第二十六話:『Rウイルス』誕生
今、康太は机を挟んで得一の前にいる。
机にはコーヒーカップが二つあり、湯気が立ち上っている。
「飲まないのか?」
得一が聞いてくる。
「飲む気分じゃない」
康太はそう答えた。毒が入ってるかもしれないコーヒーなんて飲めるか。
部屋には自分と得一の二人しかいない。尚人はこの部屋に入る前に別行動させた。二人だと警戒される。
「なんで『Rウイルス』なんて造ったのか?」
これを機会に『Rウイルス』のことを聞き出そう。この荒廃した世界を更生させる鍵があるかもしれない。
「あれは偶然だった」
「偶然?」
鸚鵡返しをする。
「自宅で趣味として実験をやってたら偶然生まれた」
自宅で細菌実験だと?しかも趣味として。正常な人間ではなそうだな。
「まずは動物実験をした。幾度無くウイルスをマウスに注射したが発症したのは五百匹に一、二匹だった」
話の続きを黙って聞く。
「何が駄目なのか? 百パーセント発症させるためには何が必要か? 必死に考えたよ」
「その必要なのは何だった?」
「星野だよ」
背筋がぞくっとした。自分の趣味の実験を成功させる為に己の生徒の命をも弄ぶ。真性のマッドサイエンティストだったか。
「それで星野を…」
言いかけた時だった。
「いや、それは少し後だ。まずは星野の髪の毛の毛根に含まれているDNAを使った。結果は成功だった。
飛躍的な発症率の高さになったよ。でもまだ百パーセントじゃなかった」
だから星野丸ごとを拉致したのか。
「この成功をきっかけに実験室を拡大することにした。新潟や中学校の古墳の下に造ったんだよ。全財産を投げ打ってな」
一教師の趣味から世界を巻き込む大犯罪に発展したのか。
「でも、結局は失敗した! 研究所からウイルスが漏れ出し、日本だけでなく世界までも人の住めない土地にしてしまった!」
と、思わず康太は叫んだ。
「失敗じゃない!」
得一は机を思い切り叩いた。コーヒーの水面が振動で揺れる。
「康太の言う通り、『Rウイルス』によって世界は滅んでしまった。でもこれによって平和は訪れた! 世界中の権力者は死滅し、人類は核の恐怖に怯えることはなくなった」
そんなのは間違っている。
「それは自身の失敗を正当化する為の言い訳に過ぎない!」
再び康太は叫ぶ。
「お前らなら鍵がある。誰一人感染することなく、二年間ライスヒューマンがうろつく世界を旅できた。身体に抗体の一つくらいできている筈だ」
「だから執拗に俺達を狙ったのか…」
「そうさ。更に強いライスヒューマンの作成は二の次にすぎない。まずはこの荒廃した世界を再生させる。その為にはお前らが犠牲になるんだな」
得一は胸ポケットから拳銃を取り出した。まずい、こちらは左腕が負傷している。そこを狙われると非常にまずい。
「世界平和の礎になれ!」
得一は発砲した。条件反射ですぐに避ける。まさか攻撃してくるとはな。お茶を出して話し合いじゃなかったのかよ。
もう一発弾丸は飛んでくる。これも避けることができた。その際、弾丸がコーヒーカップに命中し割れた。
「話し合いする気なんて最初から無かったんだな」
こちらも拳銃を取り出す。