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第四十三話 調査報告ーー琥珀の面影と、悪魔の胎動と

今回も5000文字超あるよ!!

覚悟して読んでね((

SIDE アヤンジュキ


蒼穹が、霧に削られる滑稽さを滲ませたまま。

平たく舗装された道に、淡々と車輪の跡が刻まれていく。


窓の縁に頬を寄せると。

窓越しに、百合に陽光を零れたような淡い金髪が、

さらりと、板に挟まれた紙をなぞっていく。


その感触が、早く書けと催促するように。

自然と、指先にペンが入り込んでくる。


ペン先に溜ったインクが、控えめに紙に滴ると。

余白を隙間なく覆うような勢いで、文字が刻まれていく。


――これは、調査報告の一節とする。


今回の任務は、司祭様直々の極秘任務、と。

任務内容は、コロシアムで起こった魔物巨大化事件の調査。

及び、原因と対策処置の解明と、事件に対する公式発表のための材料集め……ね。


さらさらと流れる筆音に抗うように、調査用紙が、滲んでいく。

指先だけを上手く避ける賢さを、ひけらかすような虚しさを帯びながら。


その光景が、薬草を溶いた石みたいに。

文字の裏に蔓延った深淵を曝け出して。


肺を、軋ませてくる。


あの一件で、今まで教会とギルドの間でしか明かされていなかった、

……魔物巨大化事件が、世間で露わになってしまった。


協会も、ギルドも依然として、知らなかった体で動いているけれど――


「……はぁ、全く。

 この事態、どう落としどころをつけるのか。」


額縁に嵌められたような、呟き。

けれど、それさえも空気に萎れていって。

肩の重みが、ほんの少しだけ嵩張る。


カラリ、コロリと。

風船に積み木を摺り潰したような音が、空間を充たす。


その軽やかさが、鼓膜を舐め下してきて、

ふと、翠色の瞳が、記憶の隅をつついてくる。


――そういえば、この調査って、ギルド長様からの許可を頂いているのかしら。


思い出すは、あの硝子のように底知れない瞳。


豪勢な黄金の間に腰かけようと、大勢の美女に囲まれていようと。

あの瞳の底だけは、役目を全うする者の気配が宿っていて――


導かれるように。

剣の重みが、和らいだのを覚えている。


でも、妹は、あのインパクトに押し負けて、

部屋に入ったとたんに、泡を吹いて卒倒したのよね。


「ふふふっ、懐かしいわ。」


緩んだ笑みが、馬車の中に蕩けていくと。

鎖が旋律を知るような、暖かさを込めながら。

ふわりと、心のしこりを梳かしていく。


規則的に揺れる車輪が、骨に美酒を飾るみたいに。

張り詰めていた重責に、酩酊を説いていく。


ぽたり、と。

紙の滲みをかき消すように、インクが固まったまま。

指先に、ひとときの休みをかけてくる。


視線を上げた先には、雲は晴れかけていて。

扉に物語を描くような、無地を広げていた。


けれども。

馬車の窓越しに、町の熱気が次第に鋭くなる。


鼓膜に、紙の質感が通り抜けると、

和らぐ瞳に、澄んだ芯を刺し込んでくる。


インクの膨らみを整えた指に、擦れを残したまま。

鈍り始めた車輪の軋みを、ただただこなしていく。


その感覚が、心地よさをすり減らす前に。

落ち着いた声に、喉の奥が詰まらせてくる。


「アヤンジュキ団長、コロシアムに着きました。」


取っ手口に、丁重に当てられた手が、心の奥を透くってくるようで。


――キイィィ


軋んだ音に合わせて、太刀に力を研ぎ澄ましていく。


「わかったわ、ありがとう。」


入り込んできた光が、目を窄めさせた代わりに。

鼻腔に、慣れた匂いが勢いよく飛び込む。


湿りを淘汰したような、淡白な土の匂い。

陽の光に焼かれた、空気の生臭さ。

そして……服に染み込んだ、あの子たちの汗の煌めき。


そのすべてを悟ったうえで、舞台の袖で踊って待つように、

引かれる手に従って、一歩馬車から降りる。


サラリと乾いた着地音が、辺りを研ぎ澄まして。

佇んでいた気配に、ほんの少しだけ、撓みを覚えさせる。


風が日傘をさしてくるような優雅さを侍らせたまま。

黄金の髪とともに、陽の光を浴びて、舞を奏でていく。


その蝶が雪の中で衰微な鱗粉を涸らすような、儚さに。

僅かな愁いが、ため息交じりに垂れていくのを見越して。


瞼を、開く。


刹那。


「アヤンジュキ団長――お勤めご苦労様です!」


騎士たちが一斉に胸鎧を打ち鳴らし、敬礼を捧げてくる。

各々の表情が輝いていて、自然と口元が緩んでいく。


その光景がたまらないほど誇らしくて、

剣に込めた力が、するりと強まるのを感じた。


「貴方たちも、ご苦労さま。

 出迎えまで、わざわざ……うれしかったわ。」


柔らかな声に、団員たちの顔も緩んでいく。


和んだ空気の中、ひとりひとりの顔をじっくりと眺めていると。

照れくさいのか、全員が耳まで真っ赤にして、徐々に俯いていく。


反応までもが連帯しているその姿に、お腹の底から笑いが弾けた。

荘厳な武具越しに、暖かな囀りを漏らしてしまう。


「うふふっ……ふふっ」


「ちょっと団長!!

 俺らのこと、揶揄わないでくださいよ」


威勢よく踏み込んできた割に。

その口調が、雛が花飾りを啄むように優しくて――

肺の軋みが、霞の奥へと弛んでいく。


「ふふふっ、ごめんなさいね。

 ついつい、貴方たちの反応が面白くて。」


肩を傾げると、

カサリと、鎧が音を立てて、心の襟に芯を遇わせる。


その感覚を呑みこむように、

大きく息を吸って、剣を握り直す。


金属に憑いた、幽玄が蘇りを嗅ぐわせたまま――

軽く、咳ばらいをする。


「……って、いけないわね。

 そろそろ任務の話に移りましょうか。」


場の空気が、一気に引き締まって――

視界の端に、掴まれた調査用紙が映りこむ。


「今回は、極秘任務だから、

 妹……アギンソレイユ副団長たちは本部待機。」


意識の淵に、取り憑くような予感が過ぎった気がして、

無意識のうちに、声を、張り上げていく。


「だから、ここに来たのは私たちだけよ。

 少人数だから負担も増えると思うけど――」


入り込んできた風が、鼓膜を嬲ってきて。

僅かに、睫毛を塞いでしまう。


水が幹を破裂させてできたような木目が――

喉に、申し訳なさを滲ませてくる。


けれど。

そんな声高を見据えたように……


「問題ないです!」


ひとりが、鋭く手を掲げる。

その声が、輪のように広がっていって――


「そうだ、アヤンジュキ団長の笑顔があれば!!」


「俺たち、どんな修羅場でも潜り抜けます!!!」


鎧の甲高い音と掛け声が重なって、合唱のように空気を震わせる。

陽日に照らされた姿に、汗が煌めいて、甲冑に光の粒を零れていく。


縫い目に柄を彩られていくように、

目尻に込められた力が、だんだんと弧を描く。


「ふふふ……本当に、頼もしいわね。

 じゃあ、コロシアム調査も、一緒に乗り越えてくれるかしら?」


分かり切った問いなのに――

あえて訊ねてしまう狡さが、

ぬいぐるみの縫い代を何度もくすぐって、包まれていくみたいで。


辿り着く前の余白までも、心に穏やかな翅を彩ってくれる。


「「もちろんです、聖歌隊(レクイエム)の詩に賭けて!」」


声が一斉に合わさって、地面を鼓舞するように轟いた。

その響きが、剣に触れていた手に、血潮を滾らせていく。


余韻を噛みしめるように、僅かに頷くと。

鎧に映りこんだ空が、気迫を込めるように、輝いた。


「ええ、聖歌隊(レクイエム)の詩に賭けて。

 ――任務を始めましょう。」


勇ましい声が、澄み渡った空気へと放たれていく。


熱の滴った影と日向が、寄り添って手拍子を傍観するように。

一束の髪に、風圧が靡いてくる。


背を叩いてくる感触が、規則正しくて。

無意識のうちに、視線が、指に固まっていたインクへと引き寄せられる。


太陽の光を跳ね返すほど純黒に、かつて指へと垂れたそれは。

瞳に通った芯と、優しく捩りあっていく。


――聖歌隊(レクイエム)の団長として、役目を全うするためにも。

まずはコロシアムの調査をしないとよね。


改めて湧き上がった実感を、太刀へと結びつけるように。

背筋を、伸ばす。


天へと掲げられた腕に、日光が引き寄せられていって。

決意への軌跡が、道路へと沿ったまま、照らされていくように感じた。


****


――大理石をはじく音が、ふと止まる。


大聖堂の奥は、相変わらず、贅沢に飾り付けられていて。

付き添われるように、軽くなった剣の質感が、腹横に染み込む。


なのに。


「在り得ない……」


這い上がってくる記憶が、臓物をしつこく殴ってくる。


ドラゴンの歯形が、生々しく残った観客席。


その周りには、ところどころ。

ぬめった靴と、引き裂かれた服が散らばっていて……

未だに、紅い液体を、涸れながら搾り出していた。


観客席上の鉄扉は叩き潰されたような歪みが蔓延っていて。

観客たちの縋るような絶叫が、瞳に注ぎ込まれた。


けれど。

何よりも恐ろしかったのは。


――『主役』の不在だった。


コロシアムを覆いつくし、天井をも食み出していたという巨大なドラゴン。

だが、その残骸は、完全に、()()していた。


残されていたのは、一面の赤。


狂乱を孕んで舞ったであろう雫は、

砂利ごしに、無様さをひけらかしていた。


その光景があまりにも無慈悲で。

思い出すだけでも、胃液が、逆流してくる。


あれは、人がやった所業じゃない。

才腕(ギフト)で成せる領域を、遥かに超えている。


できるとしたら……。


「……シュプラジエルの悪魔。

 そうよ、聖書に載っていたあの、悪魔。

 じゃないと、あんなの、ありえないわ……っ!!」


言葉にした瞬間。

なにかが来るような、悪寒が迸る。


どうしても、その直感を認めたくなくて。

御伽話に陥れようと、ただひたすら、厳粛な廊下の真ん中で喘ぐ。


呼吸をするたびに、酸素が身体を麻痺させてきて。

肺が、呼気をはき出そうと、必死に縮んでいく。


だが。

鎧が捉えた形相に、唇から痛みが幽かに零れた刹那。


鼓膜の奥で、頼もしかった声が、飛び出してくる。

あの時に澄み切った想いに、心の芯が縋りつく。


蜘蛛の糸を掴むような、僅かな悲哀を奏でたまま。

腰に下げた太刀が、重く佇み始める。


軋みかけた腰が、針金を模るように。

心臓へと、旗を突き刺してくる。


――団長として、ここで、司祭様に状況を伝えないと。

  あの子たちに、顔向けできない。


そう思えば思うほど、魔女が礼服を奨めてくるみたいに。

お前にはできないと、嘲ってくる。


藻掻こうと暴れた足が、膝を震えさせて。

やつ当たるように、床を搔き毟った。


爪に尖っていく苦痛が、心の芯を覗いてくるようで。

ただ一途に、前だけを見据えようと、動悸の蔦を手探る。


しかし。

苦し紛れに顔をあげると、大広間の扉が毅然と構えていて……

その飾ったような威圧感に、不思議と手の力が、抜けた。


褪せていく痛みに、膝がやっと慣れていく。

今だと、言わんばかりに腕が叫び始めた。


肩に圧し掛かった重さが、萎えた足を磨くと。

一歩、足を踏み出させる。


扉へと近づくたびに、肺が誇らしげに膨らむ。

擦れた鎧の音が、床を薙いで、軌跡を刻んだ。


それでも、脳裏にこびり付いたあの悍ましさが払えきれなくて。

胸が言葉を継ぐたびに、意識が崩れ落ちていく。


いいから早く進めと、逸るはらわたが、力だけを叱責する。

騎士たちへかけた言葉が、手綱を持たないまま、気迫を狂わした。


体当たるように、扉へと駆けこむと。

取っ手に触れた瞬間、全身が崩れ落ちた。


叩きつけられた金具が、激しく揺れて。


――キコリ。


開いた扉が、ささやかな軋みをあげる。


その振動が、砕けるような痛みに、達成感を包んだまま。

徐々に、体内へ、情報を回して征く。


……そのとき。

ほぐれた耳奥が、小さな呟きを告げてくる。


……副司祭様が、誰かと話している?


響いた燻りに、規則を貼った拍動が唸りを拉げると。

氷張りの湖を漕ぐような、正義感が胸ではしゃぎ躍る。


覗いてはいけないと、頭は叫んでいるのに。


相反する感情が、不思議と噛み合っていて……

締めようとする手を、引き留めようとする。


けれど。

この揺らめきが、己の者と悟る前に。


――僅かな隙間から、声が漏れた。


「……よく来た、半年ぶりか。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。」


冷ややかな、情の閉じられた声高。

無関心さを隠す気がない傲慢さに、自然と耳が引き寄せられる。


「3ヶ月以内に、依頼を満了してくれれば、

 どうってことはないのだからな。」 


3ヶ月……?

依頼……?


空気へ投げ出された情報を反芻していくたびに。

剣に滴る想いを、逆撫でてきて――

喉飴を塗りたくるように、眉間にしわが入り込む。


強張った力に、疑念を名付けるのは、まだ早いと。

瞳を、ただただ、扉の隙間へと凝らしていく。


「それで、だ。

 例の少女の報告はあるか?」


向けられた声の先。

しがみついた視線が、色を掴む。


夜空のような藍色の長髪に、几帳面に整えられた事務服。

柔らかな体つきが、女性だと悟らせる。


彼女は、華奢な体を際立てるように、膝まづいていた。

それでも、その姿の奥に、冷淡な印象を捺していて。

――ひと時の間、いつかの謁見で見知った姿に重なる。


……もしかして、彼女は、ギルド長の――?


けれど、彼女の名を紡ぐ前に、

背後に潜んだ影が、意識の底を嬲り取ってきた。


……バタリ、と。


地面へ、力なく倒れ込む。

全身が縛り付けられたように、動かない。


何が起きたのか、わからなかった。


もう、理性を起こすほどの気力もなくて。

薄れていく意識の中で、吐いてきた呟きを、必死に握りしめた。


「どうやら、今、淡き夢から醒められたようですねぇ。

 ――継いだ軋みは、どんな味でしたか?」


影を愉しむように、呟きが、波紋を広げていく。


けれど、その中性的な声高は、ただ一点。

――ある人へと、執念を抱いているみたいだった。


私じゃない。

副司祭様でも、扉の奥の()()でもない。


……もっと、遠くの待ち望んだ()()へ。


「きっと、想像以上に鬱陶しくて、切ないものだったでしょうね。

 ……でも、まだまだ、これからですよ。」


期待をなぞった声が、理を書き換えるような気がして。

全身が、抵抗するように、強張り始めた。


……まさか、こいつが。


この世の闇を背負いきった佇まいに、

異様なほどに暴れていた悪寒の理由を教えられる。


「どうか、器が満ちるその時まで。

 道具たちと、愉快に踊るふりでも観させてくださいね。

 親愛なる、たったひとりの――巫女様。」


甘さを籠らせた予告は。

凄まじいほどの呪いを残したまま――


あっけなく、意識を途切れさせた。

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