第13話⑤
師匠と別れてから、すでに数年の時が流れていた。
別れは特別なものではなかった。修行が終わったわけでも、決裂したわけでもない。
ただ、並んで戦う必要がなくなった。それだけだ。
師匠は次の戦場へ向かい、悠真は一人で剣を振るう道を選んだ。
教えは、すでに骨にまで染み込んでいる。
迷いを捨てること。
敵と判断した瞬間に、終わらせること。
それはもう、誰かに教えられて使う技ではなかった。
悠真は依頼を受け、各地を巡った。
街道を荒らす賊、村を脅かす存在、名も残らない小さな争い。
剣を抜く場面は多くない。
抜いたとしても、一瞬で終わる。
相手が剣を構えるより早く、距離を詰める。
声を上げる前に、斬る。
戦いは短く、結果だけが残った。
倒れた敵よりも、守られた日常の方が多い。
悠真の仕事は、常にそうだった。
ある日、逃げ場を失った敵と対峙したときも変わらない。
状況を見て、即断する。
踏み込み、剣を振るう。
一度だけ。
刃が通り、相手はその場に崩れ落ちた。戦いと呼ぶには、あまりにも短い時間だった。
その場に居合わせた人々は、しばらく動けなかった。
何が起きたのか、理解する前に終わっていたからだ。
倒れた敵と、静かに剣を収める悠真。
その差だけが、はっきりと目に焼き付いた。
それ以来、悠真は名前で呼ばれることが減っていった。
一太刀で終わらせる剣。
戦いを始める前に、すべてを断ち切る存在。
人々は、いつしかそう呼ぶようになる。
――《一断》。
本人がその異名を知るよりも早く、噂だけが先に広がっていた。
「……《一断》が来た、だと?」
現場に集まっていた者たちの間に、ざわめきが走った。
悠真はその反応を気に留めることなく、足を止めて周囲を見渡す。
逃げ道は三つ。
遮蔽物は多いが、逆に言えば動きは読める。
人の配置も悪くない。指示が通れば、混乱は起きない。
「状況を教えてくれ」
短い言葉だったが、周囲はすぐに応じた。
誰も異を唱えない。説明も簡潔だった。
「敵は奥に。数は五……いや、六かもしれません」
「動きは?」
「速い。ですが、まだ仕掛けてきてはいません」
悠真は一度、頷く。
「全員下がれ。俺が前に出る」
「一人で、ですか?」
「十分だ」
それ以上の言葉は要らなかった。
悠真が一歩踏み出しただけで、場の空気が切り替わる。
物陰から敵が姿を現す。
速い。だが、悠真の動きはそれよりも早かった。
距離を詰める。
一太刀。
一人目が倒れる前に、二人目へ。
角度を変え、踏み込み、また一太刀。
「な……っ」
「もう、終わりか……?」
敵が理解する前に、数は減っていく。
悠真は止まらない。剣を振るう動作に、無駄がない。
最後の一人が逃げようとした瞬間、悠真は地面を蹴った。
「遅い」
低く呟き、刃が走る。
戦いは、そこで終わった。
静寂が戻る。
倒れているのは敵だけだった。
誰一人、傷を負っていない。
「……全部、終わったんですよね?」
恐る恐る尋ねる声に、悠真は剣を収めながら答えた。
「終わった。もう大丈夫だ」
その一言で、張り詰めていた空気が一気に緩む。
誰かが膝をつき、誰かが深く息を吐いた。
「本当に……一太刀だった」
「噂通り、いや……それ以上だ」
感嘆と安堵が入り混じった視線が、悠真に集まる。
だが、本人はそれを気にしなかった。
倒れた敵を一瞥し、周囲を見回す。
逃げ遅れた者はいない。
混乱も起きていない。
――問題なし。
それが、悠真の結論だった。
「後は片付けを頼む。無理はするな」
それだけ言い残し、悠真は踵を返す。
誰かが呼び止めようとしたが、言葉は続かなかった。
背中が、すでに次の現場を見据えていたからだ。
剣士と並んでいた頃とは違う。
今は、一人で判断し、一人で終わらせる。
それが当たり前になっている。
悠真は歩きながら、特別な感慨を抱くこともなく、ただ次の道を選んだ。
《一断》。
その異名が示す通りの戦いを、
今日も、何事もなく終えただけだった。




