鑑定屋テミス
「こほっ、けほっ.........」
ホコリで咳き込みながら、倉庫から脱出する。
「全く、3日に1回は掃除してるのに、なんで毎回こんなにホコリが溜まってるんだ?あーあ、前髪も崩れてるし.........」
カウンターに備え付けの丸鏡を覗き込むと、そこには自慢の灰メッシュが二股に割れて、少しダサくなった俺の顔があった。
よく見ると、頭頂部にまだちょっと埃が残っている。
「全く、一応客商売だから見た目は大事なのに.........よし、レジ開けでもするか!」
身だしなみを整え、店内を軽く見渡す。
朝日が格子状の窓ガラスから規則正しく、木製の床を照らしている。床面積は待合のテーブルと俺が今いるカウンターの部分を除けば、人が何とかすれ違えるくらいのものだ。
カウンターの裏には懐の深い伴付き収納ケースが二つ。
一つは赤や緑の液体が入った小瓶類。所謂ポーションだ。
ダンジョンに潜る冒険者御用達の必須品。
ここまではよくある普通の冒険者用商店。
だが、ウチの目玉はもう一つの棚にある。
もう一つの棚には、読めないほど表紙が磨り減った魔導書や、その場に留まり続ける紫色の煙、一件何の変哲もない袋、不思議なラインナップが取り揃えられている。
これらは全て、津々浦々あらゆる場所から持ち寄られた、コレクション、その鑑定品である。
「よし、準備完了!鑑定屋テミス、開店だ!」
杖を一振り。すると、一部窓を覆っていたカーテンは規則正しく端に整列し、部屋にめいっぱいの陽光を招き入れる。
突然開いたカーテンに近くにいた通行人が、少し驚いてこちらを向いた。
俺は、それに軽く会釈を返しておいたが、そそくさと過ぎていってしまった。
残念ながらお客様では無さそうだ。
「うーん、今日も閑古鳥の予感.........」
コーヒーでも淹れるか.........。
カウンターの下から豆と豆挽きを出そうとしていると、石畳を馬車が滑る音が近づいてきた。
なんだ?ここら辺じゃ随分珍しい音だな。
通りもさして広くないし、冒険者がダンジョンへの近道に使うくらいだからな。
しかも、更に珍しいことに、その馬車の音はうちの店の前で止まった。
「うちなのか?」
カウンターの下から俺が顔を出すのと、入店のベルが鳴
るのは殆ど同時だった。
「いらっしゃい、うちは鑑定屋テミスだよ!」
確認の意味も込めた挨拶をすると、
「はい、今はもうやってらっしゃいますか?」
と、随分上等な布地に身を包んだ中年の方がそう答えた。
まさか、本当にお客さんだったとは。
こんな朝早くから、それも馬車乗りの.........
「勿論やってますよ、それにしても、パスモ家の方に来て頂けるなんて、光栄な事です」
「おや、名乗る前でしたが.........」
「この城下町でパスモ家の家証を知らない商売人は居ませんよ」
それと、スイカ家も.........と、心の中で付け足しておいた。
経済圏が被っている両家の中は悪い、わざわざ名前を出して印象を悪くすることは無いだろう。
「あっ、急いでいたもので、付けたままでしたか」
と言いつつ、そそくさと家証を内ポケットにしまった。
この中年、満更でも無さそうだ。
「申し遅れました、私、パスモ家の末席に座らせて頂いているメトロと、申します」
「ご丁寧にありがとうございます。俺はテミス鑑定屋の店主、テミスです。それで、本日は鑑定、査定ですか?それとも何かをお求めに?」
まあ、こんな時間に来るくらいだ、十中八九決まっているようなものだが。
メトロは、持ってきていたカバンを開け、布で包まれた一枚の板のような物を取り出して、カウンターに載せた。
「はい、実は今日は鏡を一枚、鑑定してもらおう思いまして」
そういうメトロの表情は何処か苦々しく、額にうっすら汗すら浮かんで見えた。
「普通の鏡、という訳では無さそうですね」
「はい、これは、未来が見える曇った鏡なんです」