未来が見れる曇った鏡
「未来が見える曇った鏡、ですか?」
俺は話の続きを促しつつも、猜疑心を表に出さないように努めた。
未来視のアイテムは、古今東西あらゆる所で話題に上るアイテムだ、そして上り続けるのには理由がある。それは、大抵が偽物、もしくは使い物にならない程の粗悪品であるからだ。
長い事この商売をやっている俺でも本物を見たのは数年前に一度きり。
今度はどんな眉唾ものだろう?
しかし、メトロの話はかなり信憑性の高いものだった。
「元々この鏡はパスモ家お抱えの冒険ギルド、ウエストの一級冒険者達が集まったパーティで、準一級ダンジョンの攻略をした際、道中の隠し部屋で見つかったアイテムだったんです」
む?その話は聞いたことがあるぞ、つい半年前の話だ、パスモ家主催で大規模な祭りをしていた記憶もある。
「第何層で見つけたんですか?」
「333層だと聞いています」
ふむ、ゾロ目は未来視のアイテムが出やすい(真偽不明)という話もある.........。
もしかして本物なのか?
「一度拝見しても?」
私が鏡にかかっている布に手をかけてそう聞くと、メトロは少し気まずそうな顔をした。
「勿論いいのですが.........実はその鏡少し曰く付きでして」
捲りかけた布がピタリと止まる。
「ほう?」
「その鏡、悪い未来ばかり映す上に、肝心な部分はぼかして見えないんですよ」
なるほど、そういうタイプか.........。
「でも、鑑定する為には実際に見てみないと.........」
「ひっ!」
俺が再度布を取ろうとすると、メトロは顔を背けるような仕草をした。
なるほど、余程この鏡の力を恐れているらしい.........。
「メトロさん、私が鑑定している間、そちらのテーブルで休憩なさってはどうですか?大したものではありませんが、コーヒーでもいれますよ」
俺がそう言うと、メトロは礼を言ってそそくさと椅子に座った。
自分のために淹れたコーヒーをメトロの前に持っていくと、メトロは一口飲んでそれきりだった。
どうやら、高貴な舌には合わなかったらしい。
「さて.........不幸な未来を映す.........ね」
待合のテーブルに鏡面を向けないように注意しながら、鏡を抱え、覗き込んだ。
すると、確かにそこには本来映るはずの俺の顔ではない物が映っていた。
「これは.........カウンターを上から見た視点だ。あっ、レジの金が無い!随分減ってるぞ!何故だ?
お、俺が視界に入ってきた、入口の方から帰ってきて...
......なんだか随分疲れている様子だ.........なんだ?泥棒にでも盗まれたのか?
いや、俺が手に何か持ってるぞ!?いや、でも曇って見えない!ちょうど手に持っている部分だけ曇ってやがる!」
うーん、確かにこれだけ見ると、メトロの言い分に間違いは無い。もしもこれが本物なら、条件付きとは言え未来視が可能なアイテムという事になる、その場合の相場は、金貨にして1000枚は下るまい。
うーん、うちにはそんな金無いし、というか、本物かどうか確かめるには、レジの金が消えるのを待たなくちゃいけない.........。
「よし、久しぶりに本気でやるか!」
俺は一度裏の倉庫に戻り、幾つかの道具をとって戻ってきた。
「魔力の流れが見えるメガネに、体感時間を三倍に伸ばす指輪、そしてスキル「鑑定」!」
取るのがやたら難しい割に物の仕組みが分かりやすくなるという地味すぎるスキル、「鑑定」。
この組み合わせで俺は持ち込まれたアイテムを鑑定している。
「ふむふむ.........鏡の魔力は持ち主から供給されていて.........うっわ、内部複雑過ぎ!全部は追えないな.........
時空間魔法も埋め込まれてるし.........うわ、久しぶりに見たなこの構築式、第二エルフ式じゃん.........感情魔力使ってるって事しか分かんねぇよ.........ん?感情?.........あぁ、なるほど、そういう事か」
大まかにではあるが、俺にはこのアイテムの全容が分かった。
さて、あとは値付けだけだな.........。
「メトロさん、鑑定が終わりました」
「あぁ、ありがとうございます」
俺が迎えに行くと、コーヒーは蒸発した分以上には減っていなかった。
せっかく豆から挽いたのに。
「それで、おいくら位になりますかね?」
メトロの目は先程より随分輝いて見える。
しかし、残念ながら期待には応えられそうにはない。
「そうですね、俺の鑑定によるとこの鏡は、金貨15枚といった所でしょうか」
「じゅ、十五枚!?」
メトロの驚く声が鑑定屋テミスに響き渡った。俺の鑑定を聞いて、メトロは顔色もだんだん真っ赤になっていった。
「未来を見るアイテムですよ!?金貨千枚で取り引きされる事もある超レアアイテム!条件付きとは言っても、三桁どころか二桁も行かないなんて!バカにしないでください!」
メトロは両手でカウンターを叩いた。
その拍子に、鏡が少し動き、俺の方から僅かにメトロの方に寄った。
更に、鏡がその映る景色を変え始めた。
鏡に映るのは一面の赤、それもオレンジや真紅までが混ざり合い、ゆらゆらと揺れている。
炎だ。
轟々と燃え盛る炎が、鑑定屋テミスを包んでいる、所々曇ってはいるが、間違いないこれは俺の店だ。
「なっ!?」
メトロの目が驚愕に染まった。
それはそうだろう、メトロからしたら今いる場所が近いうちに燃えると予告されているようなものなのだから。
だが、俺はそれを見ても動じた様子を見せずに、深く椅子に腰かけ、カウンター越しにメトロを見詰めた。
「なるほど、金貨15枚では安いと、それではまずそのような値段をつけた理由から〜」
「いや、何をしているんだ!今にここが燃え始めるんですよ!何が原因か分かりませんが、とにかく逃げませんと!」
「いえ、そうは参りません。私にとってこの店は命も同然、それに容易にこの店を離れられないアイテムも裏に沢山ありますし、私はここから動きません」
「なっ!?」
「それにこの鏡は、確定した未来を映すというようなものではありません」
「なんだって!?」
「この鏡は、使用者の持つ感情、記憶、人格を読み取り、極近い未来を予想、シュミレートする能力を持つ鏡なのです」
「近い未来をシュミレート?」
「ええ、そうです。時折肝心なところで曇るのは、そこがどうなるかは、まだ計算が不可能な所という事です」
「で、ですが、私の身の回りで起きる事は次々言い当てられ.........」
「メトロさん程の力がある方なら、大局に及ぼす力も相当なものでしょう、恐らくそれでシュミレートが殆ど外れなかったのだと思われます。
それと、マイナスな事ばかりというのも持ち主の部分が反映されているのだと思います」
「な、なんですって.........それは本当なんですか?」
メトロは信じられないといった目でこちらを見ている。
「俺がここから逃げないという事が、そのまま自分の鑑定への自信として受け取って貰って構いません。俺は、自分の鑑定にこの店と自分の命を賭けられる」
まっすぐメトロを見つめ返した。
しばらくメトロは俺の目を見た後、
「そうだったんですか.........マイナスな事を見たのは私の気性の問題.........」
余程つらい未来ばかりあてられてきたのか、少し落ち込んで見える。
「ほら、メトロさん、鏡を見て見てください」
「え?あっ!」
メトロが鏡に目をやると、そこには取引が成立した俺とメトロの様子が映っていた。
「鏡に映った未来は変わるんです、どうです?これで信じて貰えました?」
「はい.........、そうですね、それじゃあの未来も.........」
メトロの目には来た時よりも大きな希望の光が差しているように見えた。
「で、どうしますか?」
「売ります、これは私には使いこなせない。金貨15枚で買ってください」
「ありがとうございます、すぐにお金を用意しますね!」
俺はなるべくいい笑顔でそう言った。
「それでは、ぜひまたお越しくださいませ!」
「ええ、ありがとうございました」
そう挨拶を交わして、俺は去りゆく馬車を見送った。
「.........はぁ、疲れたァ!」
鏡を持ったまま、店内に戻り、そう独りごちた。
それにしてもあのおっさん、値段が気に食わないからってあんな想像するなんて、さすが貴族、考える事がそこら辺の冒険者なんかよりよっぽど恐ろしいぜ。
「あ、レジ開けっ放し.........って、この様子かよ!さっき見たの」
椅子に座って、何も無い天井を思わず見上げた。
レジの金は減り、疲れた顔でカウンターに戻る俺。
金貨十五枚にしては、制度がいいな.........少し儲かってしまったか?
そんな事を考えながら何となく、鏡を覗いた。
そこには、またしてもワケありアイテムの鑑定に頭を悩ませる俺の姿が映っていた。
「これは.........当たってるんだろうなぁ」
次はどんなアイテムを鑑定するのだろうか、楽しみ半分恐れ半分といった具合だった。