第二十七話:ジョーカー
康太が得一と対峙している時、部屋の扉が開いた。
そこには満身創痍の健斗と足を引きずっているリョスケの姿があった。
「扉の前にはSPが二人いた筈だが?」
得一は言った。
「SP? なんのことだか?」
健斗の足元には黒服を着た男二人が倒れていた。
「リョスケ……その様子だとお前負けたのか」
得一は拳銃の照準をリョスケの額に合わせ、引き金を引いた。銃弾はリョスケの額を貫き、肩からその身体はずり落ちた。
「こう簡単に負けてもらっては俺の跡継ぎなんてできないよなぁ」
照準を今度は健斗に向けた。健斗はもう闘う体力なんて残ってないだろう。このままだと犠牲者がもう一人増える。
「自分の跡継ぎ候補をこうも簡単に殺せるのか」
康太は得一に疑問を投げかけた。
「ああそうさ。候補なんて探せばいくらでもいるからな」
やっぱりこいつ性根が腐ってやがる。
「健斗のその様子を見ると簡単に生け捕りできそうだな。ほっといてもいいか」
健斗に手を掛けることは防げた。ここは気まぐれを喜ぶべきか。現に健斗は息が上がっている。立っているのが精一杯だろう。
「まずはお前からだ」
得一は康太に向けて発砲する。康太は飛び込み前転で弾を避けるが、左腕が負傷しているせいでうまく前転ができない。回避も満足にできないか。
「こんな狭い室内で逃げ回ってどうするつもりだ?」
得一は発砲を続ける。ここで俺が倒れたら、あいつは間違いなく健斗を連れて行く。そうはさせない。
「この」
得一に向けて発砲するが当たらない。片手撃ちでは反動で軌道がずれる。右手に来るダメージも中々なものだ。
「どこを狙ってるんだ? やはり二年間の旅は辛かったか?」
弾を込めて得一は発砲を続ける。
直接倒すのは無理だ。弾がもったいない。
「どうすれば……」
康太は呟く。ふと天井を見ると豪華なシャンデリアが飾ってあるのが目に入った。
これだ。
康太は天井向けて銃弾を発射した。
「疲労で遂にまともに狙いをつけれなくなったか?」
得一が挑発をしてくるが、康太はそんな戯言には耳を貸さない。銃弾はシャンデリアを吊るしている鎖を掠め取った。万有引力の法則でシャンデリアは下に落ちる。
「小賢しい!」
空気が切れる音を感じ取ったのか、得一はとっさに後ろに下がって落下物から身を守った。
「おーおー、流石だな康太。機転が効く。この部屋にはシャンデリアはお前が落とした奴一つだけだ。ここで早くもジョーカーを使うとはな!」
安心して得一は銃口を康太に向ける。
「それはジョーカーじゃない」
康太が呟く。
「負け惜しみを言っても無駄だ」
得一が引き金に指を掛けた時だった。天井の排気口の蓋が緩み、落下したのだ。
「まさか?」
得一は銃口を康太から排気口の方へ向けた。
そうさ、シャンデリアを落とすのは切り札じゃない。シャンデリアが邪魔で排気口から出てこれなかったのだ。尚人がな。
この至近距離なら当たる。
「余所見を……」
康太が言いかけた時である。
「するとでも思ったか?」
得一は懐からもう一つ拳銃を取り出した。こいつ二丁撃ちもできるのか。
「全く舐められたもんだ。そんなたかが十代のガキに俺を殺せるとでも思ったか。滑稽だな」
得一は拳銃を康太の額に突きつけた。もう無理だ。今度こそ終わりだ。
「尚人が出てきた瞬間、鉛はお前の額を打ち抜く。尚人の始末はその後だ」
「もう遅い」
康太がぼそっと呟く。
「そろそろ年貢の納め時だ」
得一のその声はすぐに悲鳴に変わった。
「ぎゃあああああ!」
尚人のダガーが得一の左腕を貫く。激痛で得一は拳銃を落とす。落とした拳銃をすぐさま尚人は拾い上げた。
「言っただろ。遅いと」
康太の表情には笑みが浮かんでいた。
尚人は得一に拳銃を突きつけた。
「これからの言うとおりに従え」
尚人の一言には重みがあった。
得一は両手を挙げたまま一歩一歩後ずさりしていく。尚人は得一を本棚の前に追い込んだ。
「はい。大人しく従います」
得一はその時、本棚の一冊の本に手を掛けた。
すると、眩い光が発生した。
「くそ閃光弾か」
尚人は眩しさに目を腕で覆い、康太もとっさに目を瞑った。
「じゃ、あばよ」
得一はそう言い残した。
目が元に戻ってきた。部屋には健斗、尚人、そしてリョスケの亡骸はあるが得一の姿は見当たらなかった。
「あの野郎が消えた」
尚人は辺りを探している。
「本棚の本がスイッチだったんだ。追い込んだのにこれじゃ振り出しに戻っちまった」
尚人は地団駄を踏んでいる。
ここの部屋の通常出入り口は一つだけだ。と、なるとこの部屋のどこかに隠し扉があるってことだ。
「尚人、本棚を動かせるか?」
康太は尚人に頼んだ。
「あ?ああ」
尚人は本棚をずらした。すると隠し通路があるのがわかった。
「この先に得一はいるのか?」
「だろうな。俺は無理だ。尚人、行ってくれ」
康太は目を閉じ、尚人は走り出した。