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はしごを降りる際に、クラゲを日光に当たる様に手すりにひっかける。夜獣もコクーを求めているなら、日光浴に意味があるはず。ならきっと、クラゲも陽の光で回復するだろう。
「ちょっとでもげんきになれよ」
クラゲとの別れは一時的な物とは言え、少し寂しく感じる。
しばらく進んだところで振り返ると、はじめて船の全身が見えた。流線形のはずなのに、どこかずんぐりとした印象を受ける。側面には赤い嘴、白黒グレーの羽が描かれた鳥のマーク。
なるほど、室内の配色がほとんどモノクロなのに座席だけが赤いのはこの鳥をモチーフにしたからなのか。実在するのかどうかはわからないが、この鳥に帰る場所は果たして存在したのだろうか。
ため息をつき、夜獣の群れをみる。
「この中を歩くのか……」
足が震える。昨日の森での出来事から太陽の元なら大丈夫だとわかってはいる、が。陽が沈んでからの狂乱はしばらくの間忘れることは無いだろう。恐怖は簡単には抜けない。
「たのむ、おとなしくしてくれよ」
幸い昼の彼らはフイに興味がない。体を起こすことはおろか、目を開けることすら無かった。ただ、日の当たる向きに体勢を変えるだけだ。
見覚えのある看板が、砂に刺さったままだ。文字は読めないが、目印にはなっている。この看板の向こう側に自分たちよそ者用の出入り口がある。以前よりも崩れてはいるが、人一人は通れる。
施設内部に入る。想定はしていた。至る所に血の跡や引き裂かれた衣服が落ちている。中には見覚えのあるものもあった。
孤児で流れ者のフイを散々こき使って、時には気分で痛めつけた奴の物だ。あの頃は死ねばいいと思っていた。今も棒で叩かれた手首が痛む。だが今は、ただ、哀れだと思った。
感傷を振り払うように先に進めば、以前作業していた貯蔵庫だ。だがそこには巨大な穴が開いていた。当時は地中の貯蔵庫を掘り起こしているつもりだったが、砂に埋もれてそう見えただけで、本来は地上の設備だったらしい。
縁に腹ばいになって底をのぞき込むと、ちぎれた配管や瓦礫、その奥底には見覚えのある倉庫が鎮座していた。目的地は見えているのに、穴が深すぎてここからは降りられない。
「……仕方ねえ、遠回りだ」
向かう先はコクー精製場の中央部。自分には興味を持つ事さえ許されなかった場所だ。下に行く手段があるとしたら、おそらくそこだろう。
建物の反対側へ回り、かつては近づくことも恐ろしかった立入禁止の札の横を通り過ぎる。当時は「近づいたら殺される」と本気で思っていた札が、今見るとただの板切れだ。どこかあっけなく感じる。
そして精製場入り口。かつては巨大な扉があったのだろうが、今は壁に大穴と、豪奢で分厚い扉の残骸が瓦礫になって落ちている。
それらを跨いで内部に入ると、自分たちがいた区画とは違う、整然とした空間が広がっていた。……血痕を除けば、だが。
天窓から光が差し込み、黒いガラスの板を照らしている。手をかざせば光の中、埃が金色に舞った。
今のフイにはこれが何かわかっている。船にあったものと同じ物、制御盤だ。
「これを知っている奴は街の特権階級。金ももらえて当然ってやつか」
かつて街に来たばかりのフイが精製の仕事に就きたいと言ったとき、子どもだったが容赦なく袋叩きにあった。
訳も分からず薄汚い強欲な孤児と蔑まれたが、なるほど。これは隠したくもなる。そりゃ偉そうにもするわけだ。
制御盤に手を触れた瞬間起動する装置。
《こん…ちは。ご希望は……》
少しざらついた音声。だが十分に動いている。
「近場に船を泊めた。コクーの補給をしたい」
そう尋ねると、ジ、ジジジ、しばらく停止する。幸いなことにこれも音声で指示が可能なようだ。
《飛行……艇〈…テルナ・パラティ…エァ〉認証…ま…た》
その時遠くから大きな機械音が聞こえる。慌てて外に出ると、遠くに見える船の横に塔がたっており、そこから船に管が差し込まれていた。
「!?」
だが、唖然と見るフイの耳に、聞き捨てならない言葉が聞こえる。
《コクーの貯蔵がありま…ん。補給、不可》
「お前がないのかよ!」
制御盤を見ると、施設側のコクーは空なのが分かる。
じゃあどこに。施設内のマップを出す。すると、コクー補給用の貯蔵庫と、穴に落ちた貯蔵庫は同じ場所にある事が判明した。
つまり、地上はカラ。落ちたほうにまだ残ってる。取りに行くしかない。
「いま施設はどれぐらい損傷している?夜獣は内部にいるのか?それをもとにこの貯蔵庫にはどうやって行けばいい?計算できるか?あと聞き取りづらいから文字でも示してくれ。」
もちろんフイもできるだけ自身で調査をするが、時間が限られている今、使える物は使いたい。
《了解い…ま…た。計……で四時間かかりま…。…ばらくお待ち下…い》
その声を最後に、制御盤に残り四時間と表示される。
「マジか……これは、不味いかもしれねえな」
既に太陽は真上だ。これは最悪の場合も想定しなければならないだろう。




