第3話
転生してからの人生は、前回よりも少しだけ早く進んだ。
気づけば社会人になり、仕事に就き、実家と程よい距離を保ちながら生活していた。
職場では大きな失敗もなく、評価も安定している。前回ほどの孤立感はない。
ある日、両親から話があった。
「一度、会ってみないか」
それは相談というより、確認に近い口調だった。
悠真は少し考えたが、強く拒む理由も見つからない。
「……そうですね。会うだけなら」
そうして、お見合いが始まった。
相手は穏やかな人だった。
価値観に大きなずれはなく、会話も途切れない。
好きかどうかと問われれば、判断はつかなかったが、嫌ではなかった。
何度か会ううちに、話は自然と結婚へ向かっていった。
「どうする?」
相手がそう尋ねた時、悠真は少し間を置いてから答えた。
「……問題はないと思います」
そうして、結婚は決まった。
誰かが決断したというより、流れがその形を取っただけだった。
結婚生活は、静かに始まった。
「おはよう」
「おはようございます」
朝の挨拶は、いつも同じ調子だった。
食事を取り、仕事に向かい、夜に戻る。
会話は成立している。
不満も、衝突も、ほとんどない。
「今日、遅くなりそうです」
「分かりました。先に食べてますね」
そうしたやり取りが、淡々と積み重なっていく。
相手は、こちらに踏み込みすぎない。
悠真もまた、深く踏み込まない。
不幸ではない。
だが、特別に満たされてもいなかった。
二人で暮らす生活には、確かな変化があった。
一人でいた頃より、部屋は整い、時間の使い方も規則正しくなる。
誰かと生活を共有しているという実感は、確かにあった。
「最近、仕事どうですか」
「特に問題はないですね」
「そうですか。それならよかった」
こうした会話が、日常の中に溶けている。
周囲からは、よく言われた。
「落ち着いたな」
「順調そうだね」
悠真自身も違和感はなかった。
前よりは、ちゃんと人生を進めている。
そう感じる瞬間も、確かにあった。
結婚してから、時間が過ぎた。
子供の話題が出ることはあったが、急ぐ空気ではなかった。
検査や通院をするようになったのは、ずっと後になってからだ。
「今すぐどうこう、という話ではありません」
医師は淡々と説明した。
「そうですか」
二人とも、それ以上は踏み込まなかった。
責めることも、言い争うこともない。
ただ、時間だけが静かに積み重なっていく。
周囲の人生が次の段階へ進んでいくのを、横目で見ることはあった。
だが、焦りというほどの感情は湧かなかった。
満ちていない感覚は、あった。
それでも、不足を口にするほどの理由もなかった。
体の違和感に気づいたのは、ある朝だった。
「……少し、だるいな」
疲れだろうと思い、そのまま出勤した。
だが、同じ感覚は何度も続いた。
「一度、診てもらった方がいいんじゃないですか」
妻がそう言った。
「そうですね。近いうちに」
検査は思ったより多く、結果は思ったより重かった。
「しばらく、通院が必要になります」
医師の言葉を、悠真は静かに聞いた。
取り乱すことはなかった。
仕事は続けた。
生活も、大きくは変えなかった。
逃げてはいない。
だが、何かを決断した感覚もなかった。
病状は、少しずつ進んだ。
できていたことが、できなくなる。
日常の輪郭が、削れていく。
「無理しないでください」
「大丈夫です。まだ動けます」
そう答えながら、悠真は自分の体を測っていた。
最期の時間は、静かだった。
妻はそばにいたが、大きな言葉は交わさなかった。
意識が薄れていく中で、悠真は思う。
――選ばれた人生ではあった。
――だが、これは自分が選んだ人生だっただろうか。
答えは、出なかった。
暗転。
光。
落ちる感覚。
また、始まるのだと――
そう理解する前に、意識は途切れた。




