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選ばなかった人生のその先で  作者: 柚子式


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第15話②

朝の支度は、いつもと変わらない。


鍋に水が張られ、火が入る。

火打ち石の音はない。

それでも、炎は迷いなく立ち上がった。


悠真は、その様子を黙って見ていた。


前の日に見た光景と、同じだ。

違いはない。

だが、見過ごせなくなっている自分がいる。


「……それ、どうやってるんだ?」


ぽつりと漏れた言葉に、母は手を止めなかった。

鍋の中をかき混ぜながら、当たり前の調子で答える。


「どうって……火をつけてるだけだよ」


「いや、そうじゃなくて」


言葉を探す。

だが、何を聞けばいいのか分からない。


薪に触れていない。

息も吹きかけていない。

それでも火は起きている。


父が、食卓の椅子を引きながら口を挟んだ。


「魔法だろ」


短い一言だった。

説明でも、定義でもない。


「……魔法?」


その言葉を口にした瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。


知らない言葉ではない。

だが、意味を伴っていない。


「……急にどうした」


父はそう言って、手を止めた。

理由を問うというより、様子を量るような目だった。


「今まで、そんなこと気にしたことなかっただろ」


理由を問うというより、変化そのものを確かめている口調だった。

悠真は黙り込んだ。


この家では、魔法は特別な話題ではない。


あるものとして、使われるものとして、誰も疑問を持たずに存在している。


分からないのは、自分だけだ。


その事実が、静かに、確かに、積み上がっていく。


食事のあと、父は戸口で靴紐を結び直していた。

母は空になった器を重ね、流しに運ぶ。


いつもなら、そこで会話は終わる。

だが、今日は違った。


「魔法って……誰でもできるのか?」


悠真の問いに、二人は同時に手を止めた。

驚いたというより、言葉の意味を量っている顔だった。


「できる人はできるし、できない人はできない」


母は、少し考えてから答えた。

言い切りではあるが、確信は弱い。


「父さんは使えないのか?」


「簡単なことくらいならな」


父はそう言って、指先を軽く動かす。

何も起きない。


「ほらな」


それで終わりだという態度だった。


「じゃあ、どうやったら使える?」


問いを重ねると、今度は父が眉をひそめた。


「どうやって、って……」


言葉が続かない。

母も困ったように首を振る。


「……昔、教わったって人はいたよ」


母はそう言って、少し記憶を探るように視線を落とした。


「村に来てた魔法使いに、簡単なことだけ教えてもらったって。ずっと前の話だけどね。

 でも、教わってもできる人とできない人がいたみたい。 

 同じことをやっても、うまくいく人といかない人がいたって。

 私も、そのときに教わったんだよ。火をつけるくらいまでだけどね」


「学院に行く人もいるけど……」


母はそう付け足し、すぐに言葉を濁した。


「でも、それは才能のある人だけだよ。誰でも行けるわけじゃない」


才能。

その言葉が、静かに置かれる。


「昔からそうだった。使える人は仕事にするし、使えない人は別のことをする」


父の声は淡々としていた。

不満も、諦めもない。


それが、この世界の分け方なのだ。


悠真は、何も言わなかった。


教えられないのではない。

教えるという発想自体が、

ここには薄い。


魔法は、学ぶものではなく、

“そういうもの”として存在している。


理解できないのは、

自分の能力の問題なのか。

それとも、

まだ入口にすら立っていないだけなのか。


答えは出ない。

だが、両親の言葉ははっきりしていた。


魔法は、誰にでも開かれているものではない。


その夜、悠真は寝台に横になり、天井を見ていた。


家の中は静かだ。

外では虫の声がしている。

昼間と同じ、いつもの夜。


昼までとは違う。


魔法という言葉を知った。

それが、この世界では

特別でも、危険でもないものだということも。


火は起きる。

水は動く。

重いものは軽く運ばれる。


それらは、誰かの努力の結果ではなく、

当たり前の生活の一部として存在している。


そして、使えない者もまた、当たり前に存在している。


両親は魔法を知っている。

だが、教えることはできない。

使えないからではない。

教えるという形を、持っていないからだ。


魔法は、学問ではない。

少なくとも、この家では。


できる人はできる。

できない人はできない。


そこに、理由は添えられない。


剣なら違う。

振れば、振った分だけ応える。

教えれば、少しずつ形になる。


だが、魔法は違う。


触れていないのに起きる。

途中が見えない。

結果だけが、そこに残る。


自分がどちら側なのか、

まだ分からない。


使えるのか。

使えないのか。


それすら、判断する材料がない。


ただ一つ、確かなことがある。


この世界には、静かな断絶がある。


見えない線が引かれ、越えられる者と、越えられない者が分かれている。


それは争いでも、差別でもない。

最初から、そうなっているだけだ。


悠真は、目を閉じた。


焦る理由はない。

今すぐ答えを出す必要もない。


だが、このままではいられない。


いつか、この断絶の正体を知らなければならない。


それが才能なのか。

仕組みなのか。

それとも、学び方の問題なのか。


まだ分からない。


だが、問いは残った。


魔法は、なぜ説明されないのか。


その問いだけが、静かに、確かに、次の日へと持ち越された。

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