第13話③
師匠の仕事に、同行するようになった。
といっても、旅ではない。
村から村へ、街道から街道へ。
噂が立ち、依頼が回り、問題が起きる場所へ向かう。
英雄の仕事は、思っていたよりも短い。
到着し、状況を確認し、剣を抜き、終わる。
大仰な宣言も、名乗りもない。
ただ、必要だから斬る。
悠真はその背中を少し離れた位置から追う。
剣を構え、周囲を警戒し、逃げ道を潰す。
自分がそこにいる意味は、ある。
盗賊が散り、武装が解かれ、問題が“処理された”後、師匠が振り返ることはない。
だが、足を止める必要もなかった。
役に立っている。
それは、確かな実感だった。
以前なら、後ろに下がるだけの場面だ。
今は、前に立てる。
剣は振れる。
間合いも分かる。
急所も、見える。
殺すかどうかの判断は、まだ来ない。
だが、逃げる側ではなくなった。
英雄の隣に立つということが、
どういう意味を持つのか。
それを、少しずつ理解し始めていた。
このまま行けば、自分もここに並べるのではないか。
そんな錯覚が、ほんのわずかに胸に芽生え始めていた。
街道沿いの集落で、盗賊が出た。
規模は小さい。
だが、武装は揃っている。
師匠は足を止め、状況を見ただけで前に出た。
躊躇はない。
「囲め」
短い指示だった。
悠真は回り込み、逃げ道を塞ぐ。
間合いは取れる。
視界に入る相手は二人。
盗賊の一人が剣を振る。
動きは荒い。
力任せで、隙が大きい。
師匠は半歩、踏み込んだ。
刃が走る。
音は、ほとんどしなかった。
倒れたのは盗賊だ。
師匠の動きは止まらない。
二人目。
三人目。
斬り合いではない。
処理だった。
悠真は、自分が教わってきた動きを思い出す。
間合い。
急所。
一撃。
盗賊が突っ込んでくる。
悠真は剣を振る。
刃は、相手の腕を裂いた。
悲鳴が上がり、剣が落ちる。
悠真は止まった。
踏み込みを切る。
師匠が、すぐ横を通り過ぎる。
次の瞬間、盗賊は倒れていた。
終わりだ。
血の匂いが残る。
地面に、動かない身体が転がる。
師匠は剣を拭き、周囲を見回す。
「終わった」
それだけ言った。
集落の人々が、遅れて集まってくる。
礼も、言葉も、混乱の中に溶ける。
悠真は、自分の剣を見る。
通っている。
狙った位置に、届いている。
それでも、違いは明確だった。
師匠は、相手を“戦わせない”。
こちらが構える前に、こちらが迷う前に終わらせる。
強い、というより、速い。
勝てる戦いだった。
被害も、最小限だ。
だが、その場に残った血の量を見て、
悠真は理解する。
この勝利は、剣が通ったからこそ成り立っている。
それ以上でも、それ以下でもない。
その夜、集落は静かだった。
盗賊は倒され、道は再び通れる。
畑も家も、これ以上荒らされることはない。
それでも、眠れない者は多かった。
火の落ちた焚き場のそばで、悠真は一人、剣の手入れをしていた。
刃に残る血は、すでに拭い取られている。
だが、匂いだけが消えない。
勝った。
間違いなく、勝利だった。
師匠の判断は早く、動きは正確で被害は最小限に抑えられている。
それでも――足りない。
昼間、倒れた盗賊の顔が脳裏をよぎる。
戦う間もなく、
叫ぶ間もなく、
ただ、倒れた。
正しかった。
必要だった。
それは分かっている。
だが、同時に気づいてしまった。
剣は、問題を切り取ることはできる。
だが、問題を消すことはできない。
盗賊は倒された。
だが、なぜ彼らがそこにいたのかは、
何も変わっていない。
別の場所で、別の集落で、同じことが起きる。
師匠は、焚き場から少し離れた場所で立っていた。
夜の闇に溶け込み、背中だけが見える。
その姿は、英雄と呼ばれる存在そのものだ。
だが、悠真は気づき始めていた。
英雄がいる場所でも、すべては救えない。
今日、守れたのはここだけだ。
剣が届いた範囲だけだ。
もし、同時に別の場所で起きていたら。
もし、数が違っていたら。
もし、もっと悪意が深かったら。
考え始めると、終わりがない。
剣を強く握る。
自分は、確かに強くなった。
以前の自分とは比べものにならない。
それでも、すべての悪を断ち切れるほどではない。
勝利の手触りは、確かにある。
だが、その向こうに、
底の見えない闇があることも感じている。
悠真は剣を納め、夜空を見上げた。
星は静かに瞬いている。
この光景が、いつか失われるかもしれない――
そんな予感が、胸に沈んだ。




