第13話④
英雄の仕事は、特別な出来事ではなくなっていた。
噂が立ち、依頼が届き、向かう。
それを、繰り返す。
剣を抜く理由も、構えも、判断も、すでに整理されている。
迷いはない。
確認があるだけだ。
悠真は、いつの間にか隊列の一角を任されるようになっていた。
前に出ることもあれば、回り込むこともある。
その配置は、自然に決まる。
誰かが指示を出すわけではない。
だが、動線は重ならず、役割は被らない。
敵が現れれば、対処する。
問題が起きれば、処理する。
それだけのことだ。
かつては、英雄の背中を追っていた。
今は、並んで歩いている。
視界の広さが違う。
周囲を見渡し、先に動ける。
剣を構える前に、どこが危険で、どこが不要かが分かる。
剣は、特別なものではなくなった。
手に馴染み、重さも、長さも、意識の外にある。
必要なときに、必要なだけ振るう。
それで、事足りる。
英雄の仕事に、緊張感がないわけではない。
ただ、それは恐怖ではなく集中だ。
悠真は、今日の任務を淡々と受け止めていた。
これも数ある一つだ。
剣を学んだ理由を、改めて考えることはない。
今は、できるかどうかではなく、
やるかどうかだけが残っている。
強さは、誇るものではない。
証明するものでもない。
使うものだ。
そう理解できている時点で、
自分はもうここに立っていい。
それが、揺るぎない実感としてあった。
街道沿いの集落で、武装した一団が居座っているという報せが入った。
規模は中程度。数は多くないが、統制は取れている。
師匠は状況を一瞥し、進路を分けた。
「左を頼む」
短い指示だった。説明はない。
だが、十分だった。
悠真は頷き、視線を左へ送る。
建物の影、荷車の脇、退路になり得る細道。
位置関係はすぐに把握できた。
踏み込む距離も、抜ける角度も、頭の中で組み上がる。
最初に飛び出してきたのは二人。
構えは荒いが、間合いを詰める速度は悪くない。
悠真は一歩下がり、相手の踏み込みを誘う。
刃が振り下ろされた瞬間、体を半身にずらし、手首を狙う。
金属音。剣が落ちる。
間を置かず、次の相手へ。
視線は低く、重心は前。
踏み込みは浅く、軌道は短い。
急所に届く線だけを引く。
刃が通り、相手は倒れた。
後方で別の音が重なる。師匠の動きだ。
こちらを気にする様子はない。
互いに邪魔をせず、互いに補完する位置関係が保たれている。
悠真は前に出過ぎない。深追いもしない。
逃げ道を潰し、分断し、確実に数を減らす。
判断は速く、ためらいはない。
必要な場面では刃を振るい、不要な場面では止まる。
残った者たちは散った。
追撃はしない。
目的は達している。
集落の中央で、師匠が剣を納めた。
悠真も同じ動作をする。視線が交わる。
言葉はないが、合図は成立していた。
戦いは終わった。
被害は最小限。
混乱は短く、収束は早い。
悠真は呼吸を整え、周囲を確認する。
自分の位置取り、判断、結果。
どれも崩れていない。独力で成立していた。
撤退する一団を見送り、悠真は集落の裏手へ回った。
逃げ遅れ、あるいは潜伏。どちらにせよ、残っている可能性がある。
納屋の影で、気配が動いた。
短剣を握った男が一人。周囲を窺い、退路を探している。
その動きだけで、十分だった。
敵だ。
悠真は踏み込む。
声は出さない。距離を詰め、間合いに入った瞬間、刃を走らせる。軌道は短く、狙いは明確だ。
男は声を上げる前に倒れた。短剣が地面に転がる。
悠真は剣を下ろし、周囲を確認する。ほかに動く気配はない。
背後から足音が近づいた。師匠だ。
師匠は倒れた男を一瞥し、悠真を見る。
「いい動きだ」
それだけだった。
だが、十分だ。
悠真は剣を納める。心拍は乱れていない。
判断も、動きも、迷いはなかった。
戦わせなかった。
それが、この剣の在り方だ。
集落の後始末が始まる頃には、もう戦闘は終わっている。
悠真は外周に戻り、警戒を続けた。
戦いが終わったあとの集落は、静かだった。
混乱は短く、後始末は早い。負傷者は出たが、命を落とした者はいない。
武装した一団は完全に排除され、街道は再び通れるようになった。
悠真は外周の確認を終え、戻ってきた。剣は納めている。呼吸は整い、動きに無駄はない。
師匠は井戸のそばに立ち、集落の様子を一瞥していた。
特別な感慨は見せない。ただ、状況を把握しているだけだ。
悠真が近くに立つと、師匠は一度だけ視線を向けた。
「問題ない」
短い言葉だった。だが、それで十分だった。
以前なら、確認や指示があった。今はない。必要がないからだ。
悠真が何をし、どこを見て、どう動いたか。師匠はすべて把握している。
集落の者たちが、距離を保ちながら礼を述べる。
言葉はばらばらで、まとまりはない。それでも感謝だけは伝わる。
師匠は軽く頷き、踵を返した。次の場所へ向かう合図だ。
悠真も歩き出す。並ぶ位置は、自然に決まった。
半歩遅れることも、前に出過ぎることもない。
道を進みながら、今日の戦いを振り返る。
判断は遅れていない。
動きは崩れていない。
結果も出ている。
剣は通り、役割は果たされた。
それだけのことだ。
高揚はない。疑問もない。達成感すら、薄い。ただ、できることをやり、終えただけだ。
師匠が歩みを緩めることはない。
だが、隣にいる存在を気にする様子もなかった。
それが答えだった。
英雄の背中を追う必要はもうない。
同じ道を、同じ速度で歩けている。
悠真は前を見据え、剣の柄に軽く触れた。使うためではない。確かめるためだ。
ここに立つ資格はもうある。
それが、今日の結論だった。




