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穢れた籠絡士と笑われた俺が救ったのは最強ヒロイン達〜恩人を奪った聖教会に復讐のざまぁを叩きつける〜  作者: 秋風ゆらら


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第1話 穢れた籠絡士

『優しさで人を救う籠絡士になってね。』


 彼女の遺したその願いは、今でも俺の道標になっている。




「帰って!私は教会なんか絶対に行かない!」


 カイルの目の前に立つ少女、聖女セイラは腕を組み、冷たく言い放った。


「……教会に行きたくないなら、それでもいいと思う。」


カイルは穏やかに微笑んで言った。その声には、非難も強制もなく、ただ柔らかさだけがあった。


 セイラは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに気を張り直したように顔を背けた。


「……だったら、もう私に関わらないで。」


 セイラはこれで話は終わりだ、というように歩き出そうとした。しかし、カイルはゆっくりと首を横に振る。


「聖女の力だって君の一部なのに、それを否定し続けて、ほんの限られた人だけを救う。そんな人生で君は満足なの?」


 その言葉が、セイラの心の奥に突き刺さる。セイラは思わず足を止めた。


(……そんなこと、私だって考えてる。本当はもっとたくさんの人を私の力で救えるはずなのに、何もできないのは嫌だって。でも……!)


 セイラの唇が震える。言い返そうとしても、声が出てこない。

 カイルはセイラに一歩近づき、穏やかに声をかけた。


「君の力は、君の望みで使えばいい。教会の望みでも、誰かの都合でもなく、君自身が選べばいいんだ」


 その言葉に、セイラの瞳が大きく揺れる。


(……私が選んで、使う……?)


「君が聖女の力で人を救うために、教会さえも利用すればいいんだよ。」


ーーー教会さえも利用する。


 そんなことは考えたこともなかった。セイラの瞳に光が宿る。

 しかしすぐに不安がよぎる。教会に行くならば親元を離れなければならない。まだ15歳のセイラにとって、一人で知り合いもいない教会に行くことは、恐ろしいことに思えた。


「一人になるのが、怖いんだね。」


 口に出していないのに、考えていることを言い当てられて、セイラの心臓が跳ねる。

 カイルはそっと微笑んだまま、言葉を重ねる。


「大丈夫。俺が側にいる。君を籠絡して(すくって)あげるから」


 セイラは息を呑み、思わずカイルを見つめ返した。その笑顔は温かく、恐ろしく、そしてなぜか涙が出そうになるほど心に触れてくる。


「……っ、ずるい……そんなふうに言われたら……」


 セイラは視線を逸らし、頬を赤らめた。強気な態度を取り続けたいのに、今はどうしてもその仮面を被りきれなかった。


 やがてセイラは大きく息を吸い込み、くるりとカイルに背を向けた。


「……わかったわ。教会に行く。」


 その声は少し震えていたが、すぐに強気な調子を取り戻した。


「でも、これは私が選んだの!アンタに言われたからじゃない。」


 カイルはその様子を見て、静かに言う。


「うん。それでいい。君が決めたなら。」


 その声は、セイラの背をそっと押していた。 



◇◆◇◆



 朝の光が降り注ぐ聖堂の中。

 黒い短髪に深い青色の瞳。耳につけた紫色のピアスが印象的な少年、カイルが石造りの回廊を足音も立てずに歩いていた。

 次の任務の詳細を聞くため、大聖堂を訪れたカイルを見て、職員達は口々にカイルを侮辱する言葉を吐く。


「穢れた籠絡士だ。次々と才女を籠絡して……一体どんな汚い手を使ってるんだ?」

「おい、目を合わせるな。心を奪われるぞ。」

「聖堂の中を歩かないでほしいわ。穢れが移る。」


 職員たちが陰で囁く声は、刃のように鋭い。

 しかしカイルは一瞥すらしない。唇には変わらぬ柔らかな笑みを浮かべたまま、静かに歩を進める。


 その背を追い抜くように、明るい声が響いた。


「おはよう、カイル!」


 白い修道服に身を包んだ少女、セイラが二つに結んだ長い金髪を揺らしながら駆け寄ってきた。

 次の瞬間、セイラは勢いよく飛びつき、両腕を広げてカイルを抱きしめる。


 職員たちが目を剥き、口々に何か言おうとするが、セイラの視線がそれを封じた。

 怒りに燃える緑の瞳で睨みつけられ、誰も言葉を続けられない。


「まったく……アンタもさ…」


 セイラはカイルの胸元から顔を上げ、不満そうに言った。


「侮辱されて黙ってるなんて。言い返せばいいじゃない! ムカつかないの?」


 しかしカイルは、柔らかく微笑むだけだった。


「俺は平気。ありがとう、セイラ。俺のために怒ってくれて。」


 その言葉に、セイラは一瞬、息を詰まらせた。

 頬を赤らめ、慌てて腕をほどくと、ぷいと顔を背ける。


「……まぁ、アンタがいいならいいけど!」


 セイラは頬を膨らませ、不満を隠しきれない。


「でも、私は納得してないからね!」


 セイラはまだ膨れた頬を少し落ち着けると、真剣な眼差しでカイルを見上げた。


「……それで手がかりはあった?」


 低く抑えた声。その意味は一つしかない。


「カイルの大切な人を殺した奴の……」


 その問いに、カイルの笑顔がほんのわずか影を帯びた。

 だがカイルの答えは短く、淡々としていた。


「今回も、収穫なし。」


「……そっか。」


 セイラは一瞬だけ悲しげに目を伏せたが、すぐにいつもの明るさを取り戻した。


「何か私にできることがあったら言ってね。二年前のあの日、私はカイルに救われたんだから。」


 そう言ってセイラは微笑む。聖女と呼ばれる彼女に相応しい慈愛の光のような笑み。

 その真っ直ぐな微笑みを見て、カイルは静かに頷いた。


「ありがとう。セイラ。」


 視線が重なった瞬間、セイラの頬は一気に真っ赤に染まる。


「……っ、じゃあ、またっ!」


 慌てて振り返り、セイラは走り去っていく。

 カイルはその背を見送りつつ、ほんの少しだけ目を細めた。


「……今日も通常運転だな。カイル。

またアイツ、真っ赤になってたぞ。」


 カイルの肩口にふわりと現れたのは、雪のように白い毛並みと金色の瞳を持つ、狐のような姿をしたモンスターだった。額にカイルの目と同じ色の三日月の刻印がある。カイルの使い魔、ユユだ。


「俺は感謝を伝えただけなんだけどな。」


 カイルは淡々と答える。だが、その青い瞳に浮かぶのは微笑みではなかった。

 彼の思考はすでに別の場所、カイルの恩人、リリアナを殺した者の影に向いていた。


「次の任務は、異端の村の調査と村民の籠絡だったな。」


「……うん。そうだったね。」


 ユユの言葉にカイルは静かに頷く。


「……板挟みだな。ここで使い潰されるか、ここを出て、本家に戻されるか。」


 カイルは指でユユの頭を撫でながら答える。ユユを安心させるように。


「俺はここで拾われた恩を返すって決めてるから。それに、リリアナを殺した本家にだけは戻りたくはない。」


 カイルの叔母であり、カイルを籠絡士の家から連れ出してくれた恩人、リリアナが殺された後、身寄りがなくなったカイルは聖教会に拾われた。穢れた籠絡士と呼ばれ、危険と隣り合わせの任務をこなしながら、リリアナを殺した犯人の手がかりを追っているのだ。


「わかってる。お前の判断を尊重するよ。」


 呆れたような声音だったが、カイルを見つめるユユの瞳には、深い信頼が宿っていた。



◇◆◇◆


 ――三日後。


 カイルは聖教会から命じられた任務で、小さな農村に派遣されていた。黄昏の村は、ひどく静まり返っている。


 カイルが足を踏み入れると、村人たちの目が一斉に彼へと向く。

 恐怖と憎悪が混じり合った感情。カイルの目は正確に相手の感情を読み取る。


「……聖教会の犬だ。」

「ここで息の根を止めろ。」


 鋤や斧を握る音が重なり、数人の男たちが取り囲む。


(……歓迎はされてないな。まぁ、予想通りだ。)


 カイルは微笑んで、村人達を見つめ返す。


「俺は敵じゃない。ただ……話を聞きに来ただけなんだ」


 柔らかい声が、彼らの胸に一瞬の揺らぎをもたらす。だが、彼らの怒りは収まらない。


「帰れ!教会の手先!」

「ここはお前らに食わせる穀物なんかない!」


 槍の穂先がカイルの胸元へ突きつけられる。ユユがカイルの肩で尾を立て、鋭い声を上げた。


「カイル、今度ばかりは笑顔で誤魔化せる状況じゃねぇ!」


 それでもカイルは微笑みを崩さず、冷静に状況を分析する。


(……合計5人か。武器の持ち方からして素人。この人数なら最悪、制圧できる。)


 カイルは槍先を受け止めるように軽く手を伸ばした。


「大丈夫。君たちの声は僕が――」


「やめろ。」


 低く響く声が、村人たちの怒号を切り裂いた。

 村人の間を割って進み出たのは、広い肩幅に黒ずんだ外套を纏った大男。その眼光だけで、村人たちは思わず一歩退く。


「ドグマだ!ノクティスのボスだ……!」


 村人たちがざわめいた。


 大男。聖教会の敵対組織、ノクティスのボス、ドグマはカイルをじろりと見下ろし、吐き捨てるように言った。


「こいつは殺すな。……俺に任せろ。」


 緊張に満ちた空気の中、ドグマは一歩前へ踏み出し、カイルの前に立った。


「お前みたいな“教会の犬”が、何をしに来た?どうせ俺たちを監視して、“異端”と報告するつもりなんだろう?」


 カイルは微笑みを崩さぬまま、目の前の男に意識を集中させる。


(ノクティスのボス。噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。憎悪や殺意は見えない。この感情は…興味、か。この男は俺を試そうとしている。)


 カイルはわずかに首を傾げ、穏やかに答える。


「俺はただ……人の声を聞きたいだけなんだ。教会の都合じゃなくて、君たち自身の声を。」


 一瞬、沈黙が走る。村人たちの間に動揺が走り、ドグマの目が細められる。


 口元にかすかな笑みを浮かべ、ドグマはさらに試すように踏み込んだ。


「ほう……言葉遊びは得意らしいな。」


 ドグマはカイルをじっと睨みつけたまま、ニヤリと笑う。


「お前、リリアナのところの籠絡士だろう。……カイルとかいったか?」


 リリアナの名を出され、カイルは少し驚いたが、表情は崩さない。


「……そうだけど、リリアナを知ってるの?」


「ああ。いけすかねぇ女だったが、悪い奴じゃなかった。うちの連中も何人かアイツに助けられたと言っていた。……その女の件でお前と話したいと思っていた。」


 ドグマは外套の内側から帳簿のようなものを取り出し、カイルにそれを見せつける。


「見ろ。殺し屋に流れた金の出所だ。……教会の特別予算、しかも“教皇の私印”付きの金庫からだ」


 カイルは息を呑んだ。ページには、金額と日付、そして「リリアナ排除」と記された符丁。


 だが、それだけではなかった。


「……こっちが決定打だ。」


 ドグマがもう一枚の羊皮紙を手渡す。そこには、奇妙な符号で書かれた命令書。解読済みの文字が横に添えられていた。


”ディルナの者の仕業に見せかけ、迅速に殺害しろ。処理後は証を残すな。

リリアナの存在は、粛清すべき穢れである。 教皇イグレオス”


「……っ」


 カイルの青い瞳が揺れる。震える指先が文書をなぞる。

 ドグマが低く続けた。


「この文書が俺たちの手に渡ったのは恐らく偶然じゃねぇ。……リリアナ自身が、あんたに真実が届くよう仕込んでいた。そう考えるのが自然だ」


「リリアナが……?」


「そうだ。あの女は、自分の死すら“計算”に入れてた。

いつかお前が真相に辿り着くためにな。」


 カイルの胸を刺すような痛みが広がる。涙が滲みそうになるのを、必死に押し殺した。


「……教皇が、リリアナを……」


 カイルの柔らかな笑みは、その瞬間だけ消えた。

 怒りが、青い瞳の奥に燃え始めていた。指先に食い込むほど力を込めても、胸の奥から溢れてくる感情が抑えられない。

 だがその怒りは熱を帯びたものではなく、冷たい氷のように静かに、確かに燃えていた。

 ユユがカイルの肩の上で小さく尾を動かした。


「……カイル。」


 ユユがためらいがちに名前を呼ぶ。カイルは微笑んで振り返る。


「……大丈夫。」


 カイルの口元は穏やかな笑みを浮かべた。けれど、その瞳の奥にあるものは誰にも誤魔化せない。


「聖教会に拾われた恩はあった。……けれど、その教会がリリアナを殺したというのなら、もう俺には迷う理由はない。

――俺は、必ず復讐する。」 


 カイルの言葉が静かに、しかし確かに空気を震わせた。


「教皇に。俺からリリアナを奪った奴に。

……俺が籠絡士である限り、あの男の信念を、誇りを、すべて終わらせてやる。」


 ユユは背筋を凍らせる思いでカイルを見ていた。幼い頃からカイルにずっと付き添ってきたユユだが、カイルがここまで怒りを露わにするのを見るのは、初めてだった。


「じゃあ、どうする? お前はこのまま“教会の駒”でいるのか。それとも…」


 カイルは一歩前に出て、村人たちに向き合った。


「俺はノクティスに行く。君たちと同じように、教会に奪われた者として。」


 ざわめきが走る。村人たちは互いに顔を見合わせ、信じられないといった表情を浮かべた。


 ユユが肩で尾を振り、ぼそっと呟く。


「おい……本気かよ、カイル。」


 カイルは小さく笑い、ユユを撫でるように肩を叩いた。


「本気だよ。リリアナをあんな目に遭わせた相手が神や正義を語っている。そんなの…許せるわけないだろ?」


 カイルの声には強い怒りが滲んでいた。

 その声音に、ドグマは一瞬だけ目を見開き、やがて豪快に笑った。


「ハッ……! いいだろう。お前が自分で選んだなら歓迎してやる。今日からお前はノクティスの一員だ!」


 村人たちの中に驚きと期待の混じった声が広がっていく。

 その中心で、カイルはそっと耳につけている紫のピアスを握りしめた。

 

ーーーいつでもあなたを見守っている。

 

 生前、そう言いながらリリアナがカイルにくれた形見だ。

(リリアナ、見ていて。俺が必ず仇を取って見せるから。)


――復讐の幕は、ここから始まる。




◇◆◇◆



 聖教会の大聖堂。その奥、幹部専用の会議室。

 高い天井から吊るされた燭台の光が、豪奢な円卓を照らしている。円卓には教会幹部の一人サイラスがふんぞり返り、横には聖女セイラ、才女マリナ、そして氷の魔女グレイスの姿があった。


「報告いたします!」


 伝令が駆け込み、膝をついて声を上げる。


「籠絡士カイル、任務の途中で姿をくらましました。生死は不明です!」


 室内が一瞬で静まり返る。

 だが沈黙を最初に破ったのは、サイラスの甲高い笑い声だった。


「はっ! やっとか! say say! 喜びの言葉をsay !神は見ておられる! あの気味の悪い笑顔とおさらばできるとはな!」


 サイラスは椅子の背にもたれ、部下たちに顎をしゃくってみせた。


「言ってみろ! 籠絡などという汚らわしい術を使う者は、この教会には不要だ! say say! 我らがサイラス様こそ真なる光だとな!」


「ろっ、籠絡士など、この教会には不要!」

「……い、偉大なるサイラス様!」

「サイラス様こそ……光!」


 取り巻きの職員たちが慌てて声を揃える。


 しかし、隣に座っていたセイラは、血の気が引くのを隠せなかった。


(……カイルが……? そんなはずない……!

この教会の連中……!あれだけカイルを利用しておいてどういうこと?捜索すらしないつもりなの?)


 胸の奥で「生きている」と信じながらも、口を開けば裏切りを疑われる。セイラは強気な瞳を保ちながら、爪が食い込むほど拳を握りしめた。


 マリナは冷静な顔を装いながらも、心臓が痛いほど脈打っていた。


(……カイル君が消息を絶った。あなたは簡単に死んだりしない。きっと、教会のやり方に納得できなかったんでしょう?だから抜け出した。そういうことよね。)


 マリナは視線を落とし、唇を噛んだ。


 グレイスは知らせを聞いて、氷のように冷えた表情で黙り込んでいた。

 だが胸の奥では、不安と恐怖が渦を巻いていた。


(……カイル……どこに行ったの? 私を置いて行ったの……? いや、そんなはずない。彼は必ず理由があって……)


 グレイスは指先の震えを抑えることができなかった。


 サイラスはそんな三人の内心など意にも介さず、笑い続ける。


「いいか、あの小僧の死は祝福だ! これで我らは汚点は消え去った! say say!」


 広い会議室にサイラスの笑い声が響く中、三人はただ黙って耐えるしかなかった。

 その沈黙の中、三人の胸には、それぞれ違う想いが芽生えていた。

 だが一つだけ、共通する答えがあった。


――もし本当に、カイルが死んでいないのなら。どこにいても、必ず側に行く。


 聖堂の冷たい石壁の奥で、少女たちの決意は密かに固まり始めていた。

読んでいただき、ありがとうございます。

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