第二十八話:王手
得一は長い隠し通路を歩いていた。
侮っていた。
まさか、隠し通路を使うはめになろうとは。だが、大丈夫だ。あの面子で追って来そうなのは尚人のみ。健斗は立っているのがやっとだし、康太も満身創痍だ。残りの和司、亮太、和磨は『マイラント』が始末しただろう。このエルバ島の本部は捨てて、ウクライナの支部へ向かうとしよう。その際、ここにある証拠は一切合財消滅させるとするか。
「くそが」
得一はそう呟き、左腕に刺さったダガーを抜いた。カラーンとダガーが落ちる音が通路に響き渡る。
「この通路を渡った先に脱出用のヘリがあるから、そこまでだ」
ふらついた足取りで通路を進んだ。
尚人も隠し通路を進んでいた。
さっきカラーンと金属が落ちる音がした。と、いうことは得一はそんなに遠くへ行ってないということだ。急いで向かわないと。
あの悪魔のことだ。この本部を捨て去って海外の支部へ向かうだろう。飛び立たれたら終わりだ。それまでに蹴りを付けよう。
「早く追わないと」
尚人は走り出していった。
得一は気づき始めていた。
足音がどんどん大きくなっている。
だがもう遅い。ヘリポートは既に目と鼻の先だ。
「おい、俺だ。得一だ。出発準備をしろ」
得一はヘリのパイロットに合図を送ると、すぐにヘリのエンジンがかかり始めローターが回り始めた。
「もうここに思い残すことは無い」
ヘリに得一は乗った。
それより少し遅れて尚人がヘリポートに辿り着いたのがコックピットから見えた。
「遅かったな! ではさらばだ!」
ヘリのエンジン音が鳴る中、得一が尚人に向かって大声を張り上げた。
しかし、中々ヘリが出発しない。不調でもあるのか。
「おい、なんで出発しない」
得一がパイロットに聞く。
「決まってるだろ」
パイロットは答え、サングラスを外した。
「おのれ……」
そこにいたのはパイロットではなかった。
「どうやって私の最高傑作を」
得一は怒りで手が震えている。
「なんとか倒したさ。三人がかりでな」
和司が笑うと、得一は拳銃を内側の胸ポケットから取り出した。
しかし、取り出した銃はすぐに手から離れた。自分の右腕を見ると出血しているのがわかった。
「もうこれで両手を封じた」
和司は刺したボールペンを引き抜いてそう言った。得一は力が抜けて崩れ落ちるのを感じた。
「遂に王手か」
得一はすでに悟っていた。
「その内、負傷者の救護が済んだら亮太達もここに来る。ここまでだな」
和司は得一に言い聞かせた。