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選ばなかった人生のその先で  作者: 柚子式


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第14話⑭

話は、特別な形で切り出されたわけではなかった。


朝食の席で、いつも通りの配置。

給仕が下がり、食器の音が落ち着いた頃、父が一言添えただけだ。


「そろそろ、先のことを考える時期だな」


剣の話ではない。

修行の話でも、戦の話でもなかった。


家の者たちは、誰も驚かない。

むしろ、この話題が今まで出なかったことの方が、不自然だった。


剣聖の名を継いだ。

それだけで、多くのことが後回しにされてきた。

必要だったからだ。

誰も異を唱えなかった。


だが、戦は終わり、名も定まった。

剣が理由で先送りにしてきた事柄が、

一つずつ、元の位置に戻ってくる。


結婚も、その一つだった。


貴族にとって、それは義務に近い。

家を繋ぐため。

血を絶やさないため。

個人の感情より、先に置かれる理由がいくつもある。


悠真は、黙って話を聞いていた。

否定もしない。

かといって、即座に頷くこともしない。


剣なら、判断は早い。

振るうか、収めるか。

迷う時間は必要ない。


だが、この話題には、

刃を入れる場所がなかった。


「話だけは、進めておこう」


父の言葉は、提案に近い。

命令ではない。


家は、待つつもりでいる。

それが分かったからこそ、

悠真は答えを急がなかった。


剣の外にも、

人生は続いている。


その事実が、

ようやく言葉になっただけだった。


相手の名が出たのは、数日後だった。


名門ではあるが、剣の家ではない。

戦で功を立てたわけでもなく、学問で名を馳せたわけでもない。

それでも家格は釣り合っている。

それが、まず示された理由だった。


条件としては、過不足がない。

誰かの思惑が強く出ている様子もなく、

無難という言葉が最も近い。


「話をするだけだ」


父はそう付け加えた。

決定ではない。

だが、白紙でもない。


悠真は、その説明を淡々と受け取った。

剣の稽古であれば、

型の意味も、次に繋がる理由もすぐに見える。


だが、この話には、正解の形がない。


会う理由は、理解できる。

断る理由も、見当たらない。

それでも、積極的に進める理由があるかと言われれば、

即答はできなかった。


剣で測れるものは、明確だ。

間合い。

力。

速さ。


結果は、常に一つに収束する。


だが、人との関係は違う。

優劣も、勝敗もない。

どこまでを「選択」と呼び、

どこからを「流れ」と呼ぶのかさえ曖昧だ。


相手の家が求めているのは剣の腕ではない。名でもない。


それは、剣聖の妻という役割であり、

次代を繋ぐ存在であり穏やかな日常を受け止められる人間かどうかという点だった。


剣を振るう場面では、悠真は常に判断する側だった。


だが、この話では判断される側に立たされている。


その感覚が、少しだけ居心地が悪い。


逃げたいとは思わない。

拒む理由もない。


ただ、剣では測れない価値が、

確かにそこにある。


それを無視して進めば、

いつか歪みになることだけは、

剣の人生で学んでいた。


だから、急がない。


結論を先に置かず、

まずは話をする。


それが、この場で選べる

唯一の誠実な態度だった。


結論は、静かに出た。


誰かが強く背中を押したわけではない。

時間が迫ったわけでもない。

話を重ね、空気を確かめ、

それ以上、拒む理由が見当たらなくなっただけだ。


婚約の話は進められることになった。

形式は整い、書類が用意され、

必要な手順が淡々と確認されていく。


そこに、劇的な瞬間はない。


剣の稽古であれば、

一合の打ち合いで流れが変わることもある。

戦場であれば、一瞬の判断が結果を分ける。


だが、これは違う。


人生の話は、気づいたときにはすでに前に進んでいるものらしい。


屋敷に戻ったあと、悠真は一人で庭に出た。


剣は、いつもの場所にある。

抜いてもいいし、抜かなくてもいい距離だ。

それが変わることはない。


ただ、選択の中心ではなくなった。


これから先、剣を振るう場面がなくなるわけではない。

だが、剣だけで決められることは、

確実に減っていく。


家があり、人が増え、守る対象が変わる。


それは弱さではない。

剣を鈍らせる理由にもならない。


ただ、基準が増えるだけだ。


悠真は、剣に触れなかった。

触れなくても、そこにあると分かっている。


剣は、人生を守ることはできた。

それは確かだ。


だが、人生そのものを決めるものではない。


剣の外に、まだ続きがある。


それを受け入れるには、もう剣を振るう必要はなかった。

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