第二十九話:未来へ委ねて
康太は取り押さえられた得一を見下ろしていた。
もう、こうなっては得一に逃げる術は無い。救護に行っていた亮太達も帰ってきた。この全ての事件の根源のこいつをどうしようか。
「こいつを生かしといてメリットがあるのか」
康太は呟く。性根は腐っているが科学技術は一流だ。もっと完成度の高いワクチン、つまり感染が重度の患者に対しても効くものが造れるかもしれない。
「俺は無いと思うぞ」
と、和磨は言う。身体のいたるところに包帯を巻いている姿が痛々しい。
「生きている限り、また『マイラント』の様な化け物をまた造り出す。そうならないためにもここで処刑するべきだ」
和磨の意見は至極全うだ。
「殺すならウイルスに関する情報を搾り出してから殺そうぜ」
和司が和磨の意見に付け加えた。
「ふん、吐けって言われて誰が吐くんだよ。情報の有りかをさ」
得一は未だ小さい抵抗をする。
「いい加減吐かないと殺すぞ」
健斗が拳銃を得一に突きつける。
「殺せるものなら殺してみな。ウイルスは機密情報だ。情報の入ったファイルを開くことができるのは俺しかいない。それに万が一ファイルを開けてもお前らに分子生物学がわかるとは思えんがな」
この野郎まだ抵抗を続けるか。
「パスワードは?」
健斗が引き金に指を掛けた。
「だから、開いてもそれが理解できなきゃ意味無いんだよ。ここで俺を解放してくれりゃ開いてもいいけどな」
絶対にそんなことはしてはならない。得一の開こうとしているファイルがダミーの可能性もある。
「俺がいないと完成度の高いワクチンは完成しない。感染が軽度のやつには効くワクチンは既にあるがな。いずれにしろ、詰んだな」
「諦めよう」
康太がその一言を発した。
「得一の言動を聞いていると、この荒廃した世界は完全に再生することはできないってことだよ。それに、今後生まれてくる人間には『Rウイルス』に耐性を持っているかもしれない。かつての天然痘もそうだったように」
この発言は全体に波紋を呼んだ。
「つーことは、未来に委ねるということか? 俺等の世代での完全再生は諦めて」
和磨が聞いてきた。
「そういうことになるな」
康太はそう返した。
「で、こいつの罪は世界規模の感染を引き起こした殺人ウイルスを造ったってことか……決まりだな」
和司が呟いた。
「最後に言い残すことは?」
健斗は今度こそ撃つつもりだ。
「まだ、終わらんぞ」
得一の最期の言葉を聞くと、健斗は引き金を引いた。
ヘリの内部には火薬の臭いが拡がった。