第14話⑯
季節は、何度も巡った。
風の向きが変わり、
陽の高さが移り、
木々の色が静かに入れ替わる。
剣は、変わらない。
刃は研がれ、
構えは崩れず、
振るえば、狙ったところに収まる。
それが特別なことだと、
意識することはなくなっていた。
屋敷の外れには、
人の気配がある。
剣に触れる者もいれば、
ただ見ていく者もいる。
誰かが教え、
誰かが学び、
そして去っていく。
それを、悠真は遠くから見ていた。
口を出すことは少ない。
手を出すことも、ほとんどない。
必要がないからだ。
剣は、もう一人の中だけに収まっていない。
誰かの判断に委ねられ、
誰かの生活の中に置かれている。
それが、良いか悪いかは分からない。
だが、剣は確かに、
ここに残っている。
悠真自身も、剣を手放したわけではない。
ただ、最前に立つ理由がなくなった。
剣を振るうことは、
もはや選択ではなく、
必要なときに行う動作の一つだった。
時間は、静かに積み重なる。
剣は、まだ応える。
身体も、まだついてくる。
だが、
それだけでは測れないものが、
確かに増えていた。
剣が残したものは、確かにあった。
命が守られ、
時間が稼がれ、
戦が終わった場所もある。
名も知られぬ者たちが、
剣に触れ、剣から離れ、
それぞれの生活へ戻っていった。
それだけで、十分だったのかもしれない。
剣は、振るわれた瞬間に結果を出す。
迷いは切り落とされ、
躊躇は断たれる。
判断が遅れなければ、
多くのものは守れる。
その確信は、最後まで揺るがなかった。
だが、同時に、
剣では触れられない領域も見えていた。
剣を学んだ者が、
剣を使わない選択をする。
剣を振るえる力がありながら、
振るう理由を持たないまま去っていく。
それを、止めることはできない。
止める必要も、なかった。
剣は、道具だ。
目的にはなれない。
それ以上でも、それ以下でもない。
剣が残したのは、
可能性と、余白だった。
だが、剣が残せなかったものもある。
争いそのものを、
生まれないようにすること。
剣を振るう前の段階で、
判断が共有される仕組み。
剣は、最後に立つ存在だ。
最初にはなれない。
それを理解したのは、
剣を極めてからだった。
もし、剣がなくても、
同じ結果に辿り着けたのか。
それは分からない。
だが、剣があったからこそ、
見えた限界がある。
守れたものと、
守れなかったもの。
終わらせた戦と、
始まる前に止められなかった争い。
そのすべてを、
同じ重さで受け止める。
剣の人生は、
何かを成し遂げたとは言えない。
だが、
何も残さなかったとも言えない。
その中間に、
確かに立っていた。
夜は、特別なものではなくなっていた。
灯りを落とし、
音の少ない時間が訪れる。
それは、若い頃から変わらない習慣だった。
剣は、壁に立てかけてある。
抜かれることを待つでもなく、
誇らしげに主張するでもなく、
ただ、そこにある。
それで十分だった。
身体は、思うようには動かない。
だが、衰えを嘆くほどでもない。
剣を振れば、応える。
構えれば、刃は迷わない。
それができるうちは、
剣の人生は続いていると
言っていいのだろう。
だが、続いていることと、
満ちていることは、同じではない。
悠真は、剣から目を離す。
視線の先にあるのは、
剣とは関係のない日常だ。
人の声。
足音。
誰かの笑い。
剣がなくても続く時間。
剣では測れない価値。
それらを否定する理由は、どこにもなかった。
剣は、必要なときに振るわれた。
判断は遅れず、責任は引き受けた。
それだけは、胸を張れる。
だが、世界そのものに届いたかと問われれば、答えは出ない。
剣で終わらせた争いはあった。
剣では止められなかったものもあった。
剣がなければ、もっと多くを失っていたかもしれない。
剣があっても、すべてを救えたわけではない。
それが現実だった。
剣を極めたからこそ、その限界が見える。
剣を信じてきたからこそ、疑問が残る。
剣だけで、本当に届いたのだろうか。
その問いは、答えを求めてはいなかった。
ただ、そこにあるだけだ。
呼吸が、少しずつ浅くなる。
無理に整える必要はない。
終わりは、準備するものではなかった。
剣の人生は、ここまでだ。
満足しているとは言えない。
後悔しているとも、違う。
ただ、この先があるなら、別の形で向き合う必要がある。
そう思えた時点で、答えは一つだった。
剣を握る人生は、終わった。
だが、問いは、終わっていない。
意識が、静かに遠ざかる。
闇は、冷たくもなく、優しくもない。
それでも、拒む理由はなかった。
剣だけでは、足りなかったのか。
その確信を抱いたまま、悠真は息を引き取った。




