第14話④
卒業式は、静かに進んだ。
広間に集められたのは、いつもの顔ぶれだ。
華美な装飾はなく、並ぶのは名簿と証書だけ。
学院は最後まで、余計な演出をしなかった。
名前が呼ばれ、前へ出る。
一人ずつ、証が手渡される。
それは栄誉ではない。
学びを終えたという、ただの確認だ。
悠真の名が呼ばれたとき、視線が集まった。
だが、ざわめきは起きない。
剣の噂も、学問での評価も、すでに共有されている。
今さら、ここで強調することではなかった。
証を受け取り、一礼する。
形式通りの動作で、列に戻る。
隣に立つ者は、家の話をしていた。
領地へ戻る者。
婚姻の話が決まっている者。
後見に入る者。
それぞれが、それぞれの場所へ戻る準備をしている。
特別なことではない。
儀が終わると、広間はすぐに解散した。
教官の一人が、短く言葉をかける。
「問題なく修了だ」
「ここで学ぶことは、もうない」
評価でも、別れの挨拶でもない。
事実の確認だった。
悠真は頷く。
それで十分だった。
学院は、学ぶための場所だ。
学びが終われば、戻る。
その単純な仕組みが、最後まで崩れることはなかった。
式が終わった後、学院はいつもより静かだった。
卒業生の多くは、すでに荷をまとめている。
廊下ですれ違う顔ぶれも、どこか落ち着かない。
家に戻る者もいれば、そのまま別の地へ向かう者もいる。
進む先は違っても、学院を出るという点だけは同じだった。
悠真は中庭を歩き、呼び止められる。
「少し、いいか」
声をかけてきたのは、学監の一人だった。
形式ばった部屋ではなく、窓際の長椅子に腰を下ろす。
「成績は、すでに見ているだろう」
悠真は頷いた。
特筆すべき点があったわけではない。
上位に並び、測れない部分には余白がある。それだけだ。
「学問に問題はない」
「剣についても……学院として言うことはない」
言葉は淡々としている。
評価でも、説得でもない。
「ここで、何かを求めるつもりはない」
「学院は、整える場所だ。送り出す以上のことはしない」
それは線引きだった。
「君は、すでに整っている」
そう告げて、学監は話を終える。
助言も、将来の話も続かなかった。
別れ際、別の教官が一言だけ口にする。
「剣の話も、学問の話も、ここでは終わりだ」
それで十分だった。
中庭に戻ると、数人の卒業生が集まって話している。
誰がどこへ戻るか。
どの家と縁がつながるか。
悠真は、その輪に入らない。
呼ばれもしなかったし、呼ぶ必要もなかった。
視線が向けられることはある。
だが、それは興味や評価ではなく、距離だった。
「完成している」
「だから、ここに置く理由がない」
そんな空気が、自然に共有されている。
悠真はそれを拒まない。
学院は役割を果たした。
自分も、ここでやるべきことは終えた。
残るのは、帰るという行為だけだった。
学院を出る日は、特別なものではなかった。
朝の門はいつも通り開き、馬車も規則正しく並んでいる。
見送りの言葉も、長い別れもない。ここを去る者にとって、それが自然だった。
悠真は荷をまとめ、門をくぐる。
振り返ることはしない。
学院は、学ぶための場所だ。
学びが終われば、出る。それだけのことだった。
道は、屋敷へ続いている。
舗装された石畳から、土の匂いが混じる道へと変わっていく。
景色が変わるたび、学院の空気が遠ざかっていくのが分かった。
迎えの者は、多くを語らなかった。
必要な確認だけを済ませ、馬車は静かに進む。
剣は、膝の上に置かれている。
学院では飾りに近かったそれが、今は自然にそこにある。
屋敷の門が見えたとき、空気が変わった。
広さでも、重さでもない。
戻ってきた、という感覚だけがある。
門が開き、馬車が止まる。
悠真は地面に足を下ろす。
使用人たちは、形式通りに迎えた。
言葉は少なく、動きは整っている。
父の姿は、まだ見えない。
母の声も、聞こえない。
それでよかった。
ここは学院ではない。
評価も、確認も、終わっている。
悠真は屋敷の中へ進む。
剣を携え、足取りは変わらない。
戻った。
ただ、それだけだ。
学院での時間は、ここで終わる。
次に何が待っているかは、まだ語られない。
屋敷の扉が閉じ、外の音が途切れたところで――
その一章は、静かに幕を下ろした。




