表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
餌付けしてしまった  作者: けんたん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第4話

「お風呂、ありがとうございます。大変助かりました。それに着替えまで貸していただいて……必ず新しいのを返しますので」


「お、ちょっとは気分さっぱりしたかな? さっきは全然反応してくれなかったから心配だったんだよ。

 まあ、若干というか、無理矢理連れてきちゃったしな。着替えに関しては気にしなくていいよ。返す必要もないから。……さ、スープも出来上がったし、飲みながらちょっと話でもしようか」


 彼に促されるまま、私はテーブルの椅子に腰を下ろした。

 木のぬくもりを感じる小さな部屋に、湯気と香ばしい香りがふわりと広がる。お風呂上がりで火照った頬に、その湯気が心地よかった。


 彼は鍋から丁寧にスープをすくい、私の前に差し出す。

 その仕草が、なぜかとても穏やかで、胸の奥が少しくすぐったくなった。


「出来立てで熱いから、気をつけて飲んでくれよ」


「ありがとうございます。お風呂だけでも申し訳ないのに、スープまで用意してもらって……」


「気にしなくていいよ。ただ、一つだけお願いしてもいいか?」


 その瞬間、彼の瞳が真っすぐこちらを捉えた。

 ――えっ、お願い?

 胸の奥で小さな警鐘が鳴る。ここまでしてくれたんだし、きっと“それ”を求められる。

 男の人だから、当然……。


 嫌なわけじゃない。助けてくれた恩人だし、優しくて、悪い人ではないと思う。

 でも、覚悟なんて――まだ、できていない。


「あの、わ、私……初めてなんで、その……痛くは、しないでください……」


「――このスープの出来栄えを、なるべく細かく聞かせて欲しい」


 二人の声が、ぴたりと重なった。

 沈黙。空気が、数秒間、凍りついたように静止する。


「……初めて? 痛くしないで?」「……スープ? 出来栄え?」


 互いに相手の言葉を理解するまで、時が止まったかのようだった。

 やがて、彼が口を開く。


「あー、ごめんな。もしかして、俺の“お願い”って、助けたんだから体を寄越せとか言うと思った?」


 図星だった。顔に血が上るのが自分でもわかる。

 私は耐えきれず、顔をテーブルに押し付けて隠した。

 恥ずかしい。死にたい。いや、もう蒸発したい。


 そんな私を見て、彼が堪えきれず吹き出した。


「な、なんで笑うんですかー! もう……! お風呂に入りながら、だんだん意識もハッキリしてきて、もしかして今日、私……卒業しちゃうんじゃないかって不安になってたのにっ。

 でも、こんなに優しくしてくれるから大丈夫かなって思ってたら、“お願いがある”なんて言われて! だから覚悟したのに……なんなんですか、“スープの出来栄え”って!

 もしかして、私って思ったより魅力ないんですか!? あのおじさん達の視線、ただの自意識過剰だったとか!?」


「おいおい、落ち着けって。そんなに興奮したら、せっかくのスープがこぼれちまうだろ。

 ……この際だからハッキリ言うけど、魅力がないわけないだろ。

 自意識過剰? いや、あんたの感じた視線は正しい。

 それだけのスタイルに、あの幼い顔つきのギャップ――そりゃ、たいていの男は邪な思いの一つや二つは抱くだろうさ」


「な、なんですか、その言い方!」


「でもな――あの時、あんたが流した涙を見たら、手なんか出せるわけないだろ。

 それに、タオルを渡した時に見えた姿を思い出したら、逆に通報されるんじゃないかって怯えたんだよ」


「なっ、わ、私は助けてくれた人を通報するような最低な人間じゃありません! なんで怯えるんですか、失礼ですよ!」


 ――その後、十五分。

 お互いが思っていたことを遠慮なくぶちまけ、ようやくスープを飲める空気に戻った。


 そして気づけば、二人とも笑っていた。

 さっきまでの誤解が、少しだけ距離を縮めてくれたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ