しに行ったら、僕は幼馴染であるあの美しきメデューサ様の手によって、そのままこの森で亡き者にされる可能性が非常に高いと思われます。