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還光の月  作者: 卵掛 小保下
砂漠の墓標
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 クラゲに多くの事を伝え、船も安定して飛べる事、クラゲに今は出会ったときと同じぐらいのコクーが入っていること。とりあえず話せることを沢山伝えて、――それから十数分後。

 

 《目的地付近に到着いたしました。推定された地点にて複数の瓦礫を認識。》


「おいおい、人が住んでいたんだぞ。瓦礫って。せめて廃墟とかだろ?」


《否定いたします。人間が住むに適していない環境です。居住記録無し。瓦礫は何者かに投棄されたものと推測》


 「……。まあ、この船出来たときにはまだ、あの町は無かったんだろ」


 夜獣の襲撃から十年以上経っているのだ。何もないとは思っていたが、まさか船から住居の跡地とさえ認識されないとは。


「あの場所付近に夜獣や人間はいるか?しばらく滞在していたらなんか襲われたりとか」


《指定の土地の付近には生物の痕跡がありません。仮に今この瞬間から最も近い場所の生物が指定の土地に向かったとして、距離を考慮すると1週間は必要です》


「俺の故郷、ド田舎だったのか……」


 乾いた笑い声が、夜の船内でやけに響いた。クラゲが頭上で上下に揺れ、からかいかツッコミか分からない角度でフイを覗きこむ。


《現在上空三〇〇〇mです。一〇〇〇mまで降下し旋回しますか?》


「ああ、そうだな。そのまま周って……。いや、やっぱり着陸してくれ」


《承知いたしました》


 船が星の海から地上の暗闇に沈みこみ、かつての故郷へと着陸をする。クラゲと一緒に外に出ると、そこに広がる景色は船の言った通り、瓦礫が散らばるだけだった。


「はは、遠くの山とかは変わってねえのに。建物も木々もなんも残ってねえのか」


 散らばるのは石の塊だけ。金具はもちろん、家具や食器、布の切れ端に至るまで、人の痕跡らしい物は何1つ存在しない。使えるものは持っていかれたのだろう。自分たちもかつてやったことだ。


 気が付けばクラゲはそばから離れて散策している。夜の暗闇の中、光り輝くクラゲは見失う事だけは無いのでフイも落ち着いてやるべきことを続けた。


「ま、俺だって予想はしてたけどよ。……瓦礫、ね」


 フイは周囲の現実に記憶の中の街並みを重ねて歩きだす。場所はもちろん、かつての住居。


 フイはとある場所にたどり着き散らばった石を1つ1つ確認すると、何かに気が付いたのか、突然大笑いした。気になったクラゲがフイの元へ戻ってくる。


「あー、ここだ。鶏小屋も消えてっけど、案外残ってんだな」


 フイはしゃがみ込み瓦礫の1つを撫でる。そこにはかつての幼い自分が刻んだ落書きが残っていた。


 ねずみ。猫。意味のない〇、△、□。


 なぜ忘れていたのだろう。かつての日々が鮮明に浮かび上がる。


(あにき、これみて、さっき見たの!ねずみ!)

(お、上手に描けたな。将来は画家か?じゃあ俺は猫を描こうかな)


 その後、台所の包丁で壁に刻んでいたのがばれて、兄と一緒になって母に怒られた。そんな事まで思い出す。


 「あー、そんなこともあったな」


 ひとしきり笑うと、勢いよく立ち上がる。周囲には、やはり瓦礫しか残っていない。風が吹くたび、砂が巻き起こる。


 「父ちゃん、母ちゃん、兄貴……」


 自分はこの街から逃げ出した。でもそれは肉体だけ。心は逃げる事もできず、幼い自分はずっとここで泣いていたのだ。


「さよなら、しなくちゃな」


 落書きが刻まれた石を集めようとしたが、なかなかの重さで、持ち上げるのに苦労する。


「うお、っ、やっぱ、重いな」

 

 するとそばにいたクラゲの体内のコクーが弱く明滅した。クラゲが慰める様に石を撫でると、石が驚くほど軽くなった。


「ありがとよ、クラゲ。でも無茶だけはやめてくれ」


 クラゲと一緒に住居だったあたりに石を横一列に並べる。墓標だ。今のフイができる精いっぱいの見送り。遺体は無いが、思い出はここにある。


 ようやく家族の墓を作れた。本当は、友達やお世話になった人たちの墓も作りたいが……。


 「悪い、ここまでで勘弁してくれ」


 石の向きを揃え、砂を払い、最後に落書きの面を上にする。ねずみと猫が、かすれた線でこちらを見ている。


 風が一段と強くなり、払った砂がまた戻ってくる。時が経てばまた砂に埋もれてしまうのだろう。フイはしばし目を閉じて息を長く吐き、思いを馳せる。

 

「父ちゃん、母ちゃん、兄貴。どこまでやれるか分かんねえけどさ。」


 目の前にあるのはただの石だけ。なのにやけに緊張する。別れを告げなければならないと思うと、鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。


「行くとこまで行ってみる!もう諦めねえから!だから、だから……!」


 一息ついて一歩下がる。夜の冷たい空気が胸に刺さる。けれど、胸の底で燻っていたものが、ゆっくりと形を変えていくのがわかった。


「――いってきます!」


 言い切って、フイは船に向かって走り出した。抑えきれなくなった涙がぽろぽろこぼれる。

 本当は完全に別れを告げるつもりだった。でも、これできっとよかった。もし『さようなら』と言っていたら、いつかどこかで進めなくなったかもしれないと思った。


 このかつて町だった場所はそう遠くないうちに砂に埋もれるのだろう。だが、フイが生きている間は決して消えない。記憶に残り続けるのだ。町の人々も、家族も。いつかフイが死に、魂がこの町に帰るその日まで。だからフイは記憶の中の人々に伝えるのだ。


(ただいまは、その時まで待っててくれよな)


彼の足取りは軽いとは言えない。だがその一歩一歩、すべて力強く踏みしめ、確かに存在を残していた。


 


 フイが去ったあと、彼を追いかけていたクラゲが進みを止める。光が揺れ、大きくなり、幼児ほどの大きさになった。少しの間墓標のほうを見つめると、ぼんやりと人影が見えた。


 全てが正反対の人影が対峙する。だが何かをするでもなくそれは佇むだけだった。それでも通じた何かがあったのだろう。クラゲの光が落ち着き、いつもの大きさに戻る。墓標の人影も消えていた。

 クラゲはおもむろに触手で〇とジェスチャーをして、光をなびかせながらフイの元までするりと飛んで行った。

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