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《まもなく目的地に到着いたします。座席から立たず、おかけになってお待ちください》
アナウンスに目が覚めた。いつの間に眠っていたらしい。耳の奥に残る低い振動と、座面越しの微かな震えが、寝起きの体を包み込む。
膝の上のクラゲは相変わらず動かない。冷たい体が服越しにじわりと伝わり、足先まで冷えていた。長く抱えていたせいで、硬い輪郭が押し痕を残している。
中に蓄えられたコクーも、残すところ小指の爪程度。指で形を測るみたいにその小ささをなぞる。幸い、ただ抱えているぶんには消耗はほとんどない。
何もさせず、刺激せず。ただ抱えているだけなら光は減らない。町で見たほかの妖精たちも光りながら揺蕩っているだけだった。
そもそもが無茶をさせすぎたのだ。あの港で、あの影の群れからフイを空へ逃がしたとき、限界を超えた。
ベルトを自分で締めて着陸に備える。バックルの金属が乾いた音を立て、ベルトのこすれる音が響いた。自分で締めれば、あの過剰な拘束にはならない。途中で学んだことだ。
機械任せにしたら肋骨ごと縛り上げられ、息をするたびにベルトが肺を押さえつける。もし音声指示が出来なかったら、その仕様を知ることは無かっただろう。安全のためだとしても、やり過ぎだ。
そうこうしているうちに、機体がふっと沈み、体が上下に跳ねた。着陸だ。
だが息をつく間はない。ここからは時間との勝負。かつての配置を思い起こし、おおよそのルートを引く
自分の予想が正しければ、この街は廃墟なんて生易しいものじゃない——夜獣の巣だ。
タイムリミットは陽が沈むまで。いや、沈む前にすべてを終わらせ、船を飛ばさなければならない。
自分を空へ逃がした妖精は、自分のせいで死にかけているのだから。
《ハッチを開錠します》
ガゴン、と重い音が響き、朝日が差し込む。まだ低い太陽が、部屋の奥まで光を差し込む。
朝日を肌で感じるのは、やけに久しぶりに感じた。
出入り口から外を見ると、地上が十メートルほど下に見える。思っていたよりずっと高い。
気が付かなかったが、この乗り物はそれなりに大きい。ドア脇の表示灯が緑に変わると、自動で地上に向かって軋みながらはしごが出る。が、降りる前に周囲を確認する。
今となっては懐かしさすら感じる砂漠。乾いた空気に、工場独特の臭いが混じっている。近場にあるのは精製場と付随施設だ。
当時は此方のほうには来なかったし気が付かなかったが、上から見下ろすと地下の施設も見える。床に穴が開いたのか配管が覗いており、砂の中で蛇の骨みたいにうねっている。
そして、日を浴びて寝そべる夜獣の群れ。
本来なら食い尽くした街からは早々に姿を消す夜獣だが、コクーの気配を感じているのかもしれない。身を潜ませることも無く堂々と姿をさらしている。
港町の時とは違い、肉食型と草食型が入り混じっている。昨日見たような草食型の夜獣から、処刑の賭けで人気だった肉食型の夜獣まで様々だ。
巨大な船の着陸に驚き、いったん身を起こした個体も、何も起きないとわかるとまた倒れ込んだ。陰になった連中は、日の当たる側へずるりと移動して再び横たわる。
誰も、フイには目を向けない。
おそらく施設内に夜獣はいない。連中は皆、外で日差しを貪っているはずだ。陽を求め、暗がりは避けているだろう。
昼になる前には、きっとクラゲも腹が満たされて持ち直すはず。
足を進める前にふと船のことが気になって、座席に戻る。
「この船、燃料は何だ? あとどれくらい飛べる」
《はい。お答えいたします。飛行艇〈ステルナ・パラディサエァ〉はコクーを使用燃料に採用している最新鋭の機体でございます。残り飛行可能時間は、三時間でございます》
三時間。一晩さえ乗り切ることが出来ない。夜獣は数頭程度ならまだしも、数えきれないぐらいいる。さすがにこの数の夜獣が一斉に襲い掛かったら、いくら頑丈とはいえ、ひとたまりもない。
——つまり、船のぶんのコクーも確保しなければならない。
「補給はどうやってやるんだ?」
《こちらになります》
そう言って、見覚えのある施設がまだ新しかった時のであろう地図と手順が表示される。
指先で空中にルートをなぞる。配管、クレーン、補給棟、E-3、戻って積み込み——そこで手が止まった。
線は砂に描いたみたいに消える。港の地下施設とは違って、ここはほとんど崩れている。地図にしかないとはそういうことだ。
《推奨ルートを表示しますか?》
「いらない」
慣れない綿密さは捨てる。やることは分かりきっている。
二人そろって明日を迎えるため。クラゲと船の分、コクーを確保する。




