第14話⑮
剣を振るわない日が、増えていた。
必要がなくなったわけではない。
衰えたわけでもない。
ただ、判断の中心から、静かに外れただけだ。
屋敷の中には、
剣とは関係のない時間が流れている。
声があり、生活があり、
次の世代へ続いていく営みがある。
それを守るために剣を握ってきた。
その順序は、今も変わらない。
だが、守るという行為が、
自分一人で完結している限り、
いずれ必ず行き詰まる。
自分がいる間はいい。
剣を振るえる間も、判断できる間も。
だが、その先はどうなる。
次代に託す。
それは自然な発想だ。
だが、次代が一人である必要はあるのか。
間に合わなかった場合はどうする。
選ばれなかった者は、何を守る。
戦場で見た光景が、
その問いに現実味を与えていた。
力はあった。
人もいた。
それでも、終わらなかった。
問題は、剣の強さではない。
剣が「どこに、どれだけ存在できるか」だ。
このままでは、剣はまた偶然に委ねられる。
そう気づいたとき、
ようやく一つの言葉が浮かんだ。
――継承の形が、足りていない。
それは、剣の問題である前に、
生き方の問題だった。
次代に託す、という考え方自体は古い。
家を継ぐ。
技を渡す。
それだけなら、どの家でもやっていることだ。
だが、剣の場合、それは少し違っていた。
剣は、使われなければ意味がない。
だが、使われる場面は選べない。
いつ、どこで、誰が必要とするかは、
生きている者の都合とは無関係だ。
次代に一人、間に合えばいい。
その考え方は、平時なら成り立つ。
だが、戦場では通用しなかった。
間に合わなかった者がいた。
選ばれなかった者がいた。
力はあっても、剣を持つ理由を与えられなかった者がいた。
それは失敗ではない。
制度の問題だ。
剣を「誰に渡すか」という問いに、
あらかじめ答えを一つしか用意していない。
その形が、結果として剣を偶然に委ねている。
これまで、その形を一子相伝と呼んできた。
家の中で守られ、濁らせないための知恵として機能してきた。
悠真自身、その仕組みの中で育った。
だから、否定する理由はない。
間違っているとも思わない。
ただ、それは「次代を一人に限定する」ための形だ。
剣を残すという目的に対して、
手段が狭すぎる。
剣は、技であり、理屈であり、
積み重ねだ。
血を引いているかどうかとは、
本来、直接結びつくものではない。
そう考えたとき、
初めて別の形が見えてくる。
一人に渡すのではない。
家の中に閉じるのでもない。
剣を学ぶ「場」を残す。
剣を振るう者を選ぶのではなく、
剣を学べる状況を用意する。
段階を分け、理屈を残し誤った使い方をさせないための線を引く。
それは、剣を広めることではない。
剣を、偶然から引き剥がすための構造だ。
この考えは、まだ仮説に過ぎない。
だが、少なくとも一つだけは確かだった。
次代に一人託すだけでは、
剣は残らない。
構想は、言葉のまま置かれなかった。
剣をどう残すか。
その問いに答えを出したというより、
試さずに終わらせないと決めただけだ。
最初は、小さな場だった。
屋敷の外れ。
人目につかない時間帯。
剣に興味を持つ者が、数人集まるだけの場所。
血筋は問わない。
年齢も揃えない。
剣を振るう理由も、決めない。
教えるのは型ではなく、順序だ。
どう立ち、どう構え、
どこで止めるか。
振るう前に、考えること。
数年が過ぎた。
人は増えた。
減りもした。
残ったのは、剣が生活の中にあり、
必要な場面でだけ使われるという感覚だった。
反対はあった。
家の中からも、外からも。
剣を外に出す危うさ。
名と結びつくことへの警戒。
理解もあった。
戦争を知る者ほど、剣が一人に依存することの危うさを分かっていた。
どれも、想定の範囲だった。
悠真は、押し切らない。
だが、引き返しもしない。
場を閉じることも、大きく広げることもしなかった。
剣は、少しずつ形を変えていく。
個人の腕から、
考え方へ。
家の名から、
構造へ。
それが正しいかどうかは、
まだ分からない。
ただ、確かなことが一つある。
剣は一人の中で完結させるものではなくなった。
構想は静かに現実の時間へと移っていた。




