第4話
「お風呂、ありがとうございます。大変助かりました。それに着替えまで貸していただいて……必ず新しいのを返しますので」
「お、ちょっとは気分さっぱりしたかな? さっきは全然反応してくれなかったから心配だったんだよ。
まあ、若干というか、無理矢理連れてきちゃったしな。着替えに関しては気にしなくていいよ。返す必要もないから。……さ、スープも出来上がったし、飲みながらちょっと話でもしようか」
彼に促されるまま、私はテーブルの椅子に腰を下ろした。
木のぬくもりを感じる小さな部屋に、湯気と香ばしい香りがふわりと広がる。お風呂上がりで火照った頬に、その湯気が心地よかった。
彼は鍋から丁寧にスープをすくい、私の前に差し出す。
その仕草が、なぜかとても穏やかで、胸の奥が少しくすぐったくなった。
「出来立てで熱いから、気をつけて飲んでくれよ」
「ありがとうございます。お風呂だけでも申し訳ないのに、スープまで用意してもらって……」
「気にしなくていいよ。ただ、一つだけお願いしてもいいか?」
その瞬間、彼の瞳が真っすぐこちらを捉えた。
――えっ、お願い?
胸の奥で小さな警鐘が鳴る。ここまでしてくれたんだし、きっと“それ”を求められる。
男の人だから、当然……。
嫌なわけじゃない。助けてくれた恩人だし、優しくて、悪い人ではないと思う。
でも、覚悟なんて――まだ、できていない。
「あの、わ、私……初めてなんで、その……痛くは、しないでください……」
「――このスープの出来栄えを、なるべく細かく聞かせて欲しい」
二人の声が、ぴたりと重なった。
沈黙。空気が、数秒間、凍りついたように静止する。
「……初めて? 痛くしないで?」「……スープ? 出来栄え?」
互いに相手の言葉を理解するまで、時が止まったかのようだった。
やがて、彼が口を開く。
「あー、ごめんな。もしかして、俺の“お願い”って、助けたんだから体を寄越せとか言うと思った?」
図星だった。顔に血が上るのが自分でもわかる。
私は耐えきれず、顔をテーブルに押し付けて隠した。
恥ずかしい。死にたい。いや、もう蒸発したい。
そんな私を見て、彼が堪えきれず吹き出した。
「な、なんで笑うんですかー! もう……! お風呂に入りながら、だんだん意識もハッキリしてきて、もしかして今日、私……卒業しちゃうんじゃないかって不安になってたのにっ。
でも、こんなに優しくしてくれるから大丈夫かなって思ってたら、“お願いがある”なんて言われて! だから覚悟したのに……なんなんですか、“スープの出来栄え”って!
もしかして、私って思ったより魅力ないんですか!? あのおじさん達の視線、ただの自意識過剰だったとか!?」
「おいおい、落ち着けって。そんなに興奮したら、せっかくのスープがこぼれちまうだろ。
……この際だからハッキリ言うけど、魅力がないわけないだろ。
自意識過剰? いや、あんたの感じた視線は正しい。
それだけのスタイルに、あの幼い顔つきのギャップ――そりゃ、たいていの男は邪な思いの一つや二つは抱くだろうさ」
「な、なんですか、その言い方!」
「でもな――あの時、あんたが流した涙を見たら、手なんか出せるわけないだろ。
それに、タオルを渡した時に見えた姿を思い出したら、逆に通報されるんじゃないかって怯えたんだよ」
「なっ、わ、私は助けてくれた人を通報するような最低な人間じゃありません! なんで怯えるんですか、失礼ですよ!」
――その後、十五分。
お互いが思っていたことを遠慮なくぶちまけ、ようやくスープを飲める空気に戻った。
そして気づけば、二人とも笑っていた。
さっきまでの誤解が、少しだけ距離を縮めてくれたような気がした。




