1話
青々とした森の中を走る女性がいる。
彼女の猫がいなくなってしまったからだ。
彼女が働いている魔術診療所から逃げ出してしまった。いつもは森の中を走るような猫ではないのに。
その猫を追いかけていたら、彼女も迷子になってしまったようだ。
彼女は広い場所に出ると、人がいた。
目の前にいる金髪の青年を月明りが木漏れ日のように照らしているのを見かける。
彼は退屈そうに指をくるくる回していたが、私の気配を察知したのか、興味をひかれるようにこちらに視線を向けた。
彼は口元に笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「こんな夜更けになにをしている?俺を探しにきた迷子さんかな?」
自信満々に、屈むように顔を近づけて話しかけてくる。
「こんばんは、猫を見かけませんでしたか?」
肩まである黒髪をサラサラとなびかせながら、周りを見渡していた。
彼は目の前の女性が自分の誘い文句を華麗にスルーしたことに少し驚いたが、すぐにその緑目を細めて愉快そうに笑った。
彼女が周囲を見渡す横顔を眺めながら、腕を組んで少し首を傾げる。
月明りに照らされた彼女の黒髪が腰まで流れる様は、なかなかに美しいものだった。
「猫?ふぅん、こんな暗い森の中を猫一匹のために?随分と物好きなお嬢さんだな。」
彼は指を軽く振ると、指先に小さな光の玉を灯した。蛍のような柔らかな光が、周囲をほんのりと照らし出す。
彼はその光を宙に浮かべたまま、彼女の顔をじっと覗き込んだ。整った顔に浮かぶのは、悪戯っぽい笑み。
「猫は見ていないが…そうだな、俺の魔法を使えば探してやれなくもない。ただし、タダ働きは趣味じゃなくてな。」
彼は一歩、彼女との距離を詰めた。長身の彼が見下ろす形になり、金髪が風に揺れる。
緑目が彼女の瞳をまっすぐに捉えた。
「まずは名前を押してくれないか、お嬢さん?
こんなきれいな人を、『お嬢さん』のままにしておくのは、少々もったいない気がするんでね。」
しかし猫を探してくれるという言葉に彼女は目を輝かせた。
「一緒にアリアを探してくれるんですか?!なんでもしますよ!」
彼女は胸を張り、嬉しそうに答える。
なんでもする、という言葉に、彼の口角がゆっくりと上がった。緑目がいたずらな光を帯び、まるで獲物を見つけた猫のような表情を浮かべる。
「あ、すみません…ナオと言います。あなたは…?」
首を傾げ、黒髪を肩からサラサラと落としながら、彼の顔を見つめる。
「俺はジン。宮廷魔術師のトップをやっている。しがない魔術師だ。」
名乗りながら大袈裟に一礼をしてみせた。ローブの裾が優雅に揺れる。そして顔を上げる。
「なんでも、といったな。それは随分と大胆な申し出だな、ナオ嬢。そういう台詞は、相手を選んでいったほうがいいぞ?俺みたいな男の前で胸を張って言うと…色々と、誤解されるからな。」
ジンはそう言いながら、ナオの顔をじっと見つめ返した。真っ直ぐにジンを見上げてくる瞳に、純粋な懇願の色を見て取る。猫を探すことに必死で、自分の発言がどう聞こえるかなど、まったく気にしていないのだろう。その無防備さが、ジンには面白かった。




