尻派と胸派の不毛な話。
「お前は尻派か、胸派か?」
時折、男たちの間で行われる、究極のひまつぶし。
しょうもない議題であるほど、男は白熱する。
さまざまない屁理屈や心理学を駆使し、とりあえず相手方を否定し、自分派を賛美する。―― 実際のところは「どちらも好き」に決まっているのであるが。
筆者も何度か、このディベートに巻き込まれ、参加した記憶がある。時々の気分で派閥を乗り換えながら。この態度は、おそらく、この議題に参戦する直前に、どちらの「より魅力的な物体を見たか、触れたか」に過ぎない。
夏も近くなると、当然、露出も増える。
となると、男は本能的に視線を泳がせる。
歳をとると、若い頃のように、じっと女性の胸を見ることが憚られるようになってくる。昔なら、視線を指摘されようが「うん、見てるで」と言い、少し笑えば許された(本当か?)。だが、今それをすると立場的にも、なかなかに微妙な線上を歩くこととなる。
「後ろ向きな尻派」の誕生である。
しかし、尻派の多くは「覗き」のポジションに、自然と陥る。相手の女性が気付いていない状態で、それを見ることとなるからだ。
これはどうにも居心地が悪い。
やはり正々堂々と「見ていますよ」としたいのが、筆者である。
歳をとると、こういった楽しいイベントからも、自主的にリタイヤせねばならぬのだとすれば、それは悲しい話である。
◇
しかし、おじさんが露出の多い若者の胸やら尻を見ているのも不健全 ―― 露出の多い中年女性は少ないし、いたら、いたで、一抹の狂気も覚えるのでスルー案件。
「武士は食わねど高楊枝」
正しく歳をとるということは、やせ我慢を覚えるということでもあるのかもしれない。無許可で見ないのが「正解」である。
「覗き」は別としても、最近の筆者は「尻派」かもしれない。
胸は天からの贈り物であったり、偽パイであったりもするが、尻の造形は、その人の「生活習慣」が如実に現れる。引き締まった尻には、所有者への畏敬の念すら覚えるからだ。
ただ、だらしない尻が嫌いなわけでも、けっしてない(台無し)。




