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フイは船内の操縦席に掛け、周辺のマップを出す。
「……っと。あー、たぶんここだな」
マップの何もない地域を指先でトントンと叩く。
《その地点には該当する施設、住居などがありません。登録しますか?》
「いや、いい。まずこのあたりの上空に行ってほしい」
《承知いたしました》
アナウンスが響くと、船が大きく上昇する。船体が少しばかり傾き、周囲は砂漠から雲の上となる。地平が下へ滑り、夕日が雲を照らしている。
クラゲはフイと違いベルトの固定はいらないらしい。操縦席のフイの上で、回転するようにフヨフヨと漂っている。
妙に黙っているのは、フイが窓の外ではなく、地図の「該当なし」という表示を見ているのを分かっているからだろう。フイが何をしたいのかが分からないので、とりあえずフイにちょっかいを出すことなく漂っているのだ。
「なあ、クラゲ」
呼びかけながらも、フイは顔を向けない。指は画面の縁に置いたまま、視線だけが遠くへ行っていた。
「お前と会った町に住む前にさ、別の町にいたんだ。そこが俺の故郷でさ」
少しだけ、言葉が詰まる。息をひとつ置いて、言葉を整える。
「俺がまだチビだったころかな。商売に行った商隊が戻ってこなくて。まあ、夜獣にやられたんだろ」
パネル表示の上空に、船影が射す。周囲のスクリーンのガラスに自分の輪郭が薄く映り、その向こうで砂の皺が風に流されていく。
フイは正面を見続けた。正確には、マップに存在していない、かつての日々を。
「その年に来るはずのコクーと金がねえんだ。皆焦って、町の働き手全員で周辺の滅びた町に金目の物を漁りに行った。」
高度が安定したのか、ベルトの着用サインが消える。いつもならすぐに外すのに、そのままにしている。
「当然だけどよ、そんなこと考えてるやつらなんて数えきれないほどいる。行ったところで盗りつくされてるか、あってもほんの僅かなもんでさ」
クラゲは回転をやめて、フイの頭上に移動する。
「その中に兄貴もいたんだ。俺はバカでなんもわかっちゃいねえガキだったから、寂しくてさぁ。『ちょっとしか取れねぇなら行っても無駄じゃん』って言っちまったんだ」
「なのに兄貴、笑ってて」
言いながら、右手が膝の布を軽く摘む。そこに昔の手の重さがじんわりと乗る錯覚がする。
『そうだな、これだけじゃお前どころか赤子の口だって潤せやしない。でもな、ちょっとしたことの積み重ねがいつかの未来につながるんだ。大事なことなんだぞ』
記憶の中の声は、もうわからない。でも火のそばで、フイに語り掛けた言葉、思い出せない誰かが弦楽器を指で弾く風景は鮮明に蘇る。
「ヒデエ事言ったのに、兄貴、怒らなくて。頭撫でてくれた」
いつしか夕日は落ち、空に残るのは残照。そのかすかな明かりがフイの横顔にあたる。
「でも何回かの遠征で兄貴たち帰ってこなかった。結局、コクーを買えるほど金目のもんはたまってなくて、働き手をみーんな失って」
乾いた口蓋に、言葉が一度、ひっかかる。
「コクーを妖精に食わせられなくなっちまったら、あいつらその日のうちに飛んでいきやがった。」
クラゲがかすかに触手をキュッと縮める。だがフイは振り向かない。
上空の景色からはいつしか残照さえも消えており、辺りは夜となっていた。
「で、夜になったら夜獣が村を襲ってきて、みんなてんでバラバラに逃げた。それを最後に家族には二度と会えなかった」
あの走る音。砂の上に倒れた金属の皿を踏む甲高い音。誰かの叫び。誰かの名。どれも、もう終わったことだ。
「俺は運よくあの砂漠の町にたどり着けた。ガキだったのもあって生活についても、まあ目を付けられるまでは手助けしてもらったりもした。あとはずっと繰り返し。その日暮らしだ……お前に会うまではな」
短い笑いが、のどの奥で弾ける。
「おれの人生クソだと思ってた。でも今思うと違う。ずっと運がいい。商隊に所属する年齢でもなく、町漁りも免除。夜獣からも逃げおおせて、道中は憐れんだ人たちから飯を恵んでもらって、たどり着いた都市には流れ者なのに住むことを許可されて。そんで、お前に会って。……今は空の上だ」
言ってから、フイはようやくクラゲに目を向けた。クラゲは丸を作らない。ただ、じっと見ている。透けた体の奥で、さっき与えたコクーの光がゆっくりと輪を描く。
「俺にはよ、ずっと忘れてた。いや、忘れたことにしたかった後悔がある。これはぜってー晴れねえし終わんねえ。でも、決めた。いつまでも燻ってるなんざくそくらえだってな!」
フイはクラゲを真っすぐに見つめ、クラゲに指を指し宣言する。
「クラゲ、お前に言ってなかったな。今から行くのは俺の故郷だ。そこで俺は今までの後悔にケリをつける。ケリつけた所で無かったことにはならねえ!でもよ!いつまでも燻ってるなんざくそくらえだ!だから……!」
フヨフヨと漂ったクラゲがパネルを触ると、文字が打ち込まれる。
【ボク、オキタバカリ、ナンノハナシカ、ワカンナイ】
フイはその打ち込まれた文字を真剣に読み込み、クラゲを見てため息をつく。
「……わり、俺文字読めねえ。つかお前文字書けるんだな」
しばらく、船内の空気が止まった。
クラゲがわなわなと体を震わせると触手を振り回してフイの頭を何度もたたく。
フイも気まずいのかされるがままだ。そのあと船が反応する。
《文字入力を検知。内容の読み上げを行いますか?》
「……お願いします」
《承知いたしました》
その後、フイは海底の出来事から今この瞬間までの事をクラゲに伝えた。もちろん、砂漠の夜獣の事は省いて。いらぬ心配をかける必要はないのだ。




